0141失われた刀事件01
(二)失われた刀事件
3学期も残りわずか。学校からの帰り道、俺と純架はいつもどおり並んで歩いていた。いじめられっ子の嶋美鈴の下校をガードするのは、方向が同じ英二の役目となっている。どうやらこのまま何ごとも起きず、春休みを迎えられそうだった。
「純架。明後日の日曜日に、俺のお袋の再婚相手である富士野三郎・朱里親子が引っ越してくるんだ。仲良くしてくれよな」
「きみはもう『朱雀楼路』ではなく『富士野楼路』になったんだね?」
「ああ、そうだけど」
「じゃあ僕がこれから『2代目朱雀楼路』を名乗ってもいいかね?」
襲名制じゃねえよ。
「朱里くんは何年生だい?」
「中学3年だ。4月から俺たちの渋山台高校へ通うことになるそうだ」
純架の目がきらきら輝いた。朱里を『探偵部』の新入部員として獲得する気なのだろう。しょうもない奴。
俺がそのことを指摘すると、彼は飛び上がって驚いた。
「な、何で僕の考えてることが分かったんだい? 楼路くんはエスパーか?」
「お前の思考なんかお見通しだ。……でもまあ、俺もこの一年で探偵の能力を鍛えられてきたのかな」
純架はにやりと笑った。俺の腕をヒジでつつく。
「なら、今度何か事件が起きたときは、楼路くんに探偵役を譲ろうかな」
俺も調子に乗った。腕を曲げて力こぶを作る。
「ああ、名探偵・富士野楼路が何でも解決してやるぜ!」
「頼もしいね」
何だか今ならどんな難題でも解けそうな気がする。
そして日曜日の朝が来た。
雲がまばらな青空のもと、まずは40代の男性が軽四で現れた。俺とお袋に、ややくたびれた制服姿で挨拶してくる。
「本日はお世話になります、運送会社『YAZAKI』の安原です。荷物の搬入を指揮監督します。もちろん私も手伝います」
お袋――富士野美津子が頭を下げた。俺もならう。
「よろしくお願いします」
次に派遣業者の『青山キリンサービス』から送られてきたアルバイトたちが、ぞろぞろと姿を見せた。みんな筋力がありそうな体つきだ。彼らは安原さんの指示で私物を一箇所に集めると、早速働き始めた。ダンボールを養生テープで床や壁などに貼っていく。
続いて登場したのは純架だった。ちょうど一年前に俺の隣家に越してきた彼である。当時の俺と同じ立場を味わいながら、野次馬然として俺の家を眺めた。
「やってるやってる」
何となくはしゃいでいる純架は、パジャマを裏表正反対に着ている。
お前もやってるな、相変わらず。つか着替えてこいよ。
最後に現れたのは、大きな4トントラックだった。あれが富士野親子の荷物を積んでいるのだろう。他者の通行の妨げにならないように、気を使いながら駐車していく。
「よう、久しぶりだな楼路」
トラックは3人乗りで、ドライバーと富士野親子が降りてきた。中学3年とは思えぬグラマーな朱里は、俺を見つけると斜に構えて話しかけてくる。
「今日からよろしくな。オレの部屋はあるんだろうな?」
朱里は俺に対し、いつまで経っても上から目線で会話を紡ぐ――年下のくせに。俺は少し苛立ったが、家庭生活初日にこじれてもしょうがない。ここは大人な態度を見せておこう。
「ああ、もちろん。俺の隣の部屋だ。気軽に使ってくれ」
「ところでそっちのパジャマ男は?」
純架のことか。俺は当然ながら、彼が親友だとは言いづらかった。
「僕のことかね?」
純架が気付いて、朱里に視線を向ける。パントマイムで目の前に見えない壁があるかのように振る舞った。
その腕前はかなりのものだが、残念ながら意味も必然性もない。
「へえ、奇行か」
朱里が純架に興味を持ち始めた。しかしそれは対等な人間に対する姿勢ではなく、水族館でごりごりの珍種に対するような、純粋な好奇心の発露みたいだった。
俺はいたたまれなくなった。親友なんだから俺の面目を立ててくれよな。
「おい純架、家に帰ってまともな服を着てこい」
「やれやれ、きみは美的センスが足りないね」
純架はぶつぶつ言いながら、命じられたとおりに引っ込んでいく。
俺にとっては義父として一緒に生活することになる三郎さんが、俺に握手を求めてきた。もちろん気安く握り返す。なかなか大きな手だった。彼は笑顔を見せる。
「今日からは『楼路くん』ではなく『楼路』でいいかい?」
「三郎さんが呼びやすいようにしてくれれば」
「じゃあ楼路、この引っ越しが終わったら景気づけにみんなで食事に行こう」
「いいですね」
俺は「くん」付けなしで呼ばれて、ちょっぴり照れてしまった。何だか恥ずかしいな。
『YAZAKI』のトラックドライバー――名札で瀬古という名字だと分かった――が、安原さんと三郎さん、朱里と軽く打ち合わせして、いよいよ本格的な荷物搬入が始まった。
安原さん、瀬古さんとアルバイターたちが、4トントラックの積荷を次々に降ろしていく。それらをどこに置くかは富士野三郎さんと朱里、お袋の3人が指示した。
俺は邪魔にならないよう外で見守る。それにしても義父と義妹との同居生活か。俺ももうすぐ高校2年。頭は馬鹿でも、品格だけは高く維持したいところだ。
30分とかからず、やがてすべての荷物が俺の家――富士野家の中に収まった。ダンボールと家具が半々といったところだ。まだまだ風が冷たい初春のこの時期なのに、アルバイトたちは汗をびっしょりかいていた。ご苦労さん、と声をかけて回りたいところだ。
だが、そのときだった。
「ない! 刀がない!」
三郎さんの悲鳴にも似た声が、彼の部屋から聞こえてくる。威厳ある義父にしては結構取り乱した声調なので、俺は興味を抱いて発生源に近づいた。三郎さんが弱りきった顔で中から出てくる。
「どうしたんですか?」
「『虎徹』がないんだよ」
『虎徹』? 何だそりゃ。刀の名前か?
苦み走った表情の三郎さんは、表へと向かう。俺も気になって後に続いた。
「やあ、楼路くん。着替えてきたよ」
ちょうど隣家から純架が出てきたところだった。今度は裏表違いのパジャマではなく、昔の小学生のような白シャツに青い短パンだった。
お前のファッションセンスは大気圏の外へ飛んでいったのか?
三郎さんはアルバイトや安原さん、瀬古さんたちに、血相を変えて尋ねまわっている。
「日本刀一本がちょうど入るような、細長い桐箱を見ませんでしたか? 絶対に入っていたはずなんです!」
何だか雲行きが怪しくなってきたな。俺は純架とともに4トントラックの荷台をのぞいた。すでに空っぽで、すべての品物が家の中へ運び込まれた後だった。
桐箱ねえ。俺は短期記憶を探ったが、そんなものは影も形もない。どういうことだろう?
「消えた日本刀か。何だか面白そうだね。でも、この謎解きは楼路くんに任せるよ」
「ええっ?」
俺は面食らった。いつも純架に頼りきりだったので、今回もそうなるだろうと思っていたのだ。それが、俺が謎解き役? 冗談きついぜ。
「きみは言っていたじゃないか。『名探偵・富士野楼路が何でも解決してやるぜ』ってね。今さら怖気づいて尻込みするなんてなしだよ」
ぐぐ……。あんなこと言わなきゃよかった。
だが、確かにこの事件、俺が解決すれば『探偵部』の部員たちに自慢できる。憧れの人である飯田奈緒にもほめてもらえるかもしれなかった。そう考えると、頑張ってみる価値はありそうだ。




