0156ミステリ小説コンペ事件04
★さつまいも事件(著・飯田奈緒)
2年C組の仲良し4人組――優香、望、スバル、小春は、全寮制の女子高で毎日を楽しく過ごしている。
現在進行中のホームルームでは、規律に厳しいことで有名な観世音先生が、風紀の乱れを正すべく説教をしていた。丸い金縁眼鏡で髪は短く、年齢は50代半ば。黒い服を好んで化粧は申し訳程度だ。生徒手帳の校則をそらで唱えられるといわれるほどお堅く、特に無駄という無駄を極端に嫌う性格だった。女生徒たちの間ではルールブックと結婚した女性だと揶揄されている。彼女の笑顔を見たというものは皆無だった。
優香はこの先生が苦手だ。はきはきした声で喋りかけられると鞭打たれるようで、なるべく彼女の視界に映らぬよう気をつけて行動している。
だが――。今日は観世音先生にお願いしなきゃならないことがあった。
教師による生徒のあるまじき過食についての講釈は、ようやく終盤に差し掛かる。彼女は自分のように暴飲暴食をつつしみ、間食に手を出すことのないよう気をつけなさい、と話をしめくくった。
やっとホームルームは解散となる。女生徒たちはそれぞれ寮への帰りじたくを始め、室内はにわかに騒々しくなった。先生が教室を出ようとする。優香は彼女を追いかけて呼び止めた。振り向いた先生は鋭い眼光で優香を見下ろし、何の用かと尋ねてくる。
実は昨日、実家のおばあちゃんが、優香の元へさつまいもを5個届けてくれた。優香はそれを仲良し4人組で食べるべく、家庭科調理室のレンジを使わせてほしい、と観世音先生に訴えた。物怖じしなかったといったら嘘になる。今しがた間食を非難していた彼女だ、優香の願いはすぐさま突っぱねられるだろう――そう覚悟もしていた。
だが意外にも先生は了承した。ただし4人が食べ過ぎないよう見張るべく、自分が立ち会うことを条件にして。
こうして夕方5時、4人組は観世音先生の監視のもと、レンジでさつまいもの調理を始めた。洗ったさつまいもをペーパータオルで包み、それをラップでくるむ。600ワットで1分半加熱し、200ワットで10分ほど温めて甘味を引き出す。竹串が通るようなら出来上がり。
ホクホクのさつまいもに舌鼓を打つ4人。この女子高では食事中の会話は厳禁なので、無心に食べ進める。足りなくなるかもと危惧して持ってきた5個目のさつまいもは、調理しないまま持ち帰ることになりそうだった。
そこでふと、優香は物欲しそうな先生の視線に気がつく。やっぱりさつまいもを食べたいのだろうと察し、どうですかと勧めた。先生はしかし、過食はよくありませんとあくまで固辞する。
優香はこの融通の利かない頑固な教師に、どうやったらさつまいもを食べさせられるか思案した。さて、どうしよう?
優香は望、スバル、小春と目顔で企図を共有しあうと、5個目のさつまいもを調理し始める。観世音先生は過食だとして叱りつけてきた。優香はしかし、4人で分け合うこと、1個だけ残すのも半端すぎることなどを挙げ、どうにかさつまいもを作り上げた。そして4人は目配せで意思を揃える。やはりお腹一杯だし間食はよくない。これ以上食べるのはやめておこう。でも、このままではせっかくのさつまいもが「無駄」になる。そう、観世音先生が大嫌いな「無駄」に。
先生は優香たちの意図を察して不快感を示した。しかし容赦なく増幅させられていた食欲に、最後は屈する。
それなら自分が食べておきましょう――彼女はそう口にしたのだ。優香たちの視線と微笑みに赤い顔をしながら、観世音先生はさつまいもを食べるのだった。そうして、あまりのおいしさに初めて相好を崩すのだった。
「これミステリ小説か?」
英二が一同の感想を代弁した。奈緒が顔を両手で隠す。
「だから嫌だったのよー。朱里ちゃんの後にこれを出すの恥ずかしくて……」
しかし純架はこの作品を激賞した。
「いいじゃないかね。伏線がオチに繋がっているし、どうやって食べさせるのかは興味をかき立てられたよ」
「ホント!?」
俺も彼女を持ち上げる――下心なしに。
「お堅い先生と仲良し4人組のほほえましいお話だよな。入学式の舞台で発表するにはふさわしいし、聴いた新入生たちはほっこりするに違いないよ」
朱里は手厳しかった。コーヒーカップを傾けて喉をうるおすと、最大の弱点を指摘する。
「オチに意外性がないですよ。オレはあんまり……。『探偵部』の活動を伝えるにはちょっと駄目ですね」
「そんなぁ」
日向も朱里に気まずく同意した。
「普通の小説としてはすっごくよかったんですけど、ミステリ小説でないのがやっぱり目的に沿わないというか……」
奈緒は悲嘆にくれる。がっかりとため息をついた。
「5000円が……とほほ」
次は結城の番だ。彼女は普段は英二の影に徹しているので、こういった自分の主義主張を表明する機会は滅多にない。どんなものかお手並み拝見といこうじゃないか。
「では、まいります」




