0140答案用紙事件04
「何すんだよ!」
大山は怒って純架をにらみつけた。醜い形相だ。腰ぎんちゃくの明坂、加藤もご主人様に追従して憤慨してみせる。こっちも酷い表情だった。
「私たちに何か文句でもあるの?」
「うん、大いにあるね」
純架はすましている。手にした筆で両目の下に隈を描いた。
プロ野球選手の日光対策か?
「大山さん、きみは嶋さんに2学期中間テストの得点でボロ負けしたことが、そんなに悔しかったのかね?」
「なっ……!」
3人組は青ざめた。この反応、どうやら図星らしい。特に大山の狼狽ぶりは見ものだった。
「何であたしがそんなことで……! むかつくな、桐木。お前もターゲットにしてやろうか?」
いきがる大山だが、その声は震えていた。俺はみじめな彼女の姿に、少し爽快感を得る。
と、そこへ美鈴が入室してきた。汚された自分の机に気付き、早くも涙目になっている。純架は筆を大山に返した。
「3人も嶋さんも僕の大事なクラスメイトだ。いじめなんかもうやめて仲良しになりたまえ。そうでなければ『探偵部』がいじめを逐一チェックして、先生方に報告するよ。それじゃ」
純架は俺の手首を掴んで、のしのしと教室を出て行く。俺は引きずられつつ後に続いた。
「えっ、おい純架、どこに連れてく気だよ」
「職員室だよ。宮古先生に話をつける」
「僕を呼び出して何だってんだ? 話があるならホームルームの後でもいいだろうに」
宮古先生は時計を気にしながらも、純架の要請に応じて廊下に出てきてくれた。チャイムまであと10分ほどだ。純架はこほん、としわぶきを一つした。
「手短に済ませます。僕の推理を聞いてください。今回の『答案用紙事件』の解答を、ね」
俺はぎょっとした。こいつ、真相が分かったのか? 彼の自信満々の顔を見る限り、どうやらそのようだが……。宮古先生も目を丸くしている。
「話してみろ」
純架はまくし立てた。
「僕はまず初めに、宮古先生がテストの得点を生徒たちに知らせないことで得られるメリット、それは何かと考えました。そしてそれは、大山さんたち3人組の、嶋さんに対するいじめを激化させないことだ、と思い至りました」
宮古先生は口をあんぐり開けっ放している。どうやら核心を突かれたらしい。俺は何が何だか分からなかったが。
「3人組は2学期後半から嶋さんをいじめ出しました。もちろん何かあったに違いありません。いじめというものはだいたいプライドの高い奴が、それを守るために始めるものです。それまで大して関心も関係も持たなかった嶋さんを、大山さんたちがいじめ出したのはなぜか。突き詰めて考えれば、2学期の中間テストで学力の差を見せ付けられたからに間違いなさそうです。これは多様多彩な推理の一つの出発点として、大いに考えられます」
俺も宮古先生も興味深く耳を傾ける。純架の独演会は続いた。
「そしてそれは2学期期末テストの結果でさらに増幅されました。嶋さんは3人組のいじめのエスカレートに耐えかね、宮古先生に相談します。だが先生は何の手立ても用意しませんでした。なぜなら2年に進級すれば、頭脳明晰の嶋さんは進学クラスへ、そうでない馬鹿な大山さんたちは一般クラスへ、それぞれ離れ離れになるからです。嶋さんにはそれまで我慢しろ、とでもおっしゃったのでしょう」
俺は担任の顔を見る。その両目は純架の告発に、あからさまな狼狽の色を浮かべていた。
「そして問題となった3学期期末テスト。宮古先生は嶋さんが物凄い高得点を弾き出していることに気がつきました。もしこのままテストを返却すれば、点差に愕然とした3人組が、いじめをさらにヒートアップさせるかもしれない。それこそ嶋さんに付きまとって離れなくなるのではないか。そう考えました。だから答案用紙を返却しなかったんです」
そうか、そうだったのか。なるほど、分かってみれば簡単だが、正解を導き出すのは至難の業だ。俺は純架の推理力に舌を巻いた。
「かといって嶋さんと3人組だけ返さない、というのは明らかに怪しまれます。そこでほかの生徒たちの分まで返さないことで、いじめの緩衝という本来の目的を悟られないようにしたんです。まあ宮古先生のことです、嶋さんと3人組の教室が離れ離れになったら、そのときこそテストを返却して回るおつもりだったのでしょうが」
純架は胸に手を当ててお辞儀した。
「……以上がこの事件の全貌です、宮古先生、楼路くん」
拝聴する側は度肝を抜かれていた。まさにこれが真実である証拠に、宮古先生はぐうの音も出ない。
それにしてもすっかり謎は解けたが、いったい何がきっかけで解明に辿り着いたのか。俺が純架に問いかけると、彼は片目をつぶってみせた。
「何、きみとの賭けが橋頭堡だったよ。テストの得点の低かったほうが焼肉をおごる、というのは勝負であると同時に、一種のいじめだ。そう考えたとき、僕にはことの真相が分かったんだ」
純架は宮古先生へ静かに訴えた。無音の憤激を感じる。
「先生、テストをすべて返却してください。先生がやるべきはテストの不返却ではなく、いじめの撲滅のはずです。担任の立ち位置に戻ってください」
教師はしかし、首を振った。やり切れなさそうな心情が浮き彫りとなっている。
「桐木、もうじき春休みだろう? 変に介入するのはまずい。もしいじめが悪化したらどうなるか、知れたものじゃないぞ。このまま休みまで返さないほうが得策だろう」
純架は納得いってなかった。「ムキー!」と叫びながら自分の胸でドラミングをする。
ゴリラか?
「しかし……!」
「いいから黙るんだ、桐木。これが俺の決心だ。たとえ追及されようが、曲げるつもりはない」
そこで予鈴が鳴り響いた。先生方が職員室からぞろぞろ出てきて、自分の担当するクラスへ歩いていく。
俺はまだ不満たらたらの純架の背中をどやしつけた。
「いくぞ、純架。俺も先生に賛成だ。これでいいんだ、これで」
「うーん……。後味悪いなあ」
教室に戻ると、嶋美鈴の机を奈緒と英二、結城が一緒になって布で拭いていた。英二がバケツの水に布を浸しつつこちらを見やる。純架が視線を合わせた。
「どういう風の吹き回しだい、諸君」
「お前が言ったんだろ、『探偵部』が動くって。だから動いた、それだけだ」
大山たちいじめっ子3人組は、すでに自分たちの席に着いている。奈緒は結城とともに最後のひと磨きをした。机はすっかり綺麗になっている。
「まあさっきの桐木くんに、ちょっと感動しただけよ、私たち」
これから美鈴には『探偵部』6人全員が味方につく。一人ついただけでは3人組の報復も考えられるが、6人となれば大山たちも手に負えない、というわけだ。
「ありがとう……」
消え入りそうな声で美鈴が感謝を述べた。その表情は泣く一歩手前だ。
もうすぐ来る春休みまで彼女を守ろうと、もちろんこの俺も決意するのだった。




