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学園ミステリ〜桐木純架  作者: よなぷー
桐木純架、登場す
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0003桐木純架君02☆

 さて、今日から通うことになる渋山台高校は、電車に揺られること10分、最寄りの渋山台駅から徒歩5分の近さだ。瀟洒(しょうしゃ)な住宅街の一角にあり、大きな校庭と新旧二棟の白亜の校舎がその特徴となっている。偏差値は高い方だ。入学試験では俺は一生分の運を使い果たしたとさえ思える結果を弾き出した。今でも良く入れたものだと我ながら感心してしまう。


 昇降口すぐそばの掲示板に、蟻のごとく人が群がっていた。掲示してある紙の表を見て、自分がどのクラスに配置されたか確認するためのようだ。俺も自分の名前を探す。


 あった。1年3組。俺は鞄を持ち直すと、3階にあるらしいそのクラスへ爪先を向けた。それにしても過疎化が進んでいるとはいえ、3組までしかないのは寂しい限りだ。木造の旧棟がそのままなのは、生徒数が足りないことによる資金不足で、取り壊す金さえないからだろうか?


 春風が開け放たれた窓から建物内に流れ込んできている。桜の花びらもそれに乗って、人恋しそうに学生たちの頭や肩に付着した。新品で清潔な紺のブレザー、青いセーラー服が、生徒たちを包んで初々しさを()き立てている。


 朝の学校は生徒たちの活発な会話で満たされるものだが、一年生は入学初日とあって、みな他人との距離感を縮めるのに手探りで静かだった。早くも親友同士になったらしい女生徒たちもいれば、俺のように他人を寄せ付けないオーラを(かも)し出しているものもいる。まあ、数日も経てば慣れてくるのだろうが。


 俺は廊下の奥に据え付けられた引き戸を開け、1年3組に足を踏み入れた。時刻は午前8時15分。あのアホ野郎のおかげで登校時刻には余裕で間に合っている。あいつはどのクラスになったんだろう?


 そこで聞き覚えのある声――というか、さっき聞いたばかりの声がした。


「やあ、楼路君」


 俺は(おもて)を上げた。目の前の椅子に、あの美少年で奇人の桐木純架が座っているではないか。余裕ありげに長い足を組んでいる。


「遅かったじゃないか。同じクラスとは結構結構。まあかけたまえ」


 俺は仰天して一つ後ずさりした。混乱する頭を急いで整理する。えーっと、ちょっと待てよ。


「お前、いつの間に俺を抜かしたんだ? 俺はあの公園からここまで最短ルートを辿ったつもりだが、その間、お前に先行された覚えはなかったぞ」


 俺が疑念を拾い上げてまくし立てると、純架はいかにも楽しそうに笑った。周囲の女生徒がときめいたように純架の笑顔をただただ眼球に映している。彼はそれを気にせず解説した。


「公園での出来事の後、僕は君の後をぴったり尾行していたのさ。電車では隣の車両に潜んでね。そして昇降口の掲示板で君がもたもた自分の名前を探している隙をつき、こっそり前を行かせてもらったんだよ。簡単なことだね」


 なるほどな。説明は理解できたが、一部納得のいかない台詞が含まれている。こいつ、平然と言いやがったが……


「尾行していた? 俺を?」


 純架は小娘のように笑った。いちいち美しいのがむかつく。


「そうさ。僕は他人の尾行が趣味でね。君がまた喧嘩をしたりしないか、見張りながら後をつけさせてもらったわけさ」


 全然気づかなかった。俺は怖気(おぞけ)(ふる)う。何て気味が悪い奴だ。


「まるで浮気調査している探偵だな、お前」


 こっちは馬鹿にしたつもりだったが、純架は心地良さげに点頭した。まるで効いてない。


「そう、僕は探偵さ。アマチュアだけどね」


 彼は誇り高くそう認めた。素人探偵は組んだ両手を膝の上に置き、いかにも面白そうに弁舌を振るう。


「僕はただ人間に興味があるだけなんだよ。人の心という奴、これがなかなか一筋縄ではいかなくてね。僕は色々な人間の脳を言葉で解剖して、どんな性格でどんな性質か見定めてみたいんだ。そうだね……」


 頬を(ほころ)ばせたまま、少し視線を横に流した後、改めて俺に戻した。ぴったり合う表現を見つけたとばかり、満足そうに語る。


「つまりは『謎解き』さ。何でこの人はこんな真似をしたんだろう? 何が彼もしくは彼女を、こうまで駆り立てたんだろう? その追究こそが僕の純粋な喜びなんだ。そして」


 純架は俺を手の平で指し示した。爪の先までみずみずしく、それは突きつけられたもの全てに等分に劣等感を与えるものだった。


「今回はそれが君だったというわけさ」


 |大きく両手を広げた。何でもなさそうな口振りで指摘する。


「たとえば楼路君、君の両親は離婚話で揉めているね?」


 正確無比で衝撃的な発言に、俺は心臓が飛び出るかと思った。急に息苦しくなり思わず自分の喉を掴む。


「な、何でそんなことが分かるんだ?」


 純架は艶然(えんぜん)とした笑みを浮かべた。


「今日の帰り、僕と一緒に下校してくれたら教えてあげるよ」


「何だそりゃ……」


 そこで教師が入室してきた。俺は驚愕を押し殺したまま自分の席に着かねばならなかった。




 軽い挨拶の後、1年3組担任の宮古博(みやこ・ひろし)先生は出席を取った。名前を呼ばれた生徒が初々しく挙手して「はい」と返事をする。欠員がいないことを確認すると、宮古先生は俺たちを廊下に並ばせた。他教室の教師と連係して、ぞろぞろと体育館に移動する。入学式が始まるのだ。館内に並べられたパイプ椅子を眺めたとき、俺は受験の苦労を思い出してしみじみとしてしまった。


 それにしても純架の相貌は、新入学生の中でも図抜けていた。現実的な顔が居並ぶ体育館の中で、ただ一人童話の世界から抜け出してきた王子様然としている。男性アイドルの事務所に所属して、芸能活動を行なったりしていればまだしも納得が出来ただろう。たださっきの奇行を思えば、その線は薄そうだが……


 恐らく両親は不在のまま、俺は入学式を終えた。何だかどの生徒も無個性で、まあいずれその()ってくる所も分かってくるのだろうが、どうにも居心地が悪い。それは俺が知性と容姿とで他人に大きく劣っている、というひがみ根性が加わっていたからか。


 やがて各クラスとも列をなして教室に戻り、それぞれの時間を持った。先生が、早速新1年生名物の自己紹介を強制してきた。あいうえお順に生徒を指していく。


「では次、桐木純架」


「はい」


 奇天烈(きてれつ)野郎の番になった。彼は『マンボナンバー5』のテーマを口ずさみながら、立ったり立たなかったりを数回繰り返した後、ようやく凄まじい形相の雲竜型(うんりゅうがた)で完全に立ち上がった。クラスメイトも宮古先生も、もちろん俺も、純架の不可解な行為に声もない。だが美少年は一連の動作には一切触れずに言った。


「桐木純架です。自分の性格は、まあ可もなく不可もなく、いたって真面目です。好きな食べ物はアボカドです。趣味は奇行です。よろしく」


 最後にげっぷをした。


 朝何食ったんだ?


 やがて俺が当てられた。俺は椅子を押し出して立ち上がり、ぶっきらぼうに挨拶した。


「俺は朱雀楼路。性格は普通。好きな食いものは……チャーシュー麺かな。趣味はテレビゲーム。以上……です」


 俺は頬に血をのぼせながらさっさと椅子に座った。十数秒とはいえクラス中から視線を集中されたことに気恥ずかしさがあった。それにしても自己紹介なんて馬鹿らしい。どうせ誰も真面目に聞いてなんかいやしないのに。


……と思いきや、一人の熱視線に気がついた。桐木純架だ。彼は二つ隣に座る俺を凝視していた。親和的には程遠い、質を見定めるような、科学者のような視線だ。俺が純架を見ると、彼は頬杖をつきながら、かすかに笑みを浮かべて軽く頭を下げた。何なんだ、気持ち悪い。


 生徒たちの拷問はその後、お寒いまま終わった。




 以降のホームルームは(とどこお)りなく片付き、俺はようやく入学初日の重責(じゅうせき)――そんな大したものでもないか――から解放された。宮古先生の退室と共に、生徒たちが一斉に帰宅準備を始める。既に仲良くなった社交的な奴らが、あちこちで固まって自己紹介がてらの会話を紡いでいた。


 ああ、腹減った。俺は背筋を伸ばしてうなり、空きっ腹を平手で撫でる。さっさと帰って飯でも作ろう。そこへ、もう鼓膜さえ嫌がっている能天気な声が聞こえてきた。


「じゃ、帰ろうか楼路君」


 純架だ。自己紹介の奇行で周囲からすっかり警戒されたのか、彼のそばには誰もいない。俺は気だるく答えた。


「何だよ桐木、なんで俺と帰りたがってるんだ? 接点もないのに」


「帰りながら話そう。チョコレートいるかい?」


 戦後すぐの子供じゃねえよ。


 俺は身を起こし、この美麗で奇態な変人と共に教室を出た。まだ昼過ぎで太陽は高い。これから俺の3年間に渡る高校生活が始まるのか、と思うと、妙に感慨(かんがい)深くなる。


「楼路君。僕は助手を必要としているんだ」


 渋山台駅までの単調な道のりを辿りながら、純架はしなやかに顎をつまんだ。まるで一服の絵画のようだ。駅前広場では、朝は気がつかなかった噴水が清涼な飛沫(しぶき)を上げていた。


「残念ながら僕は体が弱くてね。小学校の頃は護身術がてら柔道を習っていたんだけど、怪我に悩まされてさ。結局中学からは帰宅部だよ。笑えるよね」


 純架の一本投げと腕十字は小学生時代に(きた)えられたものだったのか。それにしては見事な腕前だった。若くして身についた技術は、なかなか(さび)つかないということらしい。


「ああ、そんなこともあるんじゃねえの。で、助手って何の助手だ?」


「もちろん奇行の助手さ」


 俺は間髪入れずに()えた。


「誰がやるか! んなもん!」


 周りの通行人が喫驚(きっきょう)してこちらを見やる。純架は俺のうなじの辺りを(つか)み、首筋を()んできた。


「オーケーオーケー、ヘイブラザー。リラックス、リラックス!」


 B級洋画の真似らしい。まるでビール腹のアメリカンだ。


「冗談だよ、冗談。助手っていうのは探偵活動のことさ」

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