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学園ミステリ〜桐木純架  作者: よなぷー
三学期の憂鬱
132/156

0137答案用紙事件01

   (一)答案用紙事件


「ふざけんじゃないわよっ!」


 いきなりの女の怒声に、俺はびっくりするというより「またか」というむかつきで、視線を水平移動した。そこにいるのは3人の女子。周囲の視線や嫌悪感を跳ね返しながら、自由時間10分をくだらない罵倒に費やしている。


 攻撃されているのは嶋美鈴(しま・みすず)。虚弱な花のような、伏目がちの生徒だ。手を緩めず文句をつけているのは大山柚子葉(おおやま・ゆずは)。3人組のリーダー格であり、ここ渋山台高校1年3組のお山の大将だ。


「あたしがあんたの健康を祈って、ペットボトルに水を汲んできたんじゃない! 何で飲めないっていうの? ふざけんな、美鈴のくせに!」


 怯えきった子リスのように、美鈴はぼそぼそと反撃した。


「だって、それ、トイレの水ですよね……?」


「あら、そんな証拠どこにあるのかしら? 言いがかりはよしてよね。ねえ、真冬、光」


 大山の腰ぎんちゃくの女子、明坂真冬(あけさか・まふゆ)加藤光(かとう・ひかり)が愛想笑いを浮かべて腰を低くする。


「そうよ、柚子葉さんの親切にけちつけるなんて、まともな人間じゃないわ」


「そうよそうよ、飲みなさいよ、早く!」


 こうまであからさまないじめは、飯田奈緒(いいだ・なお)によると2学期後半からずっと同じ調子なのだという。奈緒は以前注意して、勝手に筆記用具を捨てられて以来、怖くて介入できなくなったらしい。


 酷い話だ。だがそう考える俺自身も、凶器のような3人組に目をつけられることを恐れて、美鈴を助けられずにいた。傍観はいじめを助長させるというが、俺は瞑目(めいもく)することで彼女らに加担しているのかもしれない。


 結局のところ、誰もが美鈴を救うヒーローもしくはヒロインを待望するばかりで、自分がそうなろうとは考えやしないのだ。救いようがない状況とはこのことだろう。


 漢気(おとこぎ)のある三宮英二(さんのみや・えいじ)――『探偵部』の仲間で俺の親友だ――が助けの手を伸ばすかと思いきや、彼は美鈴の窮状(きゅうじょう)に無関心だった。そういえば前に「いじめられてる奴はとにかく自分から行動を起こさなければいけない」と語っていたこともあったっけ。俺の記憶違いかもしれないが。


 俺の相棒で『探偵部』部長の桐木純架(きりき・じゅんか)は、俺の二つ隣の席で爆睡(ばくすい)していた。彼によると、学校の授業は子守唄のように耳に優しいらしい。よだれで机に『犯人はロウジ』と書いている。


 ダイイングメッセージかよ。つか、俺は悪いことしてねえぞ。


 美鈴のか細い声が聞こえてきた。決心をつけたらしい。


「分かりました。飲みます」


 彼女はペットボトルを受け取ると、大きくあおった。その目尻から涙がこぼれ落ち、頬に伝って線を描く。みじめな自分が悔しかったのだろう。一方の柚子葉は爆笑した。


「飲んだ飲んだ! バーカ! それ、トイレの水よ。きったなーい!」


 そこでチャイムが鳴った。柚子葉は手下二人とともに、自分の席へ戻ろうとする。その前に付け加えた。


「そのペットボトル、全部飲んだら返してよね? いっとくけど、中身をどこかに捨てたりしたら許さないから」


 やがて先生が入ってきて授業が始まる。俺ははらわた煮えくり返る思いでノートを広げた。ちくしょう、ちくしょう……!




 放課後はテスト勉強で忙しかった。『探偵部』本来の活動をしようにも、誰からも依頼がないのだから仕方がない。いつもの旧棟3階1年5組は、シャーペンがノートに文字を刻みつける音で満たされていた。俺も他人の心配をしている暇はなく、低空飛行の学力に揚力を与えて飛び上がらなければならないのだ。


「何や何や! みんなテスト勉強ばっかり! あたしの話し相手になってや、ちょっとぐらい……」


 地縛霊の白石まどかが、セーラー服姿で退屈そうに宙を舞っている。やがて英二と菅野結城(すがの・ゆうき)にちょっかいを出した。


「英二、あたしと話そうや。それかメイドの結城に『白石まどかと世間話をしろ』って命令してや。暇なんよ、あたし」


 まどかのつきまといぶりに降参したのか、英二はペンを置いた。


「やれやれ、じゃあちょっと話すか。結城、学校での学習はここまでにしよう。紅茶を()れてくれ」


「かしこまりました」


 結城が立ち上がってポットのそばに向かう。一方まどかは小柄な英二の頭を撫で撫でした。実際にはそう見せているだけで、空振りもいいところなのだが。英二は椅子の背にもたれかかった。


「まどかはしつこいな。まあいいが……」


 2月終わりから3月頭にかけて、渋山台高校は三学期期末テストでてんやわんやになる。放課後の部活動も、明日から試験終了まで禁止となるのだ。


 俺たち『探偵部』は、部室中央に机を並べて、それに向かって出題範囲を復習していた。窓の外はまぶしいほどの陽光だ。


「ああ、そうすればいいのか」


 純架の感嘆する声が聞こえてきた。そちらへ目を向けると、1年1組の辰野日向(たつの・ひなた)が純架に寄り添っていた。


「そうですよ、桐木さん。飲み込みが早くて助かります」


 この二人、何を隠そう付き合っている。『激辛バレンタイン事件』でそうなったのだ。しかしその事実を知るのは俺と当人たちだけで、他の――まどか含めて――4名は気付いてさえいなかった。


 純架も日向も、表向きは以前と変わらない。それはどちらかといえば純架が秘匿の意向を示したからだろう。あの日、純架は日向にこう述べていた――『君とはこっそり付き合っていこう――誰にも知られずに』。以前までは恋愛話など歯牙(しが)にもかけなかった純架だったが、日向のチョコレートを受け入れて方針転換を余儀なくされたらしい。そしてそれが周りにばれるのは嫌であるようだった。


 俺は仲良く学習する二人をほほえましく見つめる。鋭い声が走ってきた。


「ほら朱雀くん、よそ見してないで真面目にやる!」


 真正面の飯田奈緒が怒っている。俺がしばし思考を宙にめぐらせていたことがご不満のようだ。こりゃ失礼した。


「ああ、悪い。ちょっと考え事をしてただけさ。これからは真面目にやるよ」


 俺は頭を振って雑念を振り払うと、改めて教科書と向き合った。英語は苦手なんだよな。実をいえば、全教科そうなんだけど。


 と、そういえば。


「この『探偵部』で進学クラスにいく奴っているのか?」


 答えたのは英二だ。温かそうな紅茶を喫しながら、何でもなさそうに言った。


「俺と結城は進学クラスだぞ」


 これには部長も反応した。


「へえ、英二くんたちはそうなのか。じゃあクラスも離れ離れになるね」


「そうなるな。……何しろ俺は三宮造船の跡継ぎだ。優秀な家庭教師を多数雇って、すでに専門的な学習を始めている。2年に進級したらそれも激化して、この『探偵部』にもあまり顔を出せなくなるな」


 結城がめずらしく残念そうな表情を浮かべる。絵になったら『(うれ)い』という題がつけられるだろう。


「英二さまともども、せっかくみなさんと楽しくやってこれたのですが……」


 純架は二人を元気付けようと、英二と結城にサムダウンしながらコサックダンスを踊った。英二が眉間に縦じわを刻み、無言で立ち上がる。純架に近づくと、その股間を思い切り蹴り上げた。純架は悲鳴を上げて横倒しとなる。涙声で叫んだ。

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