0143失われた刀事件03
「後部ドライブレコーダーを確認してもらってもいいが、荷台のドアを開けたことさえない。あんまり俺らを侮辱しないでくれよ」
ううむ、どうやらこの線もなさそうだ。となると、話は4トントラックがここに到着してからとなる。
「荷物を降ろしている最中に、誰かが盗んで、仲間の車にでも積み込んだんだ」
今度はアルバイトリーダーが憤慨した。だろうね……
「桐箱の中身が貴重品であることなんか、僕らは知りませんよ。いいがかりはよしてください!」
『YAZAKI』の安原さんが俺に耳打ちした。
「もうこれ以上アルバイトの人たちを待たせるわけにはいかないよ。帰してあげてもいいかね?」
聞き込みしておきたかったが仕方がない。俺は不承不承うなずいた。
安原さんは『青山キリンサービス』の彼らから勤務用紙を受け取り、そこにサインをしていった。終わったものから帰途につく。
もし彼らの中の誰かが犯人だとしたら、これはまずい事態となった。俺は泣きつくように純架を見る。
相棒は泰然自若としていた。アルバイトはすべて帰ってしまったというのに――。彼は俺の目線を受けて苦笑した。
「ギブアップするかね?」
「ああ、俺の知能じゃ無理だ。トラックに積んでからここで降ろすまで、誰も桐箱を盗む隙がなかった。なのに綺麗さっぱり消え去っている。正直お手上げだよ」
純架はポケットからICレコーダーを取り出した。録音していたらしく、俺の「正直お手上げだよ」を何度も再生して爆笑する。
何てムカつく野郎だ。
「お前は目星がついてるのか?」
「うん。だいぶ前からね」
あっさり返事した純架を、俺はまじまじと凝視した。こいつ、本当かよ?
「じゃあ交代してくれ。バトンタッチだ」
「いいよ」
悔しい限りではあったが、俺は純架と手を打ち合わせて本来の立場に戻る。そう、俺は探偵部の肉体労働係で、知能労働係はやっぱり純架なのだった。
彼はトラックの運転席に行った。
「すみません、瀬古さん。ちょっと調べさせてください」
「あ、ああ」
ドアを開く。ごそごそ調べた後、取り出したのはバールだ。ん? なんでこんなものがあるんだ?
というより、何で純架はさも当然のように見つけたんだ?
彼はトラックの後部に移動すると、荷台の中に乗り込んだ。俺を手招きする。
「僕一人じゃ大変だ。きみも手伝いたまえ」
瀬古さんがいつの間にやら汗だくだ。挙動不審になり、純架の一挙手一投足をはらはらと見つめている。これは何かありそうだ。
俺は彼を押しのけるように荷台に上った。純架は奥の壁の下端にバールを引っかけている。
「せーので引っ張ってくれたまえ。じゃあいくよ。おわーっ!」
『せーの』じゃなかったのかよ。
俺たちは協力してバールを手前に引いた。何と奥の壁が浮き上がる。かなりの重さだった。
そして、そこにできた空間に置かれていたのは……
「桐箱だ! 『虎徹』入りの……!」
まさかのまさかだ。純架は苦労して刀剣の入ったそれを引きずり出した。三郎さんが歓喜して箱にしがみつく。
「よかった、よかった! もう決して手放さないぞ……!」
俺は手を離した。二重底ならぬ二重奥は、元に戻って沈黙する。振り返れば、瀬古さん――いや、瀬古は観念したのか、蒼白な顔で震えていた。
そう、富士野親子のマンションからこのトラックに荷物を積み込む際、彼が隙を狙って桐箱を隠したのだ。この絶妙な隠し場所に――
俺は犯人の瀬古に、腹が立ってしょうがなかった。もし純架の行動がなければ、あのまま泥棒するつもりだったのだろう。最低である。
俺たちは荷台から降りた。それにしても不思議なのは純架だ。どうしてこの仕掛けに気がついたのだろう?
彼は講釈するように説明した。
「僕は最初にこのトラックを見たとき、これはワイドボディだと気付いたんだ。その荷台は長さ620センチ、幅234センチ、あおりの高さ40センチとなる。まあ種類によって誤差はあるけどね。……で、この荷台を見てみると、長さ6.2メートルにしてはどうにも短い。どう見ても6メートルは切っている。何でだろうと奥の壁の左右上端を眺めたら、ちょうど車輪のような半円が刻まれている。ここまできて、ははあこのトラックは秘密の空間を装備しているな、とはっきり分かったんだ。バールか何かで壁を持ち上げることは、下端の擦り傷で判断できたよ」
じゃあ純架は俺とともにトラックの荷台を見たときから、すでに真相が見えていたわけだ。その上で俺を探偵役にしたのは、腕前を試そうという目的を優先したためだろう。一応期待はされていたわけで、それに応えられなかったことは俺の情けなさを増幅させる。ちくしょう。
でも……
「車検に出したら一発でばれるんじゃないか?」
「そこは車検前に嘘の壁を取り外していたんだろうね。……さて瀬古さん、これはどう理解したらよろしいですかね?」
瀬古はもう逃げられないと観念したか、その場にひざまずいて土下座した。態度を豹変させて涙ながらに訴える。
「すみません! お許しください! どうか、どうか……!」
その卑屈ぶりは、さっき『俺らを侮辱しないでくれよ』と怒っていたのが信じられないほどだ。安原さんはどうなのかと視線を投じると、彼は憤慨を隠さなかった。どうやらこの件、瀬古一人の犯行らしい。
「『YAZAKI』の顔に泥を塗りやがって……! この恥知らずが!」
彼はそう罵ると、三郎さんには打って変わって謝罪した。
「すみませんでした! この一件は『YAZAKI』本社に持ち帰って、後日改めて謝罪します。もし瀬古を家に帰したら、余罪を隠蔽される恐れがありますので、このまま警察署へ行きたいと思います。つきましては富士野さん、ご同行お願いできませんでしょうか?」
三郎さんは了承した。まだその顔には怒りがにじんでいる。
「1000万円の家宝を奪われそうになったわけですからね。いいです、警察へ行きましょう。……楼路」
「はい」
「そういうわけだから、家内と娘にはあらましを伝えておいてくれ。その桐箱も家に持ち込んでおいて、ね」
そうして三郎さんは瀬古とともに、安原さん所有の軽四に乗り込んだ。安原さん自身は4トントラックを操縦する。
2台が去っていった後、俺は長く息を吐いた。
「以上がこの事件の全貌か……。結局俺は何の役にも立たなかったな」
純架は俺の背中をどやしつけた。
「そんなことないさ。少なくともきみは、誰もが『虎徹』を盗む隙がなかったことを明らかにした。それは僕の推理を後押ししてくれたんだ。お手柄だよ、ドズル・ザビくん」
俺は富士野楼路だ。勝手に改名させんな。
夕方に帰ってきた三郎さんは、お袋と俺、朱里、そして純架とともに回転寿司を食いに行った。純架に関しては、やはり『虎徹』を取り戻した手柄を考慮したのかな?
「いただきまーす」
みんなで食べ始める。純架は寿司屋なのに醤油ラーメンを頼んだ。待っている間、朱里に話しかける。
「朱里くん、どうだい? 我らが『探偵部』で青春を過ごすのは。きっと面白いと思うけどね」
「まあ確かに、今日の事件は桐木先輩のおかげで解決したようなものだけど……」
「じゃあ入部してくれるね? 実は入部届けを持ってきたんだ。さあサインを!」
朱里は目の前に突き出された紙を、払うように突っ返した。
「実際に渋山台高校に入学してから考えます。オレはまだ中学3年生なんですから」
「そんなぁ……」
どう考えても朱里のほうが正論だと思うが。
それにしても、朱里か。俺にできた義妹。これからどうなっていくのだろう? ちゃんと仲良くできるだろうか?
そんな不安を胸に抱きつつ、俺は熱い茶を飲む。苦味の中に旨味があるように、俺には感じられた。




