表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
学園ミステリ〜桐木純架  作者: よなぷー
桐木純架、登場す
26/156

0026生徒連続突き落とし事件04☆

「どこのどいつが撃ってきたんだ?」


 俺は左右を見渡した。不審者はいない。ふと気配を感じ、斜め上を見上げた。桐木邸の2階の窓からライフルを構えた人物が身を乗り出している。ゴーグルと迷彩服を着け、まるで戦場の一兵卒だった。衣服の上からでも分かるしなやかな肢体、膨らんだ胸からして女性なのだろう。


 彼女は俺に姿を見られると、危険を察知したのか、急いで屋内に引っ込んでしまった。どうやら純架と俺に立て続けにBB弾を当てたのは彼女らしかった。


「誰、あれ」


 純架はこともなげに言った。


「僕の母さんだよ」


「あれが?」


「そうさ。彼女はサバイバルゲーム、通称サバゲーのかつての大会覇者なんだ」


「大会覇者?」


「うん。今は大会自体やってないから、母さんは暇を持て余しているんだよ」


 純架は鍵を取り出しドアを開錠した。俺は肩口を押さえる。普通、どこの誰だか分からない――まあ制服姿で同級生とは勘付いただろうが――高校生に、エアガンを撃つだろうか。息子ともども……


「さ、入って」


 俺は納得いかないまま、純架に続いて彼の邸宅へ乗り込んだ。すぐに度肝を抜かれる。


「何じゃこりゃ」


 俺は一面に広がる光景に驚愕した。割と広めの玄関には大量の、色取り取りのサンダルが所狭しと置かれていたのだ。ベーシックな茶色もあれば、女子向けのピンクもある。いくつかのそれには、まるで白旗のように、白い紙がピンで留められていた。


「これは父さんの趣味だよ。父さんはサンダルが好きでね。論文を書いて発表したことも一再じゃないんだ。あまりにサンダルを研究した結果、今ではサンダルを見ただけで、無条件で勃起(ぼっき)できると語っていたよ」


 そんな性癖などどうでもいい。


「白い紙は特にお気に入りのものに付けているんだ。大昔、僕が白い紙を勝手に付け替えて遊んでいたら、無言で当て身をされて気を失ったこともあるんだよ。だから楼路君、触れないよう気をつけてね」


 どんな家族だ。


「上がりたまえ。僕の部屋へ案内しよう」


 俺は靴を脱ぐと、サンダルを踏まないよう気をつけて跳躍(ちょうやく)した。純架は2階への階段を上っていく。俺は後に続いた。さっきのお袋さんはどこへ行ったのだろう? 姿が見えない。


「あちょーっ!」


 階段を踏破した途端、奇声と共に謎の人物が純架に飛び掛ってきた。黒い胴着に黒いシャツ、黒帯、黒いフルフェイスのヘルメットを着けており、その迅速(じんそく)な動作は漆黒(しっこく)の電撃のようだ。


「あちゃーっ!」


 純架も奇声を張って立ち向かう。黒ずくめの跳び蹴りをしゃがんでやり過ごすと、立ち上がるのときびすを返すのと裏拳を放つのとを同時にこなした。しかし黒ずくめはその一撃を屈んでかわすと、腰を溜めつつ正拳突きを繰り出してきた。純架はその剛拳をはたいて軌道をずらし、懐に侵入する。足を引っ掛けて体勢を崩し、潰すように押し倒した。


 馬乗りになった純架は拳骨を掲げ、奇襲してきた相手を威嚇(いかく)する。


「ま、参ったよ、お兄ちゃん」


 どうやら女らしいその声を発し、襲撃者は降参した。純架は立ち上がって離れる。


「まだまだ甘いね、(あい)君」


「また負けちゃった」


 愛はヘルメットを脱いで一息ついた。俺は瞠目(どうもく)した。幼い彼女は兄とよく似た美少女だったのだ。丸い瞳は黒目がちで、お茶目な鼻、ませた唇にまだあどけなさが残る。髪は黒いセミロングで、手足は細く胸もない。


「……ん?」


 そこにいるのにようやく気がついた、とばかり、愛の視線が俺の面上を撫で回す。彼女は両手を組み合わせ、うっとりとした声音で言った。


「素敵……!」


 愛が俺を賛嘆した。俺は彼女の目に真剣な恋情(れんじょう)の発露を見出し、ややうろたえる。愛が自分の服装の乱れを手早く直しつつ、俺に色目を使った。


「ねえ、小生(しょうせい)は桐木愛。あなたは何て名前なの? 教えてくださる?」


「俺は朱雀楼路。純架の仲間だよ」


「ろうじ、ろうじ! 素敵な名前ね!」


 愛は無邪気にはしゃいでいる。その天真爛漫(てんしんらんまん)ぶりについていけず、俺は彼女に尋ねた。


「それにしても、今の騒ぎは何だったんだ? それにその姿。空手でもやってるのか?」


 愛は顔を紅潮させた。両頬に手を添えて夢見るように返してくる。


「小生は自分で編み出した拳法『戦塵拳(せんじんけん)』の初代マスターなの。お兄ちゃんに練習相手を頼んだら『いつでもかかってきたまえ』と了承されたんで、文字通りいつでも挑んできたわ。食事時でも就寝時でもね。でも400戦して未だに大きく負け越してるの」


「そのヘルメットは?」


「怪我して小生の顔に傷跡がついたら大変だっていうんで、お兄ちゃんから被るよう命じられてるの」


 俺は肩が重くなった。どんな兄妹だよ。どうも理解できそうにない。


 純架が愛に勝者としてきびきびと命じた。


「じゃ、今回の『負けた罰』はお茶くみだよ、愛君」


「はぁい。ねえ楼路さん、何がいい? コーラ? それともコーラ? あるいはコーラ?」


 選択させるようでいて一択である。俺は自前の拳法やお茶くみの下手さはともかく、純粋で可愛い彼女に笑顔を向けられて、さすがに目を細めた。


「じゃコーラで」


「分っかりました!」


 愛は鼻歌を歌いながら上機嫌で階下へ下りていった。その足音が遠ざかったとき、俺は背中に痛みを感じた。


「何だ?」


 背後を振り向けば、純架のお袋が扉の陰からこちらに小型エアガンを向けていた。どうやらBB弾を当てられたらしい。彼女はゴーグルとマスクで顔を包み、その顔貌は一切分からなかった。しかし金髪でうら若いことは、その細身の姿からある程度推測できる。純架が俺をたしなめた。


「駄目だよ、『ヒット』って言わなきゃ。BB弾が当たったんだからさ。ゾンビじゃないんだから」


 なんで俺が怒られるの?


「はいはい、ヒットヒット」


 純架のお袋は満足そうにうなずくと、サムアップして扉の向こうに消えた。俺は疲労困憊(ひろうこんぱい)だった。


「それにしても若いな、お前のお袋さん。何歳だ?」


「今年34だよ」


 俺はひっくり返りそうになった。


「おいおい、18歳でお前を産んだのかよ!」


「そうだよ。ちなみに父さんは当時23歳だった。若くして結ばれたんだね」


 サンダル好きの父、サバゲー達者な母、奇声を上げて襲ってくる妹。そして奇行愛好家の純架。まともな人間が一人もいない。


「さ、色々手間は食ったが、僕の部屋に入ってくれたまえ、楼路君」


 ドアには『猪木対アリ』と書かれた名札がかけられている。なんで『純架』じゃないんだ?


 俺はそこが地雷原(じらいげん)であるかのように、恐る恐る中に足を踏み入れた。とはいえ純架も一高校生、きっとまともな部屋に違いない……


「これは……!」


 かつて純架が宣言していたように、新聞部発行『渋山台高校生徒新聞』5月号、『探偵同好会』の特集記事の拡大コピーが、天井といわず壁といわず、至る所に張りまわされていた。本当にやってたのか。


「どうだい、素晴らしい眺めだろう? 癒し効果があるよね」


 まあ、自分の部屋をどうデザインしようが、それは本人の勝手ではあるが……。本当に嬉しかったんだな、あの記事が。


 とりあえずコピーの氾濫(はんらん)を除けば、純架の部屋はいたって質素だった。というより質素過ぎた。茶色い学習机とパイプが剥き出しのベッド。『魁! 男塾』や『ゴルゴ13』といった渋い漫画の詰まった本棚。小さな、幾何学模様の描かれたゴミ箱。衣服のかけられたクローゼット。スマホの充電器。以上だ。


「何だよ、ゲーム機ねえのかよ」


「テレビがないからね」


 本当だ。テレビがない。こいつは何を情報源として生きているんだ?


(いろど)りがないな」


 俺はベッドに腰掛け、そのバネのなさに呆れた。安物だ。


「こんな囚人か修道僧の住処(すみか)みたいな部屋で、よく我慢できるよな」


「とりあえずエアコンはあるからね。過ごす上で快適なら、僕はいくらでも退屈の相手が出来るんだよ」


 そこでドアがノックされた。愛の浮き浮きとした声が扉の向こうで弾む。


「お兄ちゃん、コーラ持ってきたよ」


「入りたまえ」


 グレーのノースリーブでチェックのスカートを穿()いた彼女が、コップの載った盆を大事そうに抱えて入室してきた。さっきの胴着姿から一転、女の子らしい装いだ。


「はい、楼路さん、コーラとおつまみよ」


「ありがとうな」


 愛は頬を染めてトレイを置くと、その場に正座して動こうとしない。俺を見つめてそわそわと落ち着きなく微笑んでいる。純架が眉をひそめた。


「こら愛君。退出しなさい」


 愛は()ねたように口を尖らせた。


「だって、楼路さんとお話したいもの。ねえ楼路さん?」


 俺に向ける目は一種異様な期待の光をもって迫ってくる。俺は受け止める気も自信もなく目をそらした。


「ごめん、俺たちは大事な話があるから」


 もちろん嘘であるが、この際卑怯だとは思わなかった。愛はがっくりうなだれた。


「分かりました。……楼路さん、またね」


 肩を落として部屋を出て行く。可憐(かれん)なその後ろ姿がドアの向こうに消えると、コーラの炭酸が泡立つ音がやけに耳についた。


 純架は灰色のカーペットに胡坐(あぐら)をかき、深皿に載せられたピーナツをつまんで口の中に放り込む。小気味いい破砕音が漏れ聞こえた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ