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学園ミステリ〜桐木純架  作者: よなぷー
学校行事と探偵部
127/156

0132激辛バレンタイン事件01☆

   (四)激辛バレンタイン事件




 2月13日。そう、リア充が非リア充を傲岸不遜(ごうがんふそん)に見下ろすことができる、男にとっても女にとっても勝負の日、セントバレンタインデーの前日である。


 俺は果たしてバレンタインチョコをもらうことが出来るのだろうか?――もちろん、心の底から大好きな奈緒から……。今の関係でいえば義理チョコが関の山だが、それでも受け取れれば嬉しいことに間違いはない。


 そんなわけで、明日をめぐる男女の駆け引きが行なわれているであろう1年3組を立ち去り、今日も『探偵部』部室に向かった俺は、先に到着していた奈緒の横顔を目の当たりにしてほっと安堵するのであった。明日いきなり風邪を引いて休みとかなしだからな、奈緒。


 その彼女は、何やら部長である純架と話し合っていた。到着早々、その声言葉が聞こえてくる。


「ね、いいでしょ桐木君。私たち女子メンバーは、早く帰宅してチョコを用意したいのよ」


「集まったばかりなのにもう帰宅するのかい」


 純架は椅子に深く腰掛け、机に肘をついていた。そこへ立ったままの奈緒がお願いをしているという構図だ。他の部員は全て揃っており、どうやら俺が最後の一人だったらしい。


 奈緒が俺の到着に、こちらを見て軽く頬を(ほころ)ばせた。俺も相好を崩す。やっぱり可愛いな、奈緒は。彼女はまた純架に正対した。


「私はこれから男子への義理チョコを用意しなくちゃいけないんだ。忙しいのよ、こっちは」


 純架が肩をすくめて微笑した。


「いいよ、別に女子の楽しみを削ぐこともない。全員集合したばかりで何だけど、今日の部活動はもう切り上げるとしようか」


 奈緒が器用に指を鳴らした。


「さすが桐木君、話が分かる!」


 そこで俺の背後から褐色の竜巻が乱入してきた。他校の白いセーラー服は、もちろん台真菜だ。急激にげっそりする純架目掛けて、彼女は走り幅跳びのように跳躍して眼前に降り立った。片膝をつき、うやうやしく茶色い箱を差し出す。


「純架様、明日は都合がつかないので、前日の今日持ってきました! あたしの本命バレンタインチョコです! どうぞ受け取ってください!」


 全『探偵部』部員がうんざりする中、純架は冷静に真菜をあしらった。


「悪いけど、台さんでも他の誰であっても、本命チョコだけは受け取れないね」


 真菜の表情に落胆と失望が波立つのを、あえて無視したようだ。


「僕の楽しみは謎解きで、それを阻害する要素を作ることは願い下げなんだ。たとえば恋愛とか、考えただけでも身の毛がよだつよ。恥ずかしい劣情で正確な推理が出来なくなってしまったら、僕は生きている価値さえ失ってしまう。というわけだから台さん、了解してくれたまえ」


 真菜は純架の手を取って頬ずりした。


「純架様、つれないです。本当は欲しいのでしょう?」


 純架は言葉の通じない類人猿を目の前にしているかのように、大げさにしょげた。


「おい英二君、彼女に何とか言ってくれたまえ」


 英二は結城に肩をマッサージさせている。凝り性なのか?


「俺は結城からもらえるから他人事だな。自分で何とかしろ。なあ結城?」


 肘でぐりぐり穴をうがつように、結城はご主人様の僧帽筋(そうぼうきん)を揉み解していた。


「ふふっ、そうですね。私も明日は生まれて初めて本命チョコを差し上げますので、結構楽しみです」


「俺の味覚を満足させられるか、挑戦して来い、結城」


「はい、英二様」


 2人はすっかり恋人生活を満喫しているようだ。純架は救いの手が差し伸べられないことを知って、チョコを押し付けてくる真菜を押しのけるのに実力をもってした。


「台さん、それが義理チョコだというのなら受け付けるよ。そうではなく、あくまで本命だとするのであれば、このまま帰ってほしいな」


「そんなぁ……」


 真菜は今度は嘘泣きモードに入った。幼児でも判別できるであろう稚拙な泣き真似に、純架は途方に暮れる。


 と、そのときだ。


「うーてーなー……」


「えっ?」


 なんと幽霊の白石まどかが、両足を折り曲げて宙に浮いたまま、真菜の眼前に現れたのだ。突如視界に飛び込んできた浮遊する人間に、真菜は魂消(たまげ)てすくみ上がった。


「ば、化け物っ!」


 まどかは折り畳んだ腕から両手を垂らしながら、不気味な顔芸をして肉迫する。


「うてな、取り()いてやるぞー……!」


「ひぃっ!」


 真菜はチョコレートを握り締めたまま、純架も何もかもうっちゃって、出口の外へと疾風のごとく走り去っていった。今度は恐怖で本当に泣いていた。


 闖入者(ちんにゅうしゃ)が逃走した後で、純架はまどかに礼を言った。


「ありがとう、白石さん。ナイスタイミングだったよ」


 まどかは舌を出してはにかんだ。


「純架が困っとったからな。あの台真菜っちゅう奴、これに()りて来なくなるやろ」


「そうであることを願いたいね」


 純架は本当に安堵しているみたいだった。俺はやれやれ、と頭を掻く。


「台さんは強引でしつこくて、ついていけないな……。えっと、後は……辰野さん」


 それまで大人しくデジカメをいじくっていた日向が、俺に話を振られて背筋を伸ばした。俺は面白がって問いかける。


「辰野さんは誰にチョコをあげるんだ?」


「私、ですか」


 教室はしんとなった。純架がコーヒーを(きっ)する音だけが響く。


「私は、その……」


 俺はそういえば、と小首を傾げた。


「純架って今まで本命チョコを貰ったことってあるのか? その美貌ならチョコをあげたいって女子が殺到してもおかしくないはずだけど……」


 純架は首を振った。


「残念というべきか幸運というべきか、僕は本命チョコを貰ったことはないよ。今の1年3組もそうだけど、僕の周りには僕の奇行癖を理解しない女子しか集まらないんだ。中学時代も義理チョコを数人からいただいただけさ。試みに義理チョコさえくれなかった女の子に、僕の何が悪いのか問うてみたんだ。その子はズバリ、『滅茶苦茶気持ち悪い』って、そう答えたよ」


 室内の誰もが納得の表情を浮かべていた。俺は何と言っていいか分からず、


「へえ、意外というか何というか……難しいところだな」


と、無難で後難の恐れがない返事をした。


 純架は口笛でも吹きたそうな気楽な顔だ。過去のことにはこだわらない性格がにじみ出ていた。


「まあさっきも言ったように、本命チョコはいらないね。飯田さんのくれる義理チョコでも楽しむとするよ」


 俺は日向を見た。心なしか、肩を落としているように感じた。


 奈緒が手を叩く。全員が台の残した不快感から救い出された。


「さあさあ、無駄話はおしまいおしまい! 帰ろう、皆! あ、男子は残ってても構わないから」


 そう一方的に述べると、彼女は女性メンバーを引き連れて部室から出て行った。英二へ断りを入れた結城も一緒なのには驚いた。みんな、何だかんだで明日を楽しみにしてるんだな。


 それから俺たち男子メンバーは、ああでもないこうでもないと、1年3組のバレンタインチョコレート戦争を面白がって議論した。噂好き・祭り好きの久川と昨夏から付き合い始めて、今微妙な距離感にある小枝(こえだ)さんの動向には、一見の価値ありと衆目が一致した。くだらない話は2時間余に渡り、喋り疲れた俺たちは、教室に鍵をかけてその場を後にした。




 帰り道、今日を先途と奮い立ってチョコレートを販売するお菓子屋を通り過ぎながら、俺は純架を問いただした。


「なあ純架。本当に台さんや辰野さんの本命チョコを断る気なのか? 非常にもったいないと、俺は思うぞ」


 親友を思う真心溢れた台詞だと、自画自賛する。が、純架はにべもない。


「何度も言うけど、いらないって。だいたい台さんは明言していたからともかく、辰野さんがくれるとは限らないじゃないか。何でそんな話になるんだい」


 俺は『探偵部』会長の鈍さに天を仰いだ。空は漆黒の星空が夕日の勢力を駆逐したところだ。


「お前なあ。辰野さんが純架のことをどうやら気に入ってるらしいって、態度とか雰囲気とかで分かるだろ」


 純架は俺を見上げてまばたきした。


「そうなのかい? 何でまた僕を?」


「さあ。それは自然にというか、何となくというか、曖昧模糊(あいまいもこ)として本人も良く分かってないみたいだけど」


「ふうん」


 こいつ、日向や真菜に好かれても全然いい顔をしないな。本当に自分の推理力を最優先しているらしい。


 純架は禁煙パイポを取り出して口に咥えた。


 そもそも喫煙してないのだから意味がない。


「僕は本命チョコは絶対に受け取らない。義理チョコだったら受け取るけどね。君は他人の心配なんかしてないで、飯田さんから本命チョコを受け取れるよう精進するんだね。まあ今からじゃ間に合わないから、来年の話になるけどさ」




 そして翌朝、バレンタインデー当日。今日はチョコの受け渡しを行なうということで、事件もないのに『探偵部』全員が早朝から集まることになっていた。俺はいつもより早起きして顔を洗い、歯を磨き、食事を摂って、お袋に見送られて家を後にした。隣の家の純架を起こしに行く。


 そこで意識になかった人物に出会った。桐木愛、純架の妹だ。兄とよく似た美少女で、丸い瞳、お茶目な鼻、ませた唇を備えている。全体としてまだあどけなさが残り、髪は黒いセミロング。14歳の中学2年生だ。制服姿だった。


「あ、出てきた出てきた」


 どうやら俺を待ち構えていたらしい。


「はい楼路さん、義理チョコ」

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