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学園ミステリ〜桐木純架  作者: よなぷー
桐木純架、登場す
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0028生徒連続突き落とし事件06☆

 その後、俺たちは職員室で教師陣に状況を報告した。先生方からの情報で分かったこともある。落ちた生徒は天音永久(あまね・とわ)といい、1年2組在籍だ。教室で友達数人とお喋りに(きょう)じた後、一人先に帰ろうとして、何者かに突き落とされたらしい。彼女は先生の車で渋山台病院に直行した。膝の骨が折れている可能性があるという。


「ここまで来て隠し事は出来ないだろうね」


 帰り道、純架は予測した。西日がその険しい表情を浮き上がらせる。俺と純架の二人での帰宅も、すっかり定番と化していた。


「今まで学校側は、校内に突き落とし魔がいるなんてことを認めるわけにはいかなかった。監督責任を問われるからね。だから畑中先生は『自分で転落した』と嘘をついていた。でも畑中先生、辰野さん、そして天音さん。転落者が三人も出てきたら――しかもうち二人は突き落とされたと証言している――、さすがにもうごまかしは効かないだろう。明日にも全校集会が開かれるに違いない。これから渋山台高校は、事件に対する正確な対応を迫られることになるだろうね。校長先生なんかは泡吹いて倒れるかもしれないよ」


「やっぱり犯人は三宮なのか?」


 純架は慎重だった。ヘルメットのような黒髪が風になびいている。俺が女子だったら胸を締め付けられたであろう秀麗な横顔だった。


「今日は放課後早く帰ったようだし、今回は関係なさそうだね。だからといって全面的に白だとはまだ決め付けられないよ。黒だと断定できないようにね。それにしても振り返ってみると、辰野さんは運が良かった。抱えていたゴミ袋がクッションになって、打撲(だぼく)で済んだんだからね」




 翌日、純架の予言したとおり、渋山台高校は緊急全校集会を開いた。前谷翔一郎まえたに・しょういちろう校長自らがマイクの前に立って説明する。彼はいつもの朝会で披露している愛用の薄黄緑のスーツではなく、シックなグレーの背広を着込んでいた。頭髪は耳の周囲に白髪が残る程度だ。小さな目、太い鼻、割れた顎が特徴である。御年62歳。


「由々しいことに、この一週間で三件の突き落とし事件が発生しました。犯人はまだ特定できておりません」


 全生徒がざわめく。いつもは校長の長ったらしい話など左の耳から右の耳へ素通りさせていた人々は、この異常事態の到来に軽く興奮しているようだ。みんな熱心に新情報を語る校長を見守っている。


「畑中先生、1年1組の生徒、1年2組の生徒。いずれも階段を下りようとするところを背後から押されて転げ落ち、打撲、或いは骨折の怪我を負いました。全校生徒諸君、特に下の階へ移動するときは背後に気をつけてください……」




 祭り好きの久川が無責任にはしゃいでいる。いかにも楽しくてたまらない、とばかりに次々にクラスメイトをひっつかまえてはこの話題を持ち出していた。彼が(ひそ)かに『渋山台のワイドショーリポーター』と呼ばれる所以(ゆえん)である。


「いやあ、凄いことになってるな! こりゃそのうちマスコミも()ぎつけてくるぞ!」


 1年3組の教室に戻って、生徒たちの会話は今朝の全校集会の話で持ちきりだった。友達の岩井と長山は、俺を半笑いで茶化して遊んでいる。


「『探偵同好会』朱雀楼路様の出番ってわけだ。頼みますぜ名探偵!」


「いやあ、勘弁してくれよ」


 俺は苦笑いを浮かべて手を振り、助けを求めて純架を見た。彼は一人でトランプ占いに興じていた。寂しい奴。


「駄目だ、失敗だ」


 純架がうめく。数枚を残し、クリアとはいかなかったようだ。俺はそれに何か不吉なものを感じた。




 昼休み、純架は手早く食事を終えると、俺を誘って英二の席に向かった。いよいよ英二を『探偵同好会』に引き入れるのだろう。


 英二はよだれが垂れそうな豪華なうな重を掻き込んでいる。時折紙パックの牛乳を吸うのは身長を欲してのためらしい。俺よりも切実なんだろうな。


「ちょっといいかい、三宮君」


 純架は英二に声をかけたが、彼が面を上げるより早く結城が制した。


「英二様は御食事中です。用件は昼食が済み次第うけたまわりますので、今はお引き取りを」


「いや、よい」


 英二が重箱に箸を置き、幸福そうな顔をして腹をさすった。


「ちょうど今終わったところだ。それで、何だ桐木。俺に何か用か?」


 純架は無言でランニングマンを一分間踊ると、汗を浮かべて椅子に座った。もちろん意味はない。率直に言った。


「実はね三宮君。君に『探偵同好会』に入ってほしいんだよ」


「断る」


 にべもなかった。


「なんで俺がお前みたいな変人の同好会に入らなきゃいけないんだ。断固として嫌だね」


 俺は別に怒らなかった。確かに純架は変人であり、多分多数の生徒は彼の存在を疎んじて入会を諦めてきたのだろうから。むしろ『探偵同好会』に加入している俺や奈緒、日向の方がおかしい物好きとさえ言えた。


 英二は話は終わったとばかりに爪楊枝を使う。純架はしつこく食い下がった。


「そこを何とか! 何なら会長の座を君に譲ってもいいよ」


 偉く気前がいい。もっともこの同好会の会長って、何の権限があるのか未だに分からないが。


「くどいな。嫌だって言ってるだろ」


 英二は心を揺り動かされることなく突っぱねた。結城が用心棒然として片腕を外へ指し示す。


「お引き取りを」


 純架はヒルのように粘着した。結構必死だ。


「三宮君がいればきっと各種捜査もはかどると思うんだよね。君は僕と違って探偵の素質に恵まれているから……」


 今度はおだてにかかった。英二は目を閉じ牛乳を吸い上げる。程なく異音がして、中身の枯渇(こかつ)を周囲に知らせた。


「見え透いたおべんちゃらはかえって逆効果だぞ、桐木」


「いやあ、君さえいたら今学校を騒がしている突き落とし魔だって簡単に捕まえられると思うよ。いよっ、天才高校生!」


 英二がやおら目を開いた。純架の顔をじっと見つめる。


「突き落とし魔、か。そうだな……」


 不意に何か面白いいたずらを考え付いたかのような陽気さが、英二の面上をよぎった。悪魔めいた微笑を閃かせる。


「こういうのはどうだ? お互い競争するんだ。どちらが先に突き落とし魔を捕まえられるか、な。俺は結城と2人で、桐木は『探偵同好会』全員で捜査するんだ。負けた方は勝った方の言うことを聞く。もしお前らが勝ったら、いいだろう、『探偵同好会』に入会してやる。どうだ?」


 純架は望む大物は釣り上げられなかったが、それでもこの提案に満足したようだ。


「いいね、そうしよう。勝負だ、三宮君」


 言質(げんち)を取るように純架はうなずいた。その手にICレコーダーを隠したまま……


 俺たちは自分の席に戻った。英二のそれに比べてはるかにみすぼらしい食事を再開する。


「何で受けたんだ?」


 俺は小声で質問した。負傷者が出ている事件を勝負のネタに使うなど、純架の性格からいって意外だったからだ。


 純架はマイケルよろしく、無言でゼロ・グラヴィティを一分間踊った。


 あれって補助器具なしでできるの?


「突き落とし魔がもうこれ以上被害者を作り出さない、という保証がない以上、彼か彼女かは知らないけど、急いで尻尾を押さえなきゃならない。今後新たな犠牲者を出さないためにも、捜査を急ぐ口実はあるに越したことはないんだ。僕が負けて、三宮君が犯人を見つけ出したとしても、僕は一向構わない。その結果、彼から何を要求されるか分からないけどね」


 純架は理路整然と語った。俺は一番ありそうな可能性を指摘してやる。


「三宮のことだから、『探偵同好会』の解散を突きつけてくるかもしれないな」


 純架は真っ青になり俺の袖に取りすがった。英二と俺を交互に激しく見やる。


「まさか! そんなことないよね? 冗談じゃないよ!」


 周章狼狽(しゅうしょうろうばい)の極みに達する純架だった。あほか、こいつ。




 その後、俺たちはまだ時間があったので音楽準備室を訪ねた。畑中先生が一人寂しく昼食を摂っている。こちらの訪問に少し申し訳なさそうな苦笑を浮かべた。


 純架が早速用件を切り出す。英二との勝負が決まった以上、捜査を先へと進めなければならない。


「先生、その足の怪我の件ですが……。朝会で前谷校長がおっしゃってましたね。やはり事故の結果ではなかったんですね」


「ごめんなさいね、二人とも。嘘をついていて……」


 相変わらず痛々しいギブス姿だ。率直に詫びると、苦しそうに言い訳を展開する。


「誰かに突き落とされたことは背中の感触で分かったんだけど、他の先生方から『明るみに出すな』みたいなことを言われて……」


「まあ、学校側の対処はそんなものでしょうね」


 今回、3人目が出て公表に踏み切らざるを得なかったんだろう。畑中先生が心配する生徒を(だま)す必要もなくなったというわけだ。


 純架は半歩にじり寄った。


「犯人の特徴などは覚えていませんか?」


 畑中先生は残念そうに首を振った。


「ごめんなさい、足が痛くて仰ぎ見る余裕はなかったわ。役に立てなくて悪いけど」


「そうですか……」


 純架は落胆を隠さなかった。ポケットからハーモニカを取り出し、口に当てる。


「今の僕の気持ちを音にします。聴いてください、タイトルは『新事実なし』」


「いえ、結構よ」


 俺は賢明な畑中先生に手を振りつつ、異音を奏でる純架の首根っこを掴まえて、その場を後にした。

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