0157ミステリ小説コンペ事件05
★ある殺人事件(著・菅野結城)
都内某所にある私立八本木高校で殺人事件が起きた。その具体的な流れは以下のとおりである。
【 事件発生時 】
11月8日午前10時35分、八本木高校3階の男子トイレから、硬いものがぶつかり合う重い音が響き渡った。10分休憩のときであり、驚いた生徒たちがトイレに駆けつけてみると、前のめりに倒れている前川巧(16)と、それを介抱する後藤和泉(16)の姿を見出した。前川は意識がなく、また息すらしておらず、生徒たちは急いで田村吾郎教師(37)を呼び出す。田村は前川の容態に急いで救急車を呼んだ。田村が前川に心肺蘇生の処置を行なっている間、後藤はひたすら「僕のせいじゃない……僕のせいじゃない……」と繰り返していた。
【 経過 】
救急車で病院に搬送された前川だったが、まもなく死亡が確認された。通報を受けた警察は八本木高校に警察官を派遣。機動鑑識隊が臨場している間に、生徒たちや田村を初めとする教師陣に事情聴取を行なった。その結果、後藤が前川に日常的にいじめられていたとの証言を多数得る。また前川の死因が、後頭部を何か硬い鈍器のようなもので殴られての脳挫傷であると判明。警察は後藤を容疑者として逮捕する。動機はいじめられたことに対する恨み。前川がふと背中を見せたときに、衝動的に殺害に及んだと断定した。
そして、警視庁から安田警部が出張ってきた。
【 謎 】
後藤は取り調べに対し黙秘を続ける。安田警部は、後藤和泉こそが犯人であることは間違いないとみる。だが問題は、前川を殺した凶器がいまだ見つかっていないことだった。鑑識は男子トイレを隈なく調べたが、人を撲殺できるような鈍器はどこからも発見されなかった。いったい後藤はどうやって凶器を証拠隠滅したのだろう?
【 解答 】
安田警部は考える。
凶器は氷の塊ではないか? それで前川を撲殺し、砕けた破片は大きいものをトイレへ流し、残りは蒸発するに任せる。ありそうな線である。
だがこれは違う。季節は11月、秋も深まった頃合いであり、気温は低い。氷の破片は早々には溶けず、周辺に散らばったまま残っていたはずだ。そしてそれを目撃したものは一人としていない。この線は消える。
凶器は窓から投げ捨てられたのではないか? ありうる話だ。前川を殴り倒した後、証拠隠滅するには、これはなかなかの考えである。所要時間もほとんどかからないのがポイントだ。
だがこれも違う。人を殴り殺せるほどの鈍器だ。その重量は相当なものだったであろう。それを3階の窓から投げ捨てれば、どうしたって大きな音が発生するはずだ。1階の生徒たち――10分休憩で廊下にも多数いたであろう――に見つからぬはずがない。だが彼らからそんな証言が出たことはなかった。この線もまた消える。
凶器は身につけていたものではないか? なくもない話だ。たとえば靴底に鉛の板を入れて、相手が背を見せた隙に靴を脱ぎ、それで一撃。履き直せば時間もかからず、誰からも怪しまれない。
だがこれもまた違う。学校は下駄箱で上履きに履き替えるのが普通で、八本木高校もその例に漏れない。上履きの形式は決まっており、たとえば厚底ブーツのように底に何か入れるなど不可能である。もし入れられたとしても、いじめられっ子でひ弱な後藤が、そんな靴で普通に歩けるとは到底考えられない。この線もやはり消える。
では、どうやって? ポイントは『衝動的な犯行』だという点だ。氷の塊だったり、何か重量のある鈍器だったり、鉛の入った上履きだったりを用意してはいなかったはずである。そう、後藤は素手だったのだ。
素手で殴り殺した? いや、後藤にそんな怪力があるなら、前川にいじめられたりはしなかっただろう。もっと何か別の方法があるはずだ。
そこまで考えて、安田警部は真実に辿り着いた。後藤は、か弱きいじめられっ子は、頭突きをしたのだ。背中を見せた前川の憎き後頭部へ、全身全霊で。
安田警部が後藤にそのことを話すと、彼は言い逃れできないと感じたか、素直に供述し始めた。やはり警察の見立て、安田警部の推理どおりの内容だった。
殺す気はなかった。死ぬなんて思わなかった。後藤はそう述べて泣き崩れるのだった……
「すごっ」
奈緒があっけに取られていた。俺も同様である。というか、そうでないのは結城本人とその恋人兼主人・三宮英二ぐらいのものだった。
英二は自分のメイドがしたためたミステリ小説を褒め称えた。
「さすがは結城だ。時間も2分30秒ぐらいでちょうどいい長さだ。事件も本格的だし、鈍器の種明かしも劇的だ」
恋人のなした業績を自慢する。
「分かるか飯田、こういうのが求められていたんだ。反省したか?」
「何よ、うるさいなあ」
奈緒がむくれる。『さつまいも事件』の原稿用紙をかばうように胸に抱きしめた。
日向が黒縁眼鏡のつるをつまんでかけ直す。度肝を抜かれているようだった。
「素晴らしい出来ですね。何というか……自作を発表するのが怖くなってきました」
朱里も拍手して降参する。
「まいりました。優勝候補ですね」
結城は相次ぐ賛辞に頬を紅潮させて恥ずかしがった。可愛いところもあるんだな。
「嬉しいです、お褒めいただいて……。頑張ったかいがありました」
しかし純架は、気を取り直したように注文をつける。
「でもまあ、入学式で殺人事件のドキュメンタリーのようなものをパフォーマンスするっていうのもどうだろう。いや、出来は間違いなく今までで1番なんだけどね。何というか、殺伐としているというか……」
俺は何となくいいたいことが分かった。
「ああ、確かに。ミステリ小説としては十二分に面白いけど、語って聞かせる物語としてはちょっと厳しいかもな」
英二が俺を、やや怒りのこもった視線で見やる。
「そこまで言うなら、次はお前の番だ、楼路。『語って聞かせる物語』とやらを示してもらおうじゃないか」
俺は絶句した。くそ、5000円に釣られてミステリ小説なんて書くんじゃなかった。こうなりゃ破れかぶれだ。
「よっしゃ、耳かっぽじってよく聴きやがれ」
俺は原稿に目を落として文章を音声に変えていった……




