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学園ミステリ〜桐木純架  作者: よなぷー
桐木純架、登場す
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0021今朝の吸殻事件04☆

「漫画にゲーム……。おい朱雀、お前何しに学校に来てるんだ?」


 宮古先生が厳しく注意してくる。俺は恥じ入った。


「学校で貸し借りしているだけですよ。勉強の邪魔にはなってないからいいでしょう?」


 そのまま数分が経過した。


「ありませんね」


「どうやらないな」


 俺の私物も含めて入念に調査した結果、2人は俺を白と断定した。俺にとっては当然の結果だったが、安堵(あんど)の溜め息はどうしても出てしまう。


「最後は桐木だ」


 矢原が舌で唇を湿らせた。まるで丸3日間食事を()らなかった狼が、久々の新鮮な肉を前によだれを垂らしているかのようだ。


「どうぞ」


 純架は待っている間、教室の黒板に落書きをするようだ。「ぼくのかんがえたうちゅうだいせんそう」と書きなぐった時点で、大多数の生徒が矢原と宮古先生の調査に視線を向けた。


 矢原が純架の机から、両面開きの缶ペンケースやねり消し、『(さきがけ)! 男塾』の単行本、新鮮なアボカド、赤い闘魂タオルにAKB48のブロマイドと、色々訳の分からないものを取り出している。煙草もライターも出なかったようだ。しかしそれにしては矢原は落ち着いている。宮古先生に自信たっぷりに尋ねた。


「どうですか、宮古先生。桐木の鞄の中に煙草とライターがあったでしょう?」


 心地よい返事があることを期待してか、矢原は目を閉じうっとりと耳をそばだてた。何だ、こいつのこの確信は。


 だが宮古先生は首を振った。


「いや、何もないぞ」


 その瞬間、矢原は「ひぃえっ!」と、言語感覚に立ち向かうような異音を発した。


「な、何もない? ちょっと先生、それは本当ですか?」


 周章狼狽(しゅうしょうろうばい)の極み。今の矢原をたとえるならそれしかなかった。彼は宮古先生の肩を掴み、しどろもどろで尋ねた。


「そんな馬鹿な! 先生、ちゃんと探してくださいよ!」


「探してるぞ! 色々奇妙奇天烈(きてれつ)なものが入っているが、煙草とライターはどこにもない」


「僕が探します!」


 矢原は宮古先生から純架の鞄をひったくると、その中身をごそごそとかき回した。


「あるはずだ。あるはずなんだ。だって、確かに……!」


 純架が手についたチョークの粉をはたき落としている。


「『だって』、なんだい?」


 俺は純架を見た。背後の黒板には幼稚園児に筆を持たせたような、稚拙な「うちゅうだいせんそう」が描かれていた。ポットに羽をつけただけのいい加減なロケットが、「ゴゴゴ……!」との擬音と共に宙を飛んでいる。それを迎撃するために放たれた地上からのミサイルは、全部が側面に『ブルース・リー』とペイントされていた。アップで描写された宇宙の兵士みたいな人物は、何故か大げさな水滴の涙をこぼして「助けてWWF……」と無関係な哀願をしている。そしてその絵の中央には、『総監督・桐木純架』と、書くだけかえって恥ずかしい監督名が明朝体で記されていた。


 まあ、そんなものはどうでもいい。


 矢原は顔面蒼白だ。額は汗まみれになっている。クラス中の冷たい視線にさらされて、今矢原は「愚者」の烙印(らくいん)を背中に押されていた。


「済まなかったな、飯田、朱雀、桐木。もういいだろう、矢原」


 宮古先生はまだ鞄を調べ続ける矢原を引き()がした。矢原は茫然自失(ぼうぜんじしつ)(てい)で、すごすごと自分の席に戻る。奈緒が両手を腰に当て、教師に念押しした。


「宮古先生、これで私たちを無罪だと認めてくれますね?」


「ああ、もちろんだ」


 不愉快そうに黒板を消す。純架が自信作を葬り去られてしょんぼりとした。


 だが彼はすぐ気を取り直し、矢原を糾弾(きゅうだん)した。


「ところで矢原君。散々僕たちを疑った以上、当然君の机と鞄も調べられてしかるべきだよね。そうじゃないと不公平だ」


 この俺らからしたら当然の要求に、矢原は不機嫌を露わにした。


「僕が犯人のわけないだろ」


 純架はしつこく、一歩も引かなかった。


「人にあらぬ疑いをかけた以上、自分の潔白も証明するべきだよ。それとも怖いのかい?」


「しつこいな。分かったよ、じゃあ僕も見せるよ。煙草なんてあるわけもない……」


 矢原は自分の鞄を机の上に載せ、チャックを開けた。中身を取り出そうと手探りして、不意に彫像のように強張る。目を見開き、両手をわなわなと震わせた。急いでチャックを戻し、やや不細工な愛想笑いを浮かべる。


「や、やっぱりこんなのおかしいよな。1年3組の生徒を疑うなんて馬鹿馬鹿し過ぎる。もうやめよう、こんなこと」


 俺も含めたクラス中が、矢原の異変に疑惑を抱いた。ひょっとして……


「おい矢原。今度は俺たち『探偵同好会』の3人がお前の鞄を調査してやる。それでいいよな?」


 矢原は窮鼠(きゅうそ)のように震え上がった。純架が面白そうに追撃する。


「早く鞄の中身を見せてくれたまえ」


 矢原は何を思ったか、急に鞄を抱いて土下座した。


「す、すまん! 僕が間違ってた。この通りだ。頼むから勘弁してくれ!」


 宮古先生はことの成り行きに意外そうな表情だ。しかしどう考えてもおかしい矢原の態度に、なじるように命じた。


「よく分からんが、矢原、鞄を見せてやれ」


 俺と純架と奈緒が席を立ち、不健康な男ににじり寄る。目的は言わずもがな、鞄の奪取だ。


「来るな!」


 矢原は立ち上がって後ずさり、壁に背中を触れ合わせた。奈緒が両腕を蛇の舌のように前方に伸ばす。


「必殺くすぐり拳!」


 名前通りに矢原の(わき)をくすぐる。不意を突かれた矢原が笑い転げるうちに、彼女は鞄を奪い取った。俺にトスする。


「朱雀君、中身!」


「おう」


 俺は鞄を受け止めると、チャックを開いて中を覗いた。そこにあったのは……


「マルボロメンソールの箱だ! 百円ライターもあるぞ!」


 俺は証拠品を天井に向けて掲げた。クラス中がこの日何度目かのどよめきで揺動する。このあまりの事態に、宮古先生はあっけに取られていた。


「ど、どういうことだ?」


 純架はポケットに手を突っ込み、珍しく見下すように言い放つ。


「君が犯人だったんだね、矢原君」


 俺ははらわた煮えくり返りながら矢原を睨んだ。


「散々俺たちを疑っておいて、こいつはどういうことだ? 説明してもらおうか、矢原」


 彼は再び土下座した。(みじ)めったらしい卑屈さだ。


「ご、ごめんなさいごめんなさい! つい出来心で……!」




 その後、宮古先生の指示で矢原は事情を説明することとなった。


「そもそもは、『渋山台高校生徒新聞』5月号の『探偵同好会』の記事を読んで、桐木たちの活躍に嫉妬(しっと)したんです。それが初めの取っ掛かりでした。そして僕は、クラス一の切れ者の地位を桐木に奪われることに恐怖しました」


 俺は肩をすくめた。そんなあるようでないようなものにこだわる神経は理解の外だった。


「そこで煙草の吸殻で桐木を(おとしい)れ、失地を回復しようと心に決めたんです。そして今朝、僕は実行に移しました。誰もいない教室で、あらかじめ短く切断しておいた二本の煙草にライターで火をつけました。そして数分後、根元近くまで燃えたので踏み消したんです」


 宮古先生が割り込んだ。


「煙草は吸ってないんだな?」


 矢原はびくりと肩を震わせる。


「はい、吸ってません。煙草自体は親父の買いだめしていたものを持ち出しました」


「続けて」


 矢原はすっかり意気消沈している。生徒の中で一人立ったまま、力なくぽつりぽつり話した。


「朝のホームルーム後、宮古先生が吸殻を発見して回収する様子はこの目で確認しました。ロングホームルームでこの話題を持ち出してくることは、先生の性格からいってある程度予測ができました。そして僕は、体育の授業直前の隙をついて、無人の1年3組に入り、桐木の鞄に煙草の箱とライターを入れたんです。後はどのタイミングでも、桐木の鞄からそれが出てきて騒ぎになればいい。僕はほくそ笑みました」


 しょげ返ってうなだれた。


「今日のロングホームルームで桐木は赤っ恥を掻き、その人気は凋落(ちょうらく)するはずだったのに……。悔しい……」


「馬鹿者!」


 宮古先生が教壇を叩いて怒鳴った。


「くだらないことのためにクラス中を巻き込んで、反省もしないのか? お前が言うべき言葉は『悔しい』ではなく『すみません』だろうが! 皆に、飯田に、朱雀に、そして桐木に謝れ!」


 人的な落雷を浴び、矢原は泣き出した。むせび泣きながら四方八方に頭を下げる。俺はいたたまれなくなってそっぽを向いた。視線の先にいた純架は、『懸賞生活』のページを開いて葉書をしたためている。


 今の状況で何故?


 最後に宮古先生が訓示を垂れた。


「矢原はどうしようもない奴だ。だがこれで懲りただろう。矢原がもう二度と他人を(おとしい)れようとしないことを、僕は信じる。皆も信じてくれ。そして、できることなら許してやってくれ。先生からのお願いだ」


 そこでチャイムが鳴った。やれやれ、とんでもないロングホームルームだった。


「でもどうして桐木の鞄に入れたはずのものが、僕の鞄に戻ってきたんだ?」


 矢原はそう呟いた。

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