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学園ミステリ〜桐木純架  作者: よなぷー
三学期の憂鬱
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0144返されたシャープペンシル01

   (三)返されたシャープペンシル




 これは少し前の話だ。3年生の卒業式前日、つまり2月の最終日に当たる日。俺と飯田奈緒は、純架のショッピングに付き合って街へ繰り出していた。


 昨日までの肌を刺す寒風が一時的に収まり、春の巡りを感じさせる陽気。防寒着は手放せないものの、何だか心が浮き浮きするような、そんな気候だった。駅前の人通りも普段より多い気がする。


「今日の主役は桐木くんなんだからね。私たちもアドバイスするけど、最後に決めるのは桐木くんだから」


「うん、分かってるよ飯田さん」


 純架のショッピングとは、バレンタインデーに義理チョコをくれた、3年4組の中迫由真(なかさこ・ゆま)先輩への返礼品探しだ。3月14日のホワイトデーを待つわけにいかないのは、彼女が明日卒業してしまうからだ。感謝とお別れの意味を込めた特別な品。それこそが純架の買い求めようとするものだった。


「やっぱり海外の古来民族が使う腰みのがいいよね。今のところ売ってる店を見かけないけど……」


 売ってるわけねえだろ。


 純架一人だととんでもないものを買いそうなので、話を聞いた俺は奈緒と相談し、ショッピングに付き合うことにしたのだ。


 俺は自分の想い人・奈緒とデートしているような気分に浸れて、何というか一石二鳥だった。私服姿も最高すぎる奈緒に、俺は改めて思慕の念を強くする。ああ、幸福だ。


「それにしても外国人の姿が多い気がするけど……。何か祭りでもあるのかい?」


 あまりにも抜けた純架の疑問に、俺は失笑しつつ教えてやる。


「渋山台龍神祭りが開かれてるんだよ。2月の終わりの2日間といったら、龍神さまが街を練り歩くことで、この街は有名なんだ」


「へえ、龍神ねえ。僕は去年の春休みに引っ越してきたから、ここにそんな催しものがあるなんて知らなかったよ。……龍神さまってどんな感じなんだい?」


「多人数による獅子舞、といえば分かりやすいか? 全部で7色あって、今日の午後3時に駅前広場に集合するそうだ」


 奈緒が好奇心によるものか、目をきらきらさせている。


「駅前に来るんだ! じゃあそれまでに買い物を終えて、みんなで撮影しに行こうよ」


 可愛いなぁ奈緒。俺は一も二もなくうなずいた。


「そうしよう。異論はないな、純架」


「うん、分かった。ちょっと楽しみだね」


 それにしても、中迫先輩はよく奇行癖のある純架に義理チョコなど送ったものだ。顔だけなら――そう、本当に顔だけなら――桐木純架は100点満点中200点の完成度だ。良くも悪くも渋山台高校の有名人なだけに、彼女は肝試し感覚で義理チョコを差し出したに違いない。


「そうだな……」


 俺のつぶやきを奈緒が拾う。


「ん? 何か思いついたの、富士野くん」


「いや、俺思ったんだけどさ。中迫先輩も純架相手にまともな返しは期待していないだろうし、多少奇をてらったものでもいいんじゃないかな、って」


 純架はビートたけしばりのコマネチを高速で繰り返しながら、がに股で往来を闊歩(かっぽ)している。


 頼むからよだれだけは垂らすなよ。


「そうだね、その意見には僕も賛成だ。この桐木純架がありきたりな品――たとえばホワイトチョコレートとか――を返すなんて芸がなさ過ぎる。やっぱり恩人には借りをきっちり返しておかないとね」




 色々散策して、たどり着いたのは大きめのスポーツショップだった。学生向けの野球用バットや硬式球、グラブ。自転車のヘルメットに相撲向けのまわし、膝当てなどのサポーター等が狭苦しく置かれている。しかし天井の照明が白く光り輝いていて、屋内からは清潔な印象を受けた。若い客がそこかしこで品定めしている。


「これなんかどうだろう」


 純架が手にしたのは、カワサキのKR-600という硬式テニスラケットだった。ケースもついていて4000円以下と安いのは、これが初心者用であるからだろう。


 奈緒が珍しいものを見たといわんばかりにまばたきを繰り返す。


「へえ、桐木くんにしてはなかなかのチョイスね。そうね、中迫先輩は進学するそうだし、テニスラケットの一本もあれば軽い運動にはなるかも」


「でもチョコレートのお返しにしては高すぎないか?」


 自分で買うわけでもないから適当に言ってみた。純架は胸を叩く。


「何しろ相手は明日卒業する身なんだ、楼路くん。これぐらい買ってもばちは当たらないよ。もう会わないかと思うと、中迫先輩も快く受け取ってくれると思うし」


 奈緒がテニスボールの棚をのぞいていた。俺は何をしているのか不思議に思う。


「何で飯田さんが球なんか見てるんだ?」


「だってラケットがあるならボールも必要じゃない。『探偵部(うち)』の部長に良くしてくれたんだから、私からも何かあげたいな、って」


 ふうん。そうなると俺もあげなきゃならないか。そうだ、テニスボールの代金を半額出そう。


「俺と割り勘でいいよ」


「そう? 嬉しい!」


 と、そのときだった。


 純架に不意に声をかけてきたのは、50歳ぐらいのふくよかなおばさんだった。着ているものはごく普通で、パッと見、中流家庭の奥さまといった感じだ。


「あの……。きみ、桐木純架くんでしょ?」


「はい、そうですが」


 純架はややびっくりして答えた。その様子だけから察するに、どうやら面識はないらしい。


 すると驚いたことに、おばさんの両目から涙が溢れ出した。一滴、二滴、頬を伝って床に落ちる。彼女は肩掛け鞄から一本のぼろいシャープペンシルを取り出すと、純架の手に押し付けた。


「これ、お返しします」


 そしておばさんは涙を拭き拭き、その場から逃げるように立ち去っていった。後には狐につままれた格好の俺たちだけが残される。おばさんが消えて10秒ほど経っただろうか。


「……は?」


 純架はようやく声を発した。いつもの彼らしくもなく、今回は謎に対して受動的だった。


「今のは誰だったんだ? 知ってるかい、楼路くん、飯田さん」


「いや、知らないぞ」


「私も初めて見る顔だったよ」


 追いかけようにももうかなりの時間が経っている。純架は手の内に置いてけぼりにされたシャーペンを、途方に暮れたように眺めた。




「ラケットとボールも買ったし、後は龍神さまを待つだけなんだけど……これはやっかいな問題だね」


 買い物を済ませた俺たちは、近くのモスバーガーの2階で遅い昼食を摂っていた。上着を脱いでダブルモスバーガーに食いつく俺をよそに、純架と奈緒はシャーペンについて話し合っている。二人とも腹は減らないのだろうか?


「あのおばさんはなぜこのシャーペンを『返す』と渡してきたのか? なぜ泣いたのか? なぜ逃げたのか? まったく分からない。僕は彼女の顔は初めて見る。でも『返す』とは、これはどういうことかね?」

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