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学園ミステリ〜桐木純架  作者: よなぷー
三学期の憂鬱
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0142失われた刀事件02

 よし、やってみよう! 男は度胸だ。


 右往左往する三郎さんに、俺は意を決して話しかけた。


「三郎さん、日本刀がなくなったんですよね?」


「うん、楼路、そうなんだ」


「その謎、『探偵部』の俺に任せてください! きっと解き明かして見せます!」


 自信満々に自分の胸を叩いた。てっきり涙を流して喜んでくれるかと思いきや、三郎さんは頭をかいて困り果てる。あれ、何かまずいこと言ったっけ?


「きみは『虎徹』がどういう刀か分かっているのか?」


「日本刀なんでしょう? さっき自分で言ってたじゃないですか」


「それだけじゃないんだ。あの刀は我が家――富士野家に代々伝わる逸品でね。正式名称は(めい)長曽祢興里(ながそね・おきさと)入道虎徹(にゅうどう・こてつ)。日本美術刀剣保存協会の鑑定家からは特別重要刀剣の階級で、約1000万円もの価値をつけてもらったんだ」


 俺は息を呑んだ。何て値打ちだ。隣で『YAZAKI』の安原さんがうめくように言葉を発する。


「1000万円……。そんな刀を我が社の運輸に任せていただいたのですか?」


「ええ、はい。先祖代々伝わる大事な家宝を、安心して(ゆだ)ねられるのは、『YAZAKI』さんしかないと思いましたので。一応保険はかけましたけど」


 純架が割り込んできた。


「『虎徹』――本当は『興里』と呼ぶのが正しいんだけど――は、江戸時代の刀工だよ、楼路くん。通称三之丞(さんのじょう)と言ってね。初め越前(えちぜん)福井の甲冑(かっちゅう)師で、明暦初め頃江戸に出て新刀の一流刀工になったんだ。大阪の井上真改(いのうえ・しんかい)津田(つだ)越前守(えちぜんのかみ)助広(すけひろ)らとともに江戸時代を代表する作者だね。新刀最上作九工の一人にして、最上大業(おおわざ)物十四工の一人さ。江戸新刀の名工、野田繁慶(のだ・はんけい)越前康継(えちぜん・やすつぐ)とあわせて『江府(こうふ)三作』とも呼ばれる。入道銘が入ってるから晩年の作だろう」


「よく知ってるな、そんなこと」


「最近は刀剣女子のブームがあるからね。僕も便乗したわけさ」


 何で? と尋ねる暇もなく、彼は続ける。


「『虎徹』は反りの浅いものが多いが、これは江戸時代の流行にのっとったためだ。そして地鉄(じがね)杢目(もくめ)肌が詰まって強いんだ――ああ、肌が詰まる、というのは地肌の模様がきめ細かい、という意味だよ。まるで木の年輪のようでね。これは切れ味の優秀な――何せ『最上大業物』なんだし――所以(ゆえん)でもあるね。刃文は()の目乱れや(のた)れ刃を好んで焼くんだけど、いずれも足が入り、鋭さを感じさせる」


 さっぱり分からん。


「そして鋼――マルテンサイトの組織が熱に敏感に反応してキラキラ輝くという(にえ)(におい)が地刃についていて、特に刃縁のそれらが光を反射して、あたかもオーラをまとっているかのようなんだ。これを『明るく冴える』というんだけどね。『虎徹』はまさにそれで、実用だけでなく鑑賞用としても十分耐えうるものなんだ。……楼路君は新撰組(しんせんぐみ)近藤勇(こんどう・いさみ)局長は知ってるかい?」


 急に質問されて俺は目をぱちくりさせる。


「ああ、知ってるよ。詳しくないけど」


「その近藤勇が愛用した刀がこの『虎徹』なんだ。『今宵(こよい)の虎徹はよく斬れたわ』『今宵の虎徹は血に飢えている』が彼の決め台詞として伝わっているよ。特に幕末の1864年7月8日――元治(げんじ)元年6月5日に、京都の旅館・池田(いけだ)屋に潜伏していた尊皇攘夷(そんのうじょうい)派志士を、新撰組が襲撃した事件は知ってるよね?」


 それなら有名だ。俺は首肯した。


「池田屋事件だろ?」


「うん。その際に近藤勇は最初、沖田総司(おきた・そうじ)藤堂平助(とうどう・へいすけ)永倉新八(ながくら・しんぱち)の4人で志士たち20余人を相手にしたんだ。しかも藤堂と沖田が相次いで戦線離脱し、激闘となったにもかかわらず、援軍が来て勝利したとき近藤は無傷で『虎徹』も折れていなかったそうだよ」


 ううむ、その話は凄いな。


「でもその後の話じゃ、本当は源清麿(みなもと・きよまろ)の刀の銘を削り落として虎徹を切り込んだ偽物だった、とか言われてるけどね。というのは、とにかく『虎徹』は有名すぎて贋作(がんさく)が後を絶たず、本物約200本に対し偽物2万本とも言われたほどだ。……まあ、近藤勇が『虎徹』と信じた刀で戦い抜いたのは事実だし、彼ほどの刀剣愛好家が贋作を見破れなかったとは思えないけどね」


「そうか、そんな『虎徹』の本物だから、1000万円なんてべらぼうな値がついたんだな」


「そういうことだよ」


 三郎さんも安原さんも、俺同様、純架の話に聞き入ってしまっていた。俺の義父はうんうんと嬉しそうにうなずく。


「きみは凄いね、何て知識が豊富なんだ! 今度一緒に語り合おうじゃないか」


 純架は頭を下げた。


「本物の鑑定書付き『虎徹』、ぜひ一度拝ませてください。見つかったら、の話ですが……」


「そうだった」


 三郎さんが再び青ざめる。純架の話に、肝心のことを忘れるほどのめり込んでいたらしい。


 さて、俺は探偵役として、義父に質問した。


「刀はどのような形でしまわれたんですか?」


「桐材を使用した刀箱に、厳重に厳重を重ねて収めたよ。大事な刀身が傷つかないように、更に緩衝材でくるんでおいた」


 仕事を終えたアルバイトたちが、ドライバーの瀬古さんの「ちょっと待っててくれ」という制止に応じて立ち尽くしている。朱里はお袋とともに、家の奥で荷解(にほど)きしているらしい。


 俺は三郎さんへさらに問いを投げかけた。


「もとのマンションから荷物を運び出すときには、『虎徹』はあったんですね?」


「うん。『YAZAKI』スタッフの瀬古さんに、『貴重品の日本刀だから、慎重・丁寧に扱ってほしい』とお願いしたよ。それは僕も朱里もはっきり覚えてる。だけど実際にトラックの荷台へ積まれる場面は、親子ともども目撃してはいないね」


 俺は話を整理した。まずもとのマンションから『虎徹』を運び出す際、瀬古さんは桐箱の中身が名刀であると聞いた。そしてスタッフがマンションから運び出した。なのに4トントラックにすべて積み込んだときには、荷物の中から消えていた……


 俺は瀬古さんに疑いの目を向けた。向けざるを得ない。


「本当に『虎徹』を積み込んだんですか? ネコババしたとかではなく……」


 案の定、瀬古さんは顔を真っ赤にして怒った。


「積み込んだに決まってる! だいたい盗んだとして、どこにその刀剣を隠し持つんだ? マンションからこっち、スタッフが自分の家に寄る機会は一度もなかったんだ。そうでしょう、富士野さん」


 三郎さんはうなずいた。嘘をつくはずがない見た目である。


「4トントラックは無駄なくこの家にやってきたよ、楼路」


「積み込みの際、トラックの周りに怪しい車とかはありませんでしたか?」


「それもなかったな」


 別の車に持ち込んで逃げ去った、ということもなしか。でも……


「高速道路を使ったんですよね? 途中のパーキングエリアで待たせておいた仲間に、『虎徹』を引き渡したんじゃないですか? 瀬古さんが富士野親子とレストランで昼食を摂っている間に……」


 瀬古さんは半分切れかけている。その証拠にこめかみに青筋が立っていた。

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