表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
学園ミステリ〜桐木純架  作者: よなぷー
学校行事と探偵部
128/156

0133激辛バレンタイン事件02☆

 その手の上で透明のラップに包まれて、一口サイズのチョコがひしめき合っている。手作りなのだろう。


「お、おう。ありがとう。わざわざ待っててくれたのか?」


 愛は俺に若干恨みがましく言った。


「義理ですからね、ド義理。かつて小生が慕ってた先輩に対しての、まあ礼儀みたいなものよ。はい、どうぞ」


 俺の胸にチョコを押し付けた。俺は落とさないように大事に抱える。


「誰か本命をあげる相手がいるのか?」


 愛はそっぽを向いて冷笑した。


「小生は女友達と楽しくチョコを交換するつもりよ。じゃあね、楼路さん」


 そして愛は駆け出していった。まるで入れ替わるように、パジャマ姿の純架が玄関からのろのろ出てくる。俺を見て苦笑した。


「おや、早速一個手に入れたようだね。色男の楼路君」


 俺は角を曲がって見えなくなった愛の影を追った。


「愛ちゃんは大丈夫なのか? 白鷺祭ではだいぶ精神的ダメージを受けてたようだけど」


「へこました当人が心配するなんてちゃんちゃらおかしいよ。あっ、ちょっと待って」


 純架が急に押し黙った。何事かと俺も沈黙する。


 やがて純架が言った。


「危ない危ない。屁をここうとしたら思わず実が出そうになったよ」


 馬鹿馬鹿しい。


「すぐ支度するから待っていたまえ」


 家に戻った純架はきっちり5分後、制服姿で鞄を提げて現れた。


「さあ、学校へ行こうか。バレンタインの愛憎渦巻く修羅場を、僕らはよそから観察して楽しむとしようよ」


 趣味の悪いやつだな。




 バレンタインデーとはいえ、早朝ということでまだひと気は少ない。想い人の男子の下駄箱へチョコを入れていた女子が、俺たちの靴音に気づいたかそそくさと立ち去る。俺は純架と顔を見合わせて苦笑した。俺たちの下駄箱はいたって普通、チョコのチョの字もなかった。


 俺たちは部室に着き、後続の到着を待つ。


 そこへ俺の女神が降臨した。奈緒が紙袋と鞄を重そうにぶらさげて、部室に現れたのだ。


「飯田さん!」


 俺は胸の高鳴りを覚えた。人生最良の日を迎えられるかどうか、全ては彼女の一挙手一投足にかかっている。


「おはよう、朱雀君、桐木君。……三宮君はまだ?」


「ああ、まだ来てないぞ」


「ふうん。まあいっか。じゃ、朱雀君」


 少しはにかんで、奈緒は上気した顔に笑みを浮かべつつこちらへやってくる。俺は立ち上がって出迎えた。


「飯田さん……」


「手を出して」


 俺が両手を差し出すと、奈緒が紙袋から出した赤色の紙包みをそこへ載せる。そして明朗に宣言した。


「私の手作り義理チョコよ。どうぞお食べくださいな」


「ありがとう……!」


 俺は心の底から感激し、目頭が熱くなった。ああ、生きてて良かった。本当に良かった。


 椅子に座ると、机の上でリボンをほどいた。包装紙を開くと、それほど見た目のよろしくない中型のチョコブラウニーが5個ほど、ラップに包まれている。そういえば奈緒は料理下手だと聞いたことがある。なんだか猛烈に緊張してきた。


 もし不味かったらどうしよう? あまりの酷さに吐いてしまったら? 恐らく俺の幸福な立ち位置は、たちどころに終焉を迎えてしまうだろう。完全な破滅だ。


 そんなことがあってはならない。俺はごくりと唾を飲むと、それが毒薬であろうが犬の糞であろうが、何としても喉を通過させてみせると意気込んだ。


「どうぞ?」


 奈緒が催促する。俺は意を決し、チョコを一つまみして口の前まで持ってきた。


「い、いただきます……」


 天国か地獄か。のるかそるか。俺は黒ずんだお菓子を口内に放り込み、どうとでもなれと咀嚼(そしゃく)した。


 食べてみると、結構美味しかった。うん。十分合格点である。俺はほっとして、出てもいない汗を拭った。


「うまい! 最高だよ、飯田さん!」


 俺は幸福に肩まで浸かり、残りのチョコにも手を伸ばした。


「いやあ、素晴らしいね。それにしてもこれ、飯田さん一人で作ったのか?」


 奈緒はチョコを褒められてご満悦だ。


「ううん、お母さんに頼んで手伝ってもらったの」


「それでか……」


「え? 何?」


 俺は少々どもった。


「い、いや何でもない。俺は幸せ者だよ。こんな美味しいチョコは生まれて初めてだよ、飯田さん」


 奈緒は自分の両頬を手で挟み、激賞にはにかんだ。


「良かった、喜んでもらえて」


 引き戸が開いた。英二と結城のでこぼこコンビだ。俺と奈緒を揶揄(やゆ)しつつ中に入ってくる。


「何だ、はしゃいでいるようだな」


 奈緒が自分の席に戻り、紙袋の中をまさぐった。


「男子が揃ったわね。桐木君、三宮君。はい、義理チョコ」


 これは俺に渡したのと同じチョコを、街頭でティッシュを配る人のように手渡す。純架がその類まれな顔をほころばせた。


「ありがとう、飯田さん。大切に食べるよ」


 英二がメイドの結城にチョコを通過させた。


「帰宅したら食べさせてもらう。ありがとう、飯田」


 純架が鞄にチョコを仕舞い込みながら、結城に尋ねた。


「菅野さんはもう英二君に本命チョコを渡したのかい?」


 結城は少し頬を紅潮させた。返事が一拍遅れる。


「はい、今朝」


 英二が高級そうなマフラーを外した。柔らかい高級クッションをくっつけた、いつもの椅子に座り込む。


「舌がとろけるようなガトーショコラだったぞ。結城の料理の腕前を改めて再確認させられたよ。羨ましいだろ」


 俺はものの数分でチョコをたいらげた。口元をティッシュで拭いながら、英二に微笑む。


「そっちは上手いことやってんだな」


 英二は破顔一笑した。いかにも嬉しそうだ。


「まあな。これなら来年も楽しみだ」


 結城もくすくす笑う。


「ふふっ。また英二様の舌に勝ってみせます。ああ、そうそう、私からも男子の皆さんに義理チョコです」


 彼女はメイド職で稼いだお金を使ったか、かなり値の張りそうな高級品を俺と純架に渡した。


「ありがとう、菅野さん」


「これは楽しみだね」


 最後に部室に登場したのは日向だ。純架が陽気に声をかけた。


「おはよう、辰野さん」


 英二が寒そうに両手をこすり合わせる。暖房器具のない部室であった。


「辰野、お前も義理チョコをくれるのか?」


 日向は少し思い詰めた表情で、この場にいる全員を見渡す。そしてその視線を純架に固定した。重苦しく言葉を発した。


「あの、桐木さん。放課後に一対一の場を設けてほしいんですが……」


 ふむ。今朝のこの交換会には参加せず、午後に単独でチョコを渡すつもりのようだ。


 純架は少し面倒くさげに気のない返事をする。日向が本命チョコを差し出してくる気がありありとみて、わざとつれない態度をとっているようだ。


「ああ、構わないけど」


 英二が俺を手招きした。何かと思って近づくと、こっそり俺の耳元へささやく。


「純架の奴、本気で本命チョコを嫌がってるな」


 俺も微苦笑して小声で答える。


「まあ昨日もそう言ってたしな。一対一の場であっても、絶対受け取らない気なんだろうな」


 日向は純架の感情のこもらない言葉に少し傷ついたようだったが、それでも気丈に頭を下げた。


「よろしくお願いします」


 上がった(おもて)は、もう普段と変わらぬ平静のそれだった。


「あと、朱雀さん、三宮さん、義理チョコですが良かったらどうぞ」




 昼休みになった。純架はそれまでの間に義理チョコを渡しに来た四人の女子――3年4組・中迫由真(なかさこ・ゆま)、2年2組・大原(おおはら)つかさ、1年1組・浮田紀子(うきた・のりこ)、1年2組・柴崎楓(しばさき・かえで)らのクラスと名前をメモに控えていた。ホワイトデーのお返しをするためだという。案外しっかりしてるな。


「これはしかし、結局誰のものか分からなかったね」


 そういって机から取り出したのは、差出人不明の謎の紙包みだった。早朝の部室でのお渡し会が終了し、教室に戻ったところで、純架が自分の机の中に入っていることに気づいたのだ。自分の身分を明かしていないのだから、これも義理なのだろう。


「誰か他の男子の机と間違えた可能性があるね。まあ、今更調べようもないことだけど」


 これに奈緒、結城の義理チョコが加わって、実に7つの義理チョコが揃い踏みした。机の上からはみ出さんばかりのチョコの山に、クラスメイトたちが羨望の眼差しを集中させる。


 噂好き・お祭り好きの久川――結局小枝さんから本命チョコをもらったらしい――が、何故かにやついて純架にアドバイスした。


「おい純架、その謎のチョコから食べ始めてみたらどうだ?」


「これかい? 別にいいけど」


 袋の中から謎のチョコ――チョコアイスボックスクッキーを取り出す。


「いただきます」


 軽くお辞儀して、純架はそれを口に放り込んだ。


 異変はすぐに起こった。何と純架が顔を真っ赤にし、下手なダンスを踊るように椅子から転げ落ちて悶絶したのだ。俺は血相を変えて彼を抱きかかえた。


「ど、どうした純架! 毒でも入ってたのか?」


 彼は頬を朱にして大きく叫んだ。


「かっ、辛いぃ!」


 純架の反応で教室が大爆笑に包まれた。俺も奈緒も、というか『探偵部』メンバーは誰一人この展開についていけず、ことのなりゆきに戸惑った。ともかく俺は純架を助けるべく、まだ手をつけていなかったホットコーヒーの缶を開け、彼に飲ませた。


 純架はこの寒いのに汗だくだ。教室内にはまだ失笑の余熱がくすぶっている。俺は苛立ちながら残りの謎チョコのうち一つを割ってみた。唐辛子の塊が上手い具合にチョコでコーティングされている。こんなもの食ったら、そりゃ苦悶するわな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ