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学園ミステリ〜桐木純架  作者: よなぷー
桐木純架、登場す
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0024生徒連続突き落とし事件02☆

 数秒経って、久川は諦めた。英二に対し、両手を拝むように合わせる。


「ごめんな、三宮」


「分かればいいんだ」


 英二は最後にきつく久川を睨みつけると、クラス中によく響き渡る声で宣言した。子供のような高音だが、恫喝(どうかつ)としての形容は整っている。


「いいか、俺が小さいからって馬鹿にするなよ。俺は価値ある人間なんだ。そのことを常に念頭に置け。理解したか?」


 小さな暴君は沈黙を了解と取ったか、自分の席に戻った。もちろん結城が椅子を引く。俺は純架に匹敵する変人・三宮英二の鮮烈な登場に、これから先が思いやられた。




 月曜日、俺と純架は音楽の授業を受けに音楽室へ移動を開始した。その途中、気になって掲示板を見やる。そこには『探偵同好会』の新しい勧誘チラシが貼り付けられていた。


『謎を解くのはあなた・「探偵同好会」は会員を募集中!』との宣伝文句で、これは奈緒と日向が才能を発揮してのものだった。純架がシャーロック・ホームズよろしく鹿撃帽にインバネス・コートを羽織り、パイプを咥えた横顔が映し出されている。もちろんイラストだ。奈緒が徹夜して描き上げた渾身の一作だった。


 しかし、未だ新入会員の獲得には至っていない……


 音楽室に到着し、しばし先生を待つ。ショパンの肖像画は元通りに後ろで存在感を主張していた。純架は懐かしそうに眺めた。


「もうあれから1ヶ月経つんだね。『血の涙事件』が僕らの最初に手がけたものだった……」


 教室のドアが開いた。現れたのは左足にギブスを巻き、松葉杖をつく、弱々しい畑中祥子先生の姿だった。


「先生?」


 生徒たちが吃驚(きっきょう)して一斉に目線を固定する。その(しの)突く雨の中、先生は痛々しい姿をさらけ出し、俺らに一礼した。


「ごめんなさい。ちょっと足を骨折してしまったもので……」


 取り繕うような笑顔を見せた。しかし元気のなさは三歳児でも理解できるであろう酷さだ。


「授業には支障ないから。始めますよ、日直の方」


 そうして不審が横断する中、音楽の授業は行なわれた。先生は座ってピアノを弾くため、確かに支障はない――ペダルは踏みにくそうだったが。それにしても、一体いつどこで、どうして骨折してしまったものだろう? 嫌いな先生ではないだけにいっそ不憫(ふびん)だった。


 授業が終わると生徒たちはぞろぞろと教室から出て行った。その真っ只中で、英二がチョコチョコと畑中先生に近づく。鍵盤(けんばん)の蓋を閉めて椅子から離れようとしている彼女に、まずは挨拶した。


「初めまして、畑中先生。先週転校してきた三宮英二です」


 音楽教師は屈託(くったく)ない笑顔を向けた。


「話は聞いてるわ。これからよろしくね、三宮君」


「それで誰にやられたんですか、その骨折」


 俺と純架は立ち止まり、英二へと視線を移した。畑中先生が凝固している。


「なんで誰かにやられた、だなんて言うの?」


 英二は簡潔に説いた。丁寧な口調は目上のものに対する礼儀に(かな)ったものだ。


「さっき貴女(あなた)は『ちょっと足を骨折した』とおっしゃいましたね。自分のせいで骨折したなら、人はその原因を口にするものです。『転んじゃって』とか『ぶつかって』とか。そうしなかったのは、誰かに足を折られたからだ……その程度のことです」


 畑中先生の顔に理解の色が広がった。うんうんとうなずく。


「ああ、そういうことね。私、先週学校の階段から転げ落ちたのよ。それで左足が折れちゃって」


「なるほど、階段から。誰かに突き落とされたとか?」


 畑中先生は時間の流れから取り残されたかのように、その笑みを硬直させた。


「ば、馬鹿なこと言わないでよ。そんなことあるわけないでしょう」


「即答できませんでしたね。やはり突き落とされたんですね。それは学校の関係者? それとも部外者?」


「いい加減にして!」


 畑中先生が語勢強く突き放した。余計な詮索(せんさく)をするな、と言外に示している。これには英二も口をつむった。


「先生は次の授業があるわ。君もそうでしょう、三宮君。早く教室に帰りなさい」


「……分かりました」


 英二はさして残念がる風でもなく、結城に勉強道具を持たせ、一緒に音楽教室を後にした。俺は顎を撫でて純架に尋ねる。


「今のどう思う、純架。なかなか面白い発想法じゃないか、三宮の奴。嫌な性格でなければ勧誘したいところだが……」


「止めはしないよ」


 純架は無関心にあくびをした。『探偵同好会』から『探偵部』への昇格に、必要なのはあと二人。純架としては一人でも新しい仲間が欲しいところのはずだが、何が彼を消極的にさせているのだろうか。


 純架はすぐにその回答を舌に乗せた。


「ああいう尋問調の問いかけは僕の得手とするところじゃないよ。だから彼が加入すれば欠けたピースが埋まろうというものだけど……。飯田さんや辰野さんはどうかな」


 なるほど。俺は曲がり角に消える英二と結城の背中を眺めていた。


「ああ、嫌がるかもな」


「まずは彼女らの意見を聞いた方がいいんじゃないかな」


 畑中先生が準備室に引っ込んだので、俺たちは話を聞くこともなく1年3組に戻った。




 その日の放課後、俺と純架、奈緒の3人は教室に居残って、『探偵同好会』ミーティングと称して無駄話を交わしていた。1組の日向が来るまで本題――三宮英二を誘うか否か――には入れない。話題はどうでもいいことばかりだった。


「飯田さんは結構この同好会を好いてくれているようだね」


 純架は手鏡を見ながら自分の額に筆ペンで『肉』と書いている。理由は不明だ。奈緒は点頭した。


「とりあえず桐木君も朱雀君も、『折れたチョーク事件』のこと、宮古先生にばらさないでいてくれたしね。それに私、この活動好きよ。普通じゃないもの」


 俺は紙パックの牛乳を吸い込む。まだまだ身長が欲しかったのだ。


「まあ、普通じゃないよな」


「とりあえず――」


 即席のキン肉マンと化した純架は、しかし物真似をするでもなく、いつもと変わらぬ喋り方で平然と割り込んだ。何だろう、かえってむかつく。


「今までの事件は運よく解決できてきたからね――皆の協力のおかげでね。ただ、この先も全ての謎が首尾(しゅび)よく解明されるとは限らないよ。時には捜査の努力実らず、なんてこともあるだろうさ。そのときのストレスを思うと僕はぞっとするよ」


 奈緒がにやついて純架の肩をつついた。


「またまた。桐木君に限って、解けないなんてことはないわ」


「さ、どうだろうね」


 俺も奈緒につんつんされたいなあと思いつつ、腕時計を見る。もうホームルームから30分以上経っていた。1年3組の教室にいるのは俺たちだけだ。


「遅いな辰野さん。今日は新聞部がないって言ってたのに。ちょっと見てくるか」


「私行ってくる」


 奈緒がひらりと身を起こした。雀が飛び立つように教室から出て行く。俺と純架はその後ろ姿を見送った。


「相変わらず元気だね、飯田さん」


 純架は頭と両腕を机に投げ出した。ふわりとカーテンが舞っている。


「僕は眠いよ……。昨日は一人ボードゲームのやり過ぎで遅くまで起きてたからね」


 寂しい奴。


「ちょっと居眠りといこうかな。二人が来たら起こしてくれたまえ、楼路君」


 そう口にすると、純架はまたたく間に寝息を立て始めた。そんなに眠たかったのか。


 教室は5月中旬の気候で軽く汗ばむほどだったが、窓から廊下へと抜ける風のおかげで不快感をそそられはしなかった。俺は立ち上がって窓際に歩を進めた。雨が止んだ窓の外では、各種部活動がグラウンドを占拠している。野球部やテニス部が声を出し、陸上部が棒高跳びにいそしむ。俺もあのどれかに入っていたら、また違った学生生活を送っていたのだろうか。


 俺は感傷に浸りながら振り向いた。俺の今を作り出した張本人・純架は、額に『肉』と書いたまま熟睡している。俺はふっと笑った。とりあえず俺は、今の『探偵同好会』の活動に満足している。それでいいじゃないか。


 そのときだった。


 教室に戻ってきた奈緒が、入り口で壁に手をつきながら呼吸を(あら)らげた。駆け戻ってきたらしい。


 純架は起きたらしく、寝惚(ねぼ)けまなこで頭をもたげ、俺と奈緒を交互に見た。


「どうしたんだい? 辰野さんは?」


「たっ、たっ……」


 奈緒は左胸を手で押さえ、必死に息を鎮めようとしている。唾を飲み込んでようやく口を開いた。


「大変よ! 日向ちゃんが、日向ちゃんが……」


 ただならぬ気配に、俺は容易ならざる事態が発生したことを悟った。心臓が早鐘を打つ。


「落ち着いて。辰野さんがどうしたんだ?」


 奈緒が(おもて)を上げると涙が宙に散らばった。彼女は泣いていたのだ。


「日向ちゃんが階段から突き落とされたの! さっき病院へ運ばれたわ!」


 俺は衝撃に佇立(ちょりつ)した。突き落とされた? 病院? 日向が……?


 純架が大声で叫んだ。


「おわーっ!」


 ここでキン肉マンの真似と来たか。

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