表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
学園ミステリ〜桐木純架  作者: よなぷー
夏休みの出来事
58/156

0063夏祭りの偶像事件01☆

   (六)夏祭りの偶像事件




 海水浴場の事件から数日後。俺は悶々と寝返りを打っていた。別に睡眠を欲してベッドに転がってるわけじゃない。ある一つの問題に結論が出ないから、こうして全身を投げ出して脳内の討論に耳を傾けているのだ。


 その問題とはこうだ。


「飯田奈緒を夏祭りに誘うべきか否か?」


 重大な悩みである。少なくとも夏休みの宿題などより遥かに高次の難題だった。


 俺は同じ『探偵部』に所属する奈緒が大好きだった。彼女とデートし、甘酸っぱい恋を満喫できる日を、想像の地平ではなく今のうつし世で実現させたかった。


 でも、どうやって?


 俺は壁にかけられたカレンダーを見やる。明後日の日曜日に赤い丸印がつけられていた。そう、その日こそは、渋山台市の夏祭り当日なのだ。しかも午後8時からは名物の花火大会まである。夏休みの思い出作りとして、またカップルのデートスポットとして申し分ないどころかお釣りが来るぐらいだった。


 俺はスマホを手に取った。彼女の携帯番号は一学期の段階で『探偵部』メンバーとして抜け目なく聞き出してある。もちろん向こうもこちらの番号を知っていて、だから『海水浴場脅迫事件』の後に向こうからかけてきたのだ。


 そう、俺はあと指先一つで彼女と通話できるのだ。


「ああ、ちくしょう」


 俺はまたスマホを投げ出した。もし断られたらどうしよう? あるいは「もう別の友達と予定入れちゃった」とか? これだけ祭りの日が近かったらそれもありうる。もたもたぐずぐずして結論を先延ばししてきた自分が恨めしかった。


 俺と奈緒の関係はこのまま平行線を辿るのだろうか……? 悔しさに唇を噛み締めた。


 と、そのときだった。


 スマホが振動し、着信音を奏で始めたのだ。


 俺はどうせ純架のアホだろうと思いつつ、冷めた思いでスマホを手にした。視線を画面に合わせる。


『飯田奈緒』


 携帯電話にはそう表示されていた。俺は思わず上体を起こし、食い入るようにその四文字を見つめた。奈緒からの着信だ。いったい何だろう? まさか……!


 俺は震える指で通話ボタンを押した。スマホを耳に押し当てる。


「はいもしもし、朱雀ですが」


「朱雀君?」


 奈緒の可愛い声が聞こえてきて、俺は背筋を伸ばした。そして出来る限り平静を装って彼女に応じる。


「飯田さん? こんな夜遅くにどうしたんだ?」


 あくまで恋心を気取られぬように。俺は裏返りそうになる声を押し殺した。


「あのね朱雀君、明後日の夜はあいてる?」


 俺は生唾を飲み込んだ。明後日といえば夏祭り当日だ。俺は内心の(たか)ぶりを抑えるのに必死だった。


 出来るだけさりげなく。


「ああ、あいてるよ。何かあるの?」


 声が震えて破綻(はたん)しないよう慎重に抑制する。奈緒が明るい声を出した。


「良かった。あのね、一緒に夏祭りに行けたら……」


「行く!」


 俺はほとんど食い気味に返事を口走っていた。奈緒が息を呑んでいる。


「答えるの早過ぎだよ朱雀君。……でも良かった。行けるのね」


「俺も暇を持て余しててさ。こっちから飯田さんを誘おうか悩んでたんだ」


 奈緒の声が明るくなった。


「なんだ、そうだったんだ。じゃあ一緒に行こう。待ち合わせ場所と時間は後でメールするね」


「おう」


 俺は余りの至福に目頭さえ熱くなっていた。奈緒と夏祭りに行ける! 降って湧いた僥倖(ぎょうこう)に、俺はスマホの通話を終えると、狂喜乱舞して部屋中を踊りまわった。開いていたドアからお袋が顔を覗かせ、「ついに狂ったの?」と心配そうに尋ねてくるほどだった。


 このとき俺の心の中に、同じ『探偵部』の面々を誘う気持ちはなかった。純架も日向も英二も結城も放っておいて、奈緒と2人だけで楽しもうという腹積もりだった。友情に(あつ)くない? 確かにそうかも。でも、それが(いつわ)らざる俺の本心だったのだ。




 そして夏祭り当日。俺はお気に入りのシャツとパンツで入念かつ執拗(しつよう)に身だしなみを整えた。そして午後6時20分に渋山台駅前広場に到着する。待ち合わせまであと10分。心は膨らんだ風船のように、今にも天に昇っていってしまいそうだった。


 一分一秒が緩慢(かんまん)に、しかし急激に過ぎ去っていく。奈緒に告白しようとしたときと、それは酷似していた。


「朱雀君!」


 来た! 俺は余裕あるところを見せようと、あくまでおもむろに声のした方を振り向いた。


「やあ、飯田さん……」


 俺は目をしばたたいた。そこに立っていたのは奈緒一人だけではなかったのだ。


「こんばんは、朱雀さん」


 カメラ少女、辰野日向が、奈緒の後ろからにっこり微笑んでいた。


「辰野さん……」


 なんてこった。二人きりのデートだと思っていたのに……


 奈緒は白地に水色の模様の浴衣、同じく日向は江戸時代の町娘のような黄色の浴衣だった。


「それ、可愛いね。二人ともよく似合ってる」


 俺は落胆を隠しながら二人の格好を褒めた。奈緒がくすりと笑う。


「ありがとう。朱雀君も格好いいよ」


 値千金の褒め言葉だ。それを聞けただけでも今日来た甲斐(かい)はあったと、自分を(なぐさ)める。


「じゃあ行こうか、飯田さん、辰野さん」


 俺たちは参道に向かった。人でごった返す中、屋台と提灯(ちょうちん)がずらりと並んで周囲を明るく照らし出している。盆踊りの曲が喧騒に抵抗するかのように大音量で流されていた。空は快晴で雲一つない。孤独な月は王として、決して思いを分かち合えぬ星々たちに熟年の誇りをひけらかしている。


 奈緒がうちわの露天の前で立ち止まった。


「ねえ、暑いしうちわを買おうよ。ちょっと高いけどね」


「そうだな」


 俺は通行人にぶつからないよう配慮しながら店の前に立った。波の絵が描かれた涼しそうな一枚を気に入って購入する。日向は富士山が描写されたものを手にした。奈緒はまだどれに小遣いを投資するか悩んでいる。


 そのとき、日向が俺に耳打ちした。


「安心してください、朱雀さん。そのうち邪魔者は消えます。花火は二人っきりで楽しんでくださいね」


 日向は俺に気を使ったらしい。俺の奈緒に対する思慕は、奈緒当人以外のみんなが気付いているのだろうか?


 俺は痩せ我慢した。苦笑して日向にささやき返す。


「別に心を砕かなくてもいいよ。皆で花火を見よう。その方が楽しいから」


「そうですか?」


 奈緒が店主に金を払い、こちらへ正面を向けた。純白のうちわだった。


「お待たせ! じゃあ先に進もうよ」


 その後、俺たちは縁日をゆっくり楽しんだ。奈緒はあんず飴を美味しそうに頬張ったり、水風船を手の平で叩きまくったりと、とにかく上機嫌だった。心の底からはしゃいでいる奈緒を見るのは俺にとっても喜びだ。和やかな雰囲気の中、打ち上げ花火の開始時間は刻一刻と迫ってきていた。


「え?」


 日向が突然立ち止まった。俺と奈緒が足を止める。


「どうしたの、日向ちゃん」


「今、確かに……」


 彼女が食い入るように見つめているのは、近くで何やら雑談に花を咲かせている女性客三名だった。彼女らの成熟した声が聴覚に浸透してくる。


「ホントに?」


「本当よ。あのアイドルの本城隆明(ほんじょう・たかあき)君が、この祭りに来ているらしいんだって」


 本城隆明。その名前には俺も聞き覚えがあった。ゼニーズ事務所所属の高校生アイドルだ。造形は将来性の輝きに満ちている。最近出したサードシングルCDが週間チャート5位にランクインするなど、活動は順調だ。末恐ろしい天才児、というのが世間一般の見方だった。


 その押しも押されもせぬ本城隆明が、この夏祭りに来訪している――?


「あの、すみません!」


 日向が女性客に近づいて頭を下げた。彼女の急な出現に、女性客たちの空気がぼんやり曖昧(あいまい)になる。しかし日向はめげることなく、熱意溢れる口調で問いかけた。


「本城さんの話が耳に入って……。ぶしつけですが、その噂は本当ですか? 今、本城さんはどこにいらっしゃるんですか?」


 そういえば彼女は本城のファンを公言していたっけ。ファンクラブにも入っていて、一年前に近県で開かれたコンサートにも足を運んだというから筋金入りだ。その日向にとってみれば、女性客の会話は聞き捨てならないのも当然だった。


 女性客は少し戸惑いながらも、笑顔で対応してくれる。


「ファンの子なの? ……あくまで噂よ、噂」


 やや小太りの女性が脇から補強した。こちらは情熱を分かち合える相手の登場に、やや興奮気味で話す。


「友達から速報が入ってね。本城君に似通った背丈の男の子が、『仮面サイダー』のお面をつけて一人で歩いてたっていうのよ」


 日向は目をしばたたく。当然の疑問を口にした。


「お面をつけててどうして本城さんだと分かったんですか?」


「それがね、声がそっくりだったんだって。間違いようもない本城君の声色で、屋台の店主と話していたらしいのよ。それでお面は被りっ放しでしょう? 正体を隠すあたり、いかにも怪しいって、仲間内で盛り上がってさ。それで私たちにも知らせてきたのよ。見かけたらうちわにサインもらってって頼まれちゃった」


 日向は丁重に礼を述べた。


「どうもありがとうございました。私も『仮面サイダー』のお面の子を捜してみます」


 日向は満面の笑みでこちらに駆け寄ってきた。意気揚々と腕まくりし、力こぶを作る真似をする。興奮気味に鼻息を荒くした。


「楽しくなってきました! 絶対に本城さんを見つけましょう、奈緒さん、朱雀さん!」


 こうして夏祭りは『本城さんを捜せ』大会と化してしまった。やれやれ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ