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学園ミステリ〜桐木純架  作者: よなぷー
桐木純架、登場す
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0025生徒連続突き落とし事件03☆

 その後、俺たちは職員室で先生方から軽く状況を聞きだした。


 ついさっき、日向は日直としてゴミ袋を捨てに2階から1階への階段を降りようとした。そこで背後から何者かに強く背中を押され、気がついたときには真っ逆さまに転げ落ちていたという。その1分後、現場を通りかかったのはなんと三宮英二と菅野結城。職員室で転校の後処理を終えたところだったようだ。英二は肩を押さえて苦痛にうめく日向を介抱し、結城は先生に連絡して病院へ連れて行くよう要請したという。犯人は誰の目にも留まらなかったらしい。


「まさに一瞬の出来事だったようだな」


 1年1組担任の青柳龍(あおやぎ・りゅう)先生は、そう話を締めた。日向は親戚筋でもある北上孝治(きたがみ・こうじ)先生の車で急きょ渋山台病院に向かったそうだ。英二と結城はもう帰宅したという。


 俺たちは渋山台病院が近場にあることもあって、日向をお見舞いにそこを目指した。まだ周囲は明るい。バスに揺られながら、俺たちは不安という魔物と闘っていた。


「重傷じゃないよね?」


 奈緒は半べそをかいて俺の袖をつまんでいる。俺は彼女を励ますべく思ってもいないことを言った。


「肩を押さえていたって話だけど……。でもきっと大丈夫さ。とりあえず命に別状はないんだし」


 純架は親指の爪を噛んでいる。悔しそうな、腹立たしそうな様子だった。


「よくも僕ら『探偵同好会』の会員を……! 許せないよ。犯人を必ず見つけ出してやる」


 渋山台病院は四階建ての白亜の巨塔だった。広大な駐車スペース、2店の薬局、コンビニが併設されている。看護師や車椅子の女性、年配の患者などとすれ違いつつ、俺たちは受け付けで生徒手帳を見せ、書類を書いて通してもらった。


 日向に割り当てられているのは2階の8号室だった。俺たちはそれぞれの心に暗雲を広げ、ドアをノックした。


「どうぞ」


 意外なことに、それは平静の日向の声そのものだった。奈緒がドアを開ける。衝立(ついたて)の向こう側へ進むと、ベッドで上半身を起こしている日向がいた。


「皆さん、お見舞いに来てくださったんですね!」


 頭と腕に包帯を巻いた白い病衣姿で、日向はこちらへ微笑を向けている。ガラス戸の奥に夕暮れ迫る渋山台市の町並みが広がっていて、背景としてよく似合っていた。


「日向ちゃん!」


 奈緒が声を震わせた。しかしさすがに抱きつくことは遠慮して、日向の元に駆け寄る。相手の全身を隅々まで眺めた。


「怪我は? 大丈夫なの?」


「はい。おかげさまで」


 奈緒はその場にひざまずいた――と思ったら、もうむせび泣いていた。もちろん嬉し泣きである。


「良かった……本当に良かった……」


 俺は心中を占めていた暗澹(あんたん)たる闇が、いっぺんに吹き散らされる様を眺めた。純架もさすがにほっとしたらしい。安堵の声音で穏やかに質問する。


「肩はどうだい? 痛むかい?」


 日向はほら、とばかりに肩を回してみせる。その動作はしなやかで(よど)みなかった。


「この通り大丈夫です。一応痛み止めをもらったので、今は少しうずくだけです。とりあえず骨は折れていないし、頭の方も大事ないらしいので――安心してください。検査の結果次第ですが、数日で学校に戻ります」


 俺は不安が雲散霧消(うんさんむしょう)すると、次はむかっ腹が立つのを我慢できない。なぜ日向がこんな目に遭わなきゃならないんだ。


「突き落とし魔は見なかったんだっけ?」


「はい、面目(めんぼく)ありません。私を発見して介抱してくれた二人も見なかったようで……。まんまとやられてしまいました」


「辰野さんのせいじゃないさ」


 純架は何やら思案でもあるのか、急に押し黙って壁を見つめていた。俺は彼の肩を揺さぶる。はっとしてこちらを見やった。


「何だい、楼路君」


「何か考え事か?」


 純架は白々しく首を振り、言葉を濁す。彼の自信なさげな顔は常になかったものだ。


「何でもないよ。……とにかく辰野さんが無事で良かったよ」




 その帰り、俺と純架は肩を並べて自宅を指して歩いていた。空は濃紫色(のうししょく)に染まりつつあり、今日も太陽と月が主役を交代する。星々が自己主張を行ない、また新たな一夜を開始しつつあった。


 バスに乗っても電車から降りても、純架は押し黙ったままで、自分の思索(しさく)にふけっている。こういうときは喋りかけない方がいいことは、今までの経験でよく分かっていた。やがて俺たちは、並んで建つ自宅を視界に捉える。星々がまたたき始めていた。


 そこで彼はようやく口を開いた。禁忌の呪文でも唱えるような、臆病な口調だ。


「楼路君、聞いてくれないか? 僕自身も馬鹿げた考えだと思っているんだけど……」


 気弱な声だった。俺は続きをうながす。


「言ってみろよ」


「恐らく突き落とし魔の第一の被害者であろう畑中先生には、また明日聞き込みする気だけど、これで突き落としは2件目となった」


「ああ、そうだな。まだ確定はしてないけど。それで?」


「突き落としが始まったのは、うちのクラスに三宮君が来てからだ」


 俺は一瞬思考の死角にさ迷いこんだ後、驚愕を押し殺そうとして失敗した。返事をしようとして喉に絡み、咳払いしてやり直す。


「おい純架、まさか三宮が犯人だとでもいうのか?」


「声が大きいよ、楼路君」


 純架は俺と一緒に街路灯の下で立ち尽くしながら続けた。


「2件目である今回の被害者の辰野さんを発見し、介抱したのが、三宮君と菅野さんだった。これは出来すぎだと思わないかい?」


 俺はうなった。そうせざるを得ない。つまり英二は自分で日向を突き飛ばしておいて、何食わぬ顔で現場に戻ってきたということか?


 あの小さな暴君が、そんな、まさか……


「飛躍し過ぎだろ。だいたいあいつが犯人なら、自分が危害を加えた相手である畑中先生にあんな質問するか?」


「僕らの目をあざむくためとも考えられる」


「いいや、俺はその考えには反対だ。第一証拠がないしな」


 純架はむしろ晴れ晴れと賛成した。どうやら肯定ではなく否定を求めていたらしい。


「うん、そうだね。今のはなかったことにしてくれたまえ、楼路君」


 額に『肉』の字を貼り付けたまま、純架は微笑んだ。


 早く消せ。




 翌日昼、俺と純架、奈緒は音楽準備室を訪問していた。畑中先生に階段転落の真相をうかがうためだ。しかし畑中先生は強情だった。


「真相も何も、私は滑って転んだだけだから」


 (がん)として聞き入れない。奈緒は激しく訴えた。


「嘘をつかないでください、先生。日向ちゃんが突き落とされた事件と関連がないと考える方が不自然です。誰かに突き落とされたんでしょう? 正直に述べてください」


 畑中先生の瞳が逡巡(しゅんじゅん)に揺れたが、口をついて出たのは重ね重ねの否定だった。


「ごめんなさい。もうこれ以上話すことはないわ。私、昼食を()らなきゃいけないから」


 暗に退出を求める。純架が奈緒の肩を軽く叩いた。


「引き下がろう、飯田さん。楼路君も。お邪魔しました、先生」




 1年3組では英二が結城と共に弁当を使っていた。三段重ねの重箱で、色取り取りできらびやかな料理が美しく盛り付けられている。ずいぶん豪勢な昼食もあったもんだと思いつつ、昨日の純架の意見が脳裏をよぎり、俺は自然、英二を睨みつけるような格好となった。否定はしたものの、やはり英二が犯人なのだろうか。その蓋然性はどれぐらいの高さだ?


 英二が何気なく顔を上げ、俺と視線を交錯させた。途端にその表情が険しくなる。


「何だ、お前。俺に何か用か?」


 俺は返事せずそっぽを向き、自分の席に座った。犯人かどうかはともかくむかつく奴だ。さっき買ってきたパンを机の上に広げると、俺は早速紙パックの牛乳にストローを刺した。純架は俺の机に寄ると弁当の包みを開く。奈緒は女友達と和気藹々(わきあいあい)と会食していた。それを横目に、俺たちは昼食を開始する。


 パンであり麺類でもある、高貴かつ崇高(すうこう)な食べ物――焼きそばパンにかぶりつきながら、俺は純架に喋りかけた。


「その弁当はお前のお袋さんが作ってるんだろ?」


「うん、そうだよ」


「……そういえば俺って純架の家に行ったことないよな。その逆ばっかりだ」


「君がしょっちゅう誘うからじゃないか。何といっても楼路君はテレビゲーム好きだからね。僕に新作を遊ばせよう、遊ばせようとするし」


 純架はスプーンでピラフを口に運んだ。ちょっと分けてほしいぐらい美味そうだ。


「まあ僕の家なんて大したことはないよ。極々普通の家庭さ」


 奇行癖の強い純架が言う「普通の家庭」とはどんなものだろう? 俺は興味をそそられた。


「なあ、今日行ってもいいか?」


「構わないよ。ただし入場料金とアトラクション料金は別だからね」


 テーマパークかよ。


 こうして俺は、初めて純架の家に足を踏み入れることとなった。




 夕方、俺は少し緊張して帰宅の途についた。純架は別に何でもなさそうに、程よい湿気に満ちた街道を気安げに歩いている。やがて俺と純架のそれぞれの家が見えてきた。


「じゃ、来たまえ」


 純架の後に続き、彼の邸宅――二階建ての一軒家だ――へ向かう。桐木家が入居する前から、ここは俺んちのお隣さんだった。築20年ぐらいのまだまだ快適に住めるであろう物件である。


 純架はポストから夕刊といくつかのチラシをまとめて抜き取ると、それを小脇に抱えてドアに向かった。


 そのとき、純架が突然「ヒット!」と叫んだ。何だ?


「痛っ」


 俺は自分の肩口に何か小さいつぶてのような物がぶつかってきたのに気づいた。地面に転がるそれは、黄土色のBB弾だ。目を丸くする俺に、純架が語りかけてくる。


「安心して、楼路君。それはバイオBB弾で、数年で土に還る生成分解プラスチックでできているから。環境は保全されるよ」


 いや、そこは今どうでもいいだろ。


「痛いんだけど……」


「0.6ミリで0.25グラムのものだからね。そら楼路君、当たったなら『ヒット』と言わなきゃ駄目だよ」


 意味が分からない。

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