0054ダイヤのネックレス事件02☆
説明があったとおり、俺と純架、奈緒と日向の二人ずつが相部屋となった。どれも2階だ。一方英二と結城は1階で、それぞれ個室である。
俺たちの部屋が最も奥にあるらしく、最後に中へ通された。河津さんは「ごゆっくり」と言い残して、折り目正しく退室する。太陽の匂いが一杯詰まっていて、いるだけで清々しい気分になった。これは日頃の清掃の賜物であろう。
純架が二つあるベッドのうち片方へとダイブした。純白のシーツの誘惑に勝てなかったらしい。部屋は窓が全開で、左右のカーテンが乾いたそよ風に揺れ動いていた。
俺は部屋を物色する。シャワー、トイレ、洗面台、冷蔵庫、テーブルにライトスタンド。全て最新式だ。このログハウス、まだ建てられて5年と経っていないらしい。ここに建築するのにどれほどの人員と作業、費用が必要だったのだろう。維持費だって相当だろうに……
純架が起き上がってベッドに腰掛ける。軋むような音は聞こえなかった。座り心地もまた特上らしく、彼は満足そうに両手を組み合わせる。
「この寝台の中にダイヤのペンダントが仕込まれてるってことはないのかな」
「あるわけねえだろ」
純架は食い下がった。
「いや、分からないよ。英二君は『はい』か『いいえ』のどちらかになる質問を5問受け付けるって言ってた。質問を浪費しないためにも、ちょっと確認しておきたいね」
俺は冷蔵庫の中身を検めつつ、手の平をひらひらと振る。親友の詮索が鼻についた。
「勝手にしろ。……コーラがあるな。飲んでも構わないよな?」
純架は「まあ文句を言われることはないだろうね」と、ベッドを叩きまわっている。俺はペットボトルのキャップを外すと、黒い炭酸飲料を勢いよくラッパ飲みした。きんきんに冷えていて、火照った体に染み渡るようだ。美味すぎる。
純架は調べ終えたようだ。さすがにすぐ見つけられるような場所には隠されてなかったらしい。空振りに終わったらしいのが、生気に乏しい声音からうかがえる。
「まあしょうがないか。でも考えながら調べていたんで、英二君への質問内容は少し整理がつけられたよ。英二君と菅野さんも含めた、『探偵部』6人全員を一堂に集めよう」
俺は内線電話をかけまくり、1階広間に集合するよう皆に呼びかけた。その上で俺と純架も自分たちの部屋を後にする。ホールに向かうと、俺らより早く来ていた奈緒が、日向に対してイラついたように話しこんでいた。
「そりゃ、お金に換えれば4人全員に25万円ほど行き渡るけど……。私は身に着けたいの」
奈緒の主張に、日向は折れずに抵抗する。
「でも、でも。身に着けるってことは一人で独占したいってことでしょう? 私は反対です」
純架がレバー3本の操縦桿をガチャガチャ動かして、目の前の奈緒に叫んだ。
「行け、鉄人28号!」
奈緒はロボットではない。
「何々、何の話だね」
純架が問いかけると、奈緒は頬を膨らませて応じた。
「日向ちゃんったら酷いのよ。ダイヤのネックレスを発見・換金して、みんなにお金が行き渡ることを前提にすれば、全員協力して探せるって言うの」
ああ、なるほど。その手があったか。俺は日向の発案に賛同しかけた。
「まあ一理あるけどな」
奈緒が地団駄を踏んだ。彼女なりに怒っている。
「朱雀君まで何言うのよ! 私は嫌よ。あんな素敵なネックレス、手に入れられるなんてまたとないチャンスだわ。私が身に着けてもいいし、お母さんにプレゼントしてあげてもいいし。とにかく私は単独で、一人で探し出したいの。自分の物にしたいのよ」
彼女をこっそり愛する者として、俺が採るべき道はただ一つ。
「なら俺は飯田さんに協力しようかな。もし宝物を見つけ出せたら、贈り物としてあげるよ」
奈緒は俺の言葉に半瞬理解が遅れたが、最終的にはここ一番の笑顔を見せた。
「さっすが朱雀君! 話が分かるね。ありがとう!」
純架は肩をすくめた。俺たちには加わらない意思を明確に示す。
「やれやれ、それなら僕は辰野さんと組もうかな。ネックレスなんて、サバイバルゲームマスターの母さんは着けないだろうし、妹の愛君には似合わないだろうし。辰野さんと二人で山分けすれば50万円だ。これはでかいね」
日向は目を輝かせた。純架の手を取ってはしゃぎ回る。
「ありがとうございます! 頑張りましょうね、桐木さん!」
奈緒が俺の袖をつまみつつ2人と向き合った。目から炎が飛び出すようだ。
「ライバルね、日向ちゃん、桐木君。負けないから!」
「こちらこそ。真剣勝負です!」
純架がコントローラーをめったやたらに操作した。
「飛べ! 鉄人!」
だから奈緒にジェットなんかついてねえよ。
純架は声を大にした。一同を見渡す。
「まあ別れるのはいいけど、僕らには英二君に対する5個の質問機会が与えられていることを忘れないでほしいね。これは4人全員で協調しなきゃ駄目だよ」
奈緒もこれには賛意を表した。
「そうね、それは大事よね」
純架は「そこでなんだけど」と慎重に切り出す。
「まずは僕が三つ質問したいことがあるんだ。消費していいかな?」
話を黙って聞いていた結城が、仕掛け人側から驚いた。
「いきなり三つですか。大胆ですね」
英二が首を軽く振り、純架の真意を推測する。相変わらず美少年だった。
「いや、最初だからこそ三つも質問するんだ。探索範囲をぎゅうぎゅうに狭めるためにな。そうだろ、純架」
「ご名答」
奈緒が不安げに拳を胸に当てた。心配そうに質問する。
「奇行的な問いかけじゃないでしょうね。桐木君の発作が出たら嫌だわ」
「やれやれ、嫌われたものだね」
嫌われて当然だろう。
「大丈夫。『探偵部』部長として、皆の役に立つものだよ」
日向が口添えした。真摯な口調である。
「桐木さんはああおっしゃってますし、ここは任せてあげてください」
奈緒が渋々、といった具合に純架の質問を認めた。だいぶ精神的浪費を伴うらしく、その顔は暗い。
「分かった。桐木君に預けるわ。朱雀君もそれでいいのね?」
「まあしょうがないかな」
俺は肩をすくめた。純架が全員の注視の中、英二によく通る声を投げかける。
「では英二君、僕からの最初の質問だ。『ダイヤのペンダントは、3階に隠されている?』」
英二は楽しそうに微笑みながら答えた。
「答えは『いいえ』だ」
この質問と答えで、俺たちは3階を調べなくて良くなった。なるほど、これは有益だ。純架の問いは続く。
「それじゃ次。『ダイヤのペンダントは、2階に隠されている?』」
「それも、答えは『いいえ』だ」
純架は二問で、目当ての品が1階に隠されていると突き止めた。英二はしかし、純架の追及にも動じる気配はない。もともと動じないことで有名な男だが……
部長は3問目をぶつけた。
「続いて、また聞くよ。『ダイヤのペンダントは、英二君、菅野さんの部屋――つまり「探偵部」の個人の部屋に隠されている?』」
「返事は『いいえ』だな」
「僕が今聞きたいのは以上だよ。残りの2問はいいや」
純架は俺たちに正対した。自信に満ち溢れた顔だが、体は不安でガタガタ震えている。
どっちかにしろ。
「これでだいぶ狭まってきたね。個人の部屋を調べまわる手間を省けたのは、プライバシーの問題からしても重要だった。……では飯田さん、楼路君、辰野さん。何か英二君への質問はあるかい? 何でも構わないよ」
日向は首を振った。明確な拒否である。彼女は奥ゆかしく述べた。
「残り二回ですよね、聞けるのは。1階を調べ尽くしてからでも遅くはないんじゃないでしょうか? 今の3問でかなり探索の幅は減少しましたし」
奈緒も納得している。少なくとも愚痴をこぼすことはなかった。
「私も聞こうかなって思ってた内容だったから、ちょうど良かったわ。じゃあ、『誰が最初にダイヤのネックレスを見つけ出すか大会』、スタートね」
英二が眉根を寄せる。
「おい、俺が考えた謎解きゲームにアホみたいな名前をつけるな」
「名前通りのゲームでしょ」
純架は日向と、俺は奈緒と、それぞれ動き出した。振り向けば英二と結城が、視線を交錯させて苦笑し合っていた。
1階は既に見たように、廊下にもぎっしり美術品が並んでいる。お宝はどこにあるのか? 俺たち2人はそこらじゅうをしらみ潰しに探していった。
もしやこの絵画の額縁は二重底になっていて、そこにダイヤのネックレスが納まっているのではないか。あるいはこの怪しい食堂は、キャンドルライトの中にお宝を包含しているのかもしれない。待てよ、今の輝きは何だと思えば、緑柱石の王冠がガラスケースの中に鎮座ましましていた……
「ないなあ」
「ないね」
俺と奈緒は椅子を持ち上げて裏返したり、タンスの引き出しを全て開けてみたり、脚立を使って電気配線の張り巡らされた溝を覗き込んでみたりと、散々に調べまわった。だがダイヤのネックレスは、その存在どころか片鱗すら眼前に現れてこない。
他の二人も似たような行動を取っていた。純架ですらそうだ。俺たちは互い互いの行動を逐一盗み見て、ライバルが探し終えて出てきた部屋へ入ってみたりした。あるいは宝物を見落としたかもしれないからだ。
だいぶ時間が経過したが、まだ半分も調べられなかった。そこで気がついたのが、奥の部屋にいちいち出入りする黒服たちだ。要人でも来ているのだろうか? ……と思っていたら、そのドアがゆっくりと開いた。




