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学園ミステリ〜桐木純架  作者: よなぷー
学校行事と探偵部
131/156

0136激辛バレンタイン事件05☆

 俺は純架と日向の一対一を見たいような見たくないような、複雑な気持ちで校内を歩いていった。日向が本命チョコを純架に差し出し、断られる――そんな光景を目の当たりにしたら、日向が可哀想でしょうがなくなると思う。


 だが俺は幸か不幸か、純架の横顔を1階連絡通路脇の茂みに発見した。やはり日向と向かい合っている。俺は隠れて様子をうかがった。スマホをいじろうとするより早く、彼女の声が聞こえてくる。


「この場を設けていただいて、ありがとうございます、桐木さん。私の本命チョコ……受け取っていただけますか?」


 俺は自分のことでもないのに心臓がバクバク鼓動した。受け取れ、純架。そう思っていると、彼は意外な言葉を口にした。


「今更何を言ってるんだい、辰野さん。君はもう僕に渡しているじゃないか。唐辛子入りの、本命の激辛チョコをね……!」


 俺は時間が止まったような錯覚に陥った。え? 激辛チョコを、日向が作った――?


 日向はたじろいで、後退しそうになる体を必死で押しとどめる様子だった。


「どうしてそうお思いになるんですか?」


 純架はもはや惑いもなく語り始める。


「辰野さん、君は僕に本命チョコを渡したかった。だが僕が頑なにそれを拒むと知って、どうやって渡そうか熟慮した。台さんのように義理チョコとしてあげるのでは意味がないし、かといって本命チョコとしては()ねつけられる。そこで君は考えた。僕に無理矢理本命チョコを、そうと分かる形で食べさせようと。最終的に、その差出人が自分であると辿り着くと信じて……」


 俺も日向も、全く動けない。


「だから君は、自分の所属する新聞部の仲間である後藤茉莉さんに協力を願い出て、今回のシナリオを作り上げた。彼女は『探偵部』に不満を――玉里さん、花島さんと同様に――抱いていたから、乗ってくれるのは確実だった。早朝、手製の激辛チョコを、後藤さんの手でこっそり僕の机に投入する。そしていもしない架空の犯人が仕掛けたとでっちあげ、その噂を流布する。僕はまんまとチョコを食べ、悶絶して復讐に乗り出す……。全て君の企み通りだった。確かにあれは義理チョコでは断じてなかった。君の、本命のチョコだった」


 純架は少し笑っていた。


「すっかりやられたよ。僕がこうして推理して、差出人を君だと確信することさえ、君は信じて賭けていたわけなんだからね。もし何の凹凸(おうとつ)もなく、ただ『あの激辛チョコは私が作った本命チョコです!』とか表明されたとしたら、僕はただ激怒しただけで終わっていただろう。君はチョコレートにまぶしたんだ。『謎解き』という、僕の垂涎する最高の調味料をね」


 日向は無言のまま、純架の顔をただひたすら見つめている。純架は肩をすくめた。


「君は僕を上手に(おとしい)れた。全く凄いよ。今回は僕の負けだ。以上がこの事件の全貌だよ。……どうだね?」


 日向はようやくつられたように笑ったが、それは陰を潜ませていた。


「さすが桐木さん。……あなたを苦しめたくはなかったんですが、私の頭ではこれ以上の案は浮かびませんでした。――だって……」


 日向がこらえ切れない、とばかりに目を固く瞑る。その目尻から涙が噴き出し、白い頬を伝っていった。


「私、桐木さんが好きです。大好きなんです!」


 俺はとうとう言ったか、と拳を握り締めた。


「いつ頃からかは分かりません。どうしてなのかも分かりません。ただその推理も、その奇行も、愛おしくてたまらなくて……。本命チョコをどうしても食べてほしかった。好きだと言ってほしかった。台さんが桐木さんに絡みつくのが、本当に嫌だった……!」


 もう言葉にならず、日向は手首で目元を拭い、ひたすら泣きじゃくる。純架は沈痛な表情でしばしその姿を見つめた。そして――彼女の頭を撫でた。


 驚く日向に、純架は優しく話しかける。


「やれやれ、僕は自分の信条を捻じ曲げなくちゃならないようだね。君が持っているそのチョコも、やっぱり本命チョコなんだね?」


 日向はこくりとうなずいた。涙腺を突破した水滴が顎にしたたり落下する。


「……はい。桐木さんが辿り着いたときには不要だし、辿り着けなかったときには突き返される、無意味な――でも本命のチョコです」


「今度は激辛じゃないよね?」


「はい。お店で買った普通のものです」


 純架は日向から手を離した。


「じゃあいただこう。ちょうどそこにベンチがある。座って二人で分け合おうじゃないか」


「桐木さん……!」


 部長は照れたように鼻を掻いた。


「あれだけ本命チョコは受け取らないって言った手前、皆に知られると恥ずかしい。君とはこっそり付き合っていこう――誰にも知られずに。それでいいかね?」


「はい!」


 日向は今度は嬉し泣きで涙を零した。純架は彼女の手を引き、ベンチへと連れて行く。


 俺は静かにその場を離れた。そして英二たちに知らせようとして――やめるのだった。

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