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学園ミステリ〜桐木純架  作者: よなぷー
桐木純架、登場す
32/156

0032生徒連続突き落とし事件10☆

「おい飯田、お前が第一発見者か? 犯人の姿を見なかったか?」


「分からないわ」


 奈緒は気丈に振る舞っているが、さすがに動揺を隠せない。


「私は1階から2階へ上がる途中だったから。目の前の中間踊り場にこの人が転げ落ちてきたからびっくりして……。犯人はもう立ち去ったのか、姿は見えなかったわ」


 英二は驚くべきことを口にした。


「お前が犯人じゃないのか?」


 俺と奈緒は揃って口を開けっ放した。あまりの唐突さに唖然とする。


「何馬鹿なこと言ってるの?」


 英二はとうとうとち狂ったか、俄然(がぜん)『飯田奈緒犯人説』を唱えだした。


「そういえばこの前美又先輩が落ちたとき、飯田はトイレに行っていていなかったな。あのとき何らかの詐術(さじゅつ)を使って、俺たちの目をあざむき、美又先輩を突き落としたんじゃないのか」


「詐術って、どんな詐術よ」


「分からない。ただそれなら今回お前が第一発見者となったのもうなずける」


「話にならないわ。最低ね。いい加減にして」


 奈緒と英二は視線をぶつけ合い、空中に見えざる火花を散らした。


 音を聞きつけた生徒たちが野次馬根性丸出しで集まってきていた。その中に純架の姿もあった。


「また誰かが突き落とされたんだね」


 俺は肝心なときに不在だった友人をなじるような口調になった。


「どこで油売ってたんだよ」


「2年2組に行って、まだ入院中の美又先輩について集中的に聞き込みをしていたんだよ。ああ、お腹空いた」


 そこへ結城が長田(おさだ)先生を連れてやってきた。




 音楽教師の畑中祥子先生、『探偵同好会』会員で1年1組の辰野日向、1年2組の天音永久、2年2組の美又慶先輩。彼女らに続いて犠牲者の列に加わったのは、2年1組の綾本麗華(あやもと・れいか)先輩だ。大腿骨骨折の重傷だった。


 実に五人が、この2週間の間にそれぞれ階段から転落したのだ。異常事態もここに極まった感がある。被害者が全員女というのも、犯人の醜悪さがうかがいしれるところだった。


「今回違っていたのは、昼休みに犯罪が行なわれたことだね。犯人もさすがに先生方が見張る放課後に実行するのは不可能だったんだろう」


 純架は帰り支度をしている。()き身のアボカドがタッパーに詰め込まれているのをバッグに入れた。


 何のために学校に持ってきたんだ?


「犯人はまるでゲームをしているようだ。細い綱の上で曲芸をやっているようなものだよ。大胆極まりないね。絶対に捕まらない自信があるんだろう」


 教科書とノート、筆記用具を仕舞い込んで鞄を閉じた。


「じゃあね、楼路君」


「えっ、一緒に帰らないのか?」


「僕は寄るところがあるから」


 俺はぴんと来た。


「渋山台病院に行って美又先輩と綾本先輩に聞き込みするんだな?」


「当たり」


「俺も行こうか?」


「君は帰宅して勉強でもしていたまえ。スタンド・バイ・ミーなボーイズ・ビー・アンビシャスでアイル・ビー・バックかつジョニー・ビー・グッドだよ、楼路君」


 全く訳の分からないことを言って、純架はスキップしながら教室を出て行った。




 翌日、寝不足の生徒がちらほら見え出した頃、俺は睡魔と闘いながら英語の授業に(のぞ)んでいた。純架は昨日成果があったのかなかったのか、うつらうつらと、こちらも眠たげにノートを広げていた。


 純架はまだまだ事件の解決を諦めていない。あの奇体な変人は頭の中で、俺の知らない事件の真相について熟慮しているのだろうか。それとも、次の奇行の構想を練っているのだろうか。前者であってほしいが、多分後者なのだろう。その点が、彼の彼たる所以(ゆえん)である。


 英二は物事を思い通りに進められず鬱屈(うっくつ)していた。『飯田奈緒犯人説』などという滅茶苦茶なものはすぐ放棄したが、さすがにそうと認めるのは恥ずかしいらしく、未だに奈緒へ謝罪していない。彼はすっかり手詰まりの状況になって、もはや捜査を続行しようなどとは考えていないらしかった。


 北上先生が難しい構文を解説している。窓から見える景色は光に満ち、カーテンがそよ風に揺れていた。春から夏へと移り変わる、穏やかな一日――


「うおおっ!」


 野太い声とトラックが横転したような轟音が、遠くかすかに響いてきた。北上先生が一瞬身をすくませた後、「またか?」と興奮気味にチョークを置く。


「自習してろ」


 そう言い残すとざわつく教室からせかせかと出ていった。俺と純架と奈緒はもちろん言いつけを守らず後をつけていく。2階から1階への階段の中間踊り場に、綾本先輩のときと同様、人影がうずくまっていた。俺たちは物陰からこっそり覗いた。


 男子生徒だ。尻餅をついていて、何か近寄りがたい独特のオーラをまとっていた。


「おい! 落とされたのか?」


 既に到着していた他の先生方が興奮しながら問いかける。男子生徒は答えた。


「そのようです」


 手首をしきりに押さえ、顔面を紅潮させている。どうやら骨折しているらしいが、気丈にも取り乱したりはしていなかった。先生の一人がその態度に感心したような目を向ける。


「一体どうしたんだ。なぜ授業中に教室から抜け出したんだ?」


「気分が悪かったので、先生に許可を得て1階の保健室に行こうとしたんです。そうしたら、階段で背中を突き飛ばされて……。後はもう、真っ逆さまでした」


 北上先生が熱を込める。


「は、犯人は? 犯人の顔は見なかったか? どこへ逃げていったんだ?」


 生徒はかぶりを振った。額の血がしたたる。それは中間踊り場にぽつりぽつりと落ちていった。


「いえ、残念ながら見る余裕はありませんでした」


 北上先生が肩を落とした。


「そうか……」


 一転、気を引き締めて男子生徒を気遣う。どこが痛むのか質問した後、彼が立ち上がるのを手助けした。


「手首も酷いが、頭をぶつけているのが心配だ。ともかく病院へ行こう。立てるな?」


「はい」


 俺たちは先生方に見つからないよう、こっそり教室へ戻った。


「初めて男が落とされたな」


 俺は気がはやって仕方なかった。これで6人目。今度は授業中。犯人はまさに神出鬼没だ。一体どうやって獲物を仕留めているのだろう? またどうやって煙のように消え失せられたのだろう?


 純架はしかし、俺や奈緒とは違って熱量が低い。皆がびっくりしているマジックショーで、一人ネタを知っている観客然としていた。


「これで突き落とし魔の事件も終わりかな」


 奈緒が聞き逃せず問いかける。


「どういう意味?」


 純架は長い溜め息をつきながらうつむいた。次に(おもて)を上げたときには、精悍(せいかん)な表情に変わっていた。


「テスト前に終わって良かったよ。明日は休みだから、皆で一緒に真犯人の元へ向かおう。都合が悪ければ別にいいけど……」


「ちょっと、真犯人って、もう目星はついてるの?」


「そうだよ」


 純架は平然と語った。その目は猟犬のごとく光り輝いている。つい数日前とは打って変わっていた。美又先輩の転落を防げなかったときの意気消沈ぶりとは、見違えるほど活気に満ちている。


「でも、僕にも秘密主義があってね。どうせなら真犯人と対面するまでは、正体を明かさずいこうと思ってるんだ。茶目っ気として許してくれたまえ」


 俺は自分の肩を揉んで苦笑した。


「お前はいつもそうだな。まあいいや、それじゃ楽しみにしておくよ。都合ならもちろんいいに決まってる」




 その後、1年1組辰野日向が、北上先生からの情報を教えてくれた。


「今回突き落とされたのは、2年2組の黒沢敏勝(くろさわ・としかつ)先輩です。生徒会の書記を務めている方です。部活動に入らず、私塾に通っているそうで、成績は学年トップだとか」


 俺と純架と奈緒は放課後の3組でその報告を受けた。俺は黒沢先輩が痛みをこらえる姿を思い出して気の毒になる。


「かなりの俊英(しゅんえい)ってとこか」


「私たちとは別世界の人間って感じね。手首を負傷して、書記なんてできないだろうし……お気の毒としかいいようがないわ」


 純架はまぶたにマジックで黒目を描いて、両目を閉じている。まるで起きているようだ。


 だからどうした。


「ともかく明日は桐木さんに真犯人を教えてもらえるんでしょう? 期待しちゃいますね」


 純架はいびきを掻き始めた。どうやら一人夢の世界へ羽ばたいていったらしい。まったくこの男は……




 そうして日曜日、俺たちは渋山台駅で待ち合わせした。俺は涼しげな七分袖で、純架はカーディガンを羽織って女子の到来を待った。


「ごめん、待った?」


 Tシャツにショート丈のデニムパンツ姿の奈緒と、清楚なワンピースを着た日向が現れた。これで全員か。


「いや、まだ後二人いる」


 純架は(まぶ)しい午前の光の中、更に待つことを要求した。気温は高めで、日陰にいないと汗ばみそうだ。


 5分後、でこぼこコンビが近づいてきた。俺は目を見張った。


「三宮、菅野さん!」


 クロップドパンツ姿の英二と暑そうなスーツを着た結城が、『二人』の正体だった。英二は到着早々、遅刻を詫びず不満を漏らした。


「なんで俺が自家用車以外の乗り物に乗らなきゃいけないんだ。下々の者などと一緒に……」


 純架は気にしていない。


「よし、全員揃ったし早速行こう」


「おい、無視かよ」


「3番のバス停から渋山台病院行きバスに乗るんだ。料金は180円だよ」


 俺たち6人は車内へのステップを上り、後部座席を占めた。車内は快適な温度に調整されている。市バス独特の匂いが漂っていた。

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