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学園ミステリ〜桐木純架  作者: よなぷー
桐木純架、登場す
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0027生徒連続突き落とし事件05☆

「父さんが会社なのが残念だが、これが我が桐木家一家さ。素晴らしいだろう?」


 どこがだよ。


 俺はベッドから下りると、純架同様座り込み、コーラを飲んだ。炭酸の泡が口内で弾けて心地よい。


「まあ、素晴らしいかどうかはともかく、(にぎ)やかなのはいいことだ。俺ん所は離婚決定だからな」


「そうなのかい。お気の毒に……」


「お前も気をつけとけよ、純架」


 俺は柿の種を鷲掴み、少々行儀悪く頬張った。


「平穏な日常ってのはいきなり崩れたりするもんだ。自分たちで台無しにするか、誰かに壊されるか、どっちかでな。俺たちの場合は前者だったけどな……」


 純架は重々しくうなずいた。その口から大量のトランプが吐き出される。


 マジシャンかよ。


「そうだね、気をつけるよ」


 それから話題は他愛ないものに移っていった。


 結局俺は純架と二時間ほど馬鹿話をした後、長居を謝して隣の我が家へ帰った。純架の親父さんとは会えないままだった。




 俺は親父とお袋の二択に苦しんでいた。いい加減、どちらについていくか決めなくてはならない。


 俺を今まで食わせてくれたのは親父だ。俺を今まで育ててくれたのはお袋だ。どちらも苦難の道のりを経て今日に至っている。そのどちらを選べばいいんだ? 悩みは果てしなかった。


 一番いいのは二人が離婚をやめてくれることだ。元鞘(もとざや)に納まって、またいつもどおりの日常を送ってくれるのが何より最良なのだ。だがその可能性はもはやゼロと言って差し支えない。日常生活での小さな齟齬(そご)(ちり)の山のように積み重なり、やがて小揺るぎもしない化石と化した。それを今更破壊して元に戻すことは、もはや不可能なのだ。


 もし俺が両親の幸せを願うなら、離婚を叶えさせてやるより他にない。それが厳しすぎる現実だった。


「安心しろ、楼路。お前に苦労はさせない。母さんについていくなら、その分の養育費はきちんと工面する。お前は単純な判断で自由に決めてくれて構わないんだ。俺や母さんに遠慮することはないんだぞ」


 親父は普段通りにサラダを挟んだパンを食べながらそう言った。見慣れた朝食風景が貴重に思える。俺はインスタントのコーンスープをすすった。


「どっちがこの家を出て行くんだ?」


 お袋がテーブルの上に焼きたてのウインナーの皿を載せる。いい香りが食欲をかき立てた。


「お父さんよ。この家は私が引き継ぐことになってるの」


 俺はフォークをつまみ、湯気を立ち上らせているウインナーを突き刺して口に運ぶ。美味い。


「親父はどこに行くつもりだ?」


「東京だ」


 俺は戦慄を覚えた。あの大都会で暮らすのか?


「ちょっと魅力的だろ、楼路」


 兄貴はくすりと笑った。兄貴は高卒でバイトしている。転居はたやすいだろう。


 東京か。東京ねえ。俺は巨大なビルが林立して、陽光を浴びて長い影を作る、そんな幼稚な光景を想像した。コンクリートジャングルなどという死語さえ頭に浮かぶ。


 東京か。行きたいな……




「ただいま、です」


 (ほが)らかに挨拶したのは、検査の結果も問題なく、渋山台病院を無事退院した辰野日向だった。


「もう大丈夫なの、日向ちゃん」


 朝の喧騒の中、3組にわざわざ来てくれた日向に、奈緒が気遣わしげに応じる。日向は頭の包帯はそのままに、(あざ)の出来た腕や足を特に支障もなく見せてくれた。


「はい、この通り、もうばっちりです! ちょっと残った(あと)もすぐ消えるでしょう。ご心配をおかけしました」


 眼鏡は転落の際に割れていて、今は黒縁ではなく金縁だった。デジタルカメラの方は頑丈だったのか、いつも通りの機種を首から紐で提げている。


「辰野さんの仇はきっと討つよ」


 純架は改めて自分に誓うように宣言した。だが今回の件は犯人の手がかりがまるでない。不埒(ふらち)な悪漢に相応の報いをくれてやるには点しかなく、繋ぐ線は描けそうになかった。


「可愛いとか言うな!」


 急に苛立たしげな声が後尾で発生した。数人の女子と話していた三宮英二が、相手の物言いを一刀両断したらしい。


「俺は男だぞ! 男に言うべきは『可愛い』ではなく『格好いい』だ!」


 怒号を浴びた女子はすっかり引いてしまい、怖がって離れていった。どうやら英二は自身の特性を認めたくないようだった。俺だったら、たとえ『可愛い』でも、好いてくれたらめっけものだと思うのだが。


 菅野結城の方は相変わらず英二の影に寄り添い、何くれとなく世話をしているようだ。彼女は激昂するご主人様をなだめた。


「英二様、彼女は好意でおっしゃっただけですわ。そう怒らず」


「……分かっている。ただ他人に対して尊敬の念を抱かず接触してくる連中がうざいだけだ。これだから女という奴は……」


 残った女子が改めて話題を振り直す。


 俺は「英二が犯人ではないか」との純架の言葉を脳裏でもてあそんだ。階段から転落した二人は揃って女だ。英二犯人説がより一層具体性を帯びてきたように思える。動機は「女は自分に対し尊敬の念を抱かないから」だ――


 俺は首を振った。誤断でないとは言い切れない。自分が純架を(さと)したように、証拠はまるでないのだ。




 その放課後。俺と純架、奈緒の三人は、欠席明けの日向が3組に到着すると、早速『探偵同好会』ミーティングを開始した。日向が突き落とされた日に話すつもりだった議題を、改めて俎上(そじょう)に載せる。


「三宮さんを同好会に迎え入れる?」


 日向は驚いて目を丸くした。奈緒も負けず劣らず仰天している。


「あの生意気なちびっ子を?」


 おいおい、英二がこの場にいたら殴られるだけじゃ済まないぞ。提案にびっくりする女子二人に、純架が説得を開始した。


「飯田さん、辰野さん、話は簡単なんだ。辰野さん手製の新聞記事や、飯田さん謹製(きんせい)の第2のチラシをもってしても、未だ新入会員は現れない。現れないままもう6月が来ようとしている。これは由々しき事態だね」


 奈緒は難しい顔だ。日向は熱心に聴いている。自分たちの宣伝活動が上手くいっていないことを指摘されたのだから、耳に(こころよ)いはずもない。まあ、『探偵同好会』会長の変人ぶりが一番まずい点だとは、この場では言い出せないかもしれなかったが。


「それで三宮君だ。彼はこの学校に来てから部活動にも加入せず帰宅部を貫いている。どうも先輩方の支配下にその身を置きたくないらしい。それはともかく、彼は自由な身なんだ。『探偵同好会』に加わってくれそうな人物として、これ以上はないように思える」


 純架は女子二人を見渡した。場の雰囲気を(やわ)らげるように微笑する。金色の陽光が彼の秀麗な顔に照射して、優れた芸術作品のような色調を加えていた。


「そして、これは楼路君と確認したんだけど、彼はなかなか筋がいいようなんだ。謎を追及する姿勢というのかな、そういったものが備わっているように感じてね。どうだろう、三宮君に誘いをかけるというのは。もちろん断られるかもしれないんだけど」


 俺は胸中複雑だった。英二犯人説の提唱者である純架は、もうその辺はすっかりうっちゃって、純粋に英二を『探偵同好会』に引き入れようとしている。どういうことだろう?


 俺の顔色から心中を読み取ったように純架が解明した。


「何、楼路君、三宮君を監視する意味もあるんだよ」


 俺は合点(がてん)がいった。なるほど、そういうことか。もう二度と女子突き落としをさせないための重石(おもし)として、今回純架は『探偵同好会』に英二を抱き込もうとしているのだ――彼が真犯人だった場合を考慮して。


 奈緒は困惑の生ける絵画と化した。


「三宮君を巻き込む、ねえ。私は反対かな。部活動設立のために新入会員は欲しいけど、そうだなあ……今の4人体制が一番しっくりくると思うし。日向ちゃんはどう?」


 日向は肩をすくめた。


「私は三宮さんをあまり存じ上げせんが、それでも悪評は耳に届いています。やたら他人に突っかかる癖があるとかで……。私としては正直、桐木さんにお任せしたいところです」


 純架は突如「ミサイル防御!」と叫び、両手で頭を抱えて椅子の脇にうずくまった。俺も奈緒も日向も白けた目を向ける。やがて純架は「危ないところだった」と大粒の汗を掻きながら椅子に戻った。


 ミサイルなんて飛来してないし、もしここに命中したら頭を抱えたまま吹っ飛ぶだけだ。


 純架は黒地に赤字で『天下統一』と書かれた、いちいち趣味の悪いハンカチで汗を拭った。


「じゃあこの問題は僕に一任ということでいいね? なら今日の重要案件はこれでおしまいだよ。それじゃ帰ろうか、みんな」


 奈緒が身を起こす。両手を天井に突き上げて背筋を伸ばした。コキコキと首を左右に鳴らす。


「そうね、帰ろっか。どっか寄ってく?」


 俺たちはそれぞれ鞄を手に立ち上がった。俺は日頃の練習の成果を見せ付けたくて、何気なさそうに提案する。


「そうだなあ……。カラオケでパーッといくってのはどう?」


 と、そのときだった。


 絹を裂くような悲鳴が鼓膜を震わせ、次いで硬い物が衝突するような音が轟いてきたのは。


「何だ?」


 俺たちは金縛りに遭ったように立ちすくんだ。一人純架だけが、鞄を放り出して教室から駆け出していく。


「行きましょう!」


 日向の声に呪縛を解かれ、俺たちも走り出した。1年3組を後にし、純架の背中を追う。純架は階段から二段抜かしで下りていった。俺たちは懸命に続く。


 そして2階と1階の狭間にある中間踊り場が見えたとき、俺たちは愕然となった。黒髪でツインテールの女生徒が、膝を押さえて横倒しになっていたのだ。その顔は激痛に苦悶して歪んでいた。先に着いた純架が険しい表情で介抱している。息を切らした様子もなく、俺たちを見ると請願した。


「大至急先生を!」


 俺はうなずいて職員室へ向かった。現場の状況からいって、女生徒が階段を転落したのに間違いない。これで畑中先生、日向に続いて三人目だ。一週間に三人。こんな異常は人的被害としか考えられない。つまり、この学校にはやはり、突き落とし魔が存在するということだ。

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