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学園ミステリ〜桐木純架  作者: よなぷー
学校行事と探偵部
118/156

0123演劇大会事件07☆

 その2日後。『百花祭』が明日に迫り、体育館では入れ替わり立ち替わり、各クラスがリハーサルに忙しかった。雄之助の1年2組も、俺と純架のいる1年3組も、未完成品を仕上げるべく練習に余念がない。機材や小道具の位置を確認し、音出しのタイミングも点検。照明の明暗切り替えも重要だ。生徒会も緞帳(どんちょう)を上げ下げしたり、クラス名と芝居の題名が書かれた大きい半紙――書道部謹製の代物だ――を上手にめくったりするなど、細部にこだわって打ち合わせしている。


 なんだか、大工が寄り集まって大きな一軒の家を建てているような錯覚に(おちい)りそうだった。


「遂に始まるのか。なんか長いようで短い3週間だったな」


 純架は開いた両手を顔の前に持ってきて、その親指を左右の鼻の穴に引っ掛けた。


「保護者席も開放されるから、大人も一杯観に来るね。さすがの僕も緊張してきたよ」


 どこがだよ。


 舞台には上がらず雑用をこなすという点で、『探偵部』のメンバーは共通している。よってこの日の放課後も部室に全員集合して、明日の対策協議に意見をぶつけ合っていた。1年2組『好きな人へ』出演者をいかにして守るか、という目的のために、知恵を振り絞る。


 そこへ現れたのは、もはやおなじみとなった川勝雄之助。


「今日も机に入ってました」


 純架も慣れた手つきで催促する。


「見せたまえ」


 雄之助から受け取った白い紙には、従来どおりのねじ曲がった字で、こんな文句が書かれていた。




『幹久役を演じながら消え去るがいい』――




 純架は怒りを立ち上らせた。俺の背後に回り込み、勢いよく『膝カックン』を行なう。俺はひざまずくのをかろうじて(こら)え、純架の足を思い切り踏みつけた。


 純架は痛みのあまり、涙を浮かべて足をさする。


「ここで白いノートか! ボールペンの油性インクだし、これは1~2通目と同じ手で最後通牒を突きつけてきたというわけだね」


 英二が深刻な顔で真剣に語った。のっぴきならない、と言いたげだ。


「おい、どうするんだ純架。これを読む限り、犯人は演技途中で川勝を害しようとするつもりのようだぞ。これはもう教師陣や警察に任せるべき案件じゃないのか」


 それを聞いた雄之助が、冗談じゃないとばかりに力強くまくし立てる。


「でも、そうなれば全9通の脅迫状についても話さざるを得なくなりますよ。ここまで来てキャストの変更なんか到底間に合いませんし、最悪舞台自体がなくなるかもしれません。僕はそんなの嫌です。真っ平ごめんです!」


 純架は気性荒く興奮している勇者をなだめた。


「やれやれ、川勝君の根性は見上げたものだね。しょうがない。じゃあ僕らも上演までに犯人を挙げてみせるよ」


 英二が慎重に念押しする。そうせずにはいられなかったのだろう。


「勝算はあるのか、純架」


「ないこともないよ。ただ駄目だったときのことを考えて、我々による役者護衛の配置や分担について計画を練っておこう。犯人が舞台上に乱入することのないように、左右の袖に喧嘩が強い楼路君や菅野さんを配備させる、とかね」


 雄之助が深くお辞儀した。夕暮れの日差しがその背中を這う。


「皆さんにはご迷惑をおかけします。明日は全身全霊をもって岡田幹久を演じたいと思います」


「この前のくじ引きで1年2組は4番手になったんだっけね。頑張って! 応援しているよ」




 そしてとうとう『百花祭』当日がやってきた。各クラスの上演時間は15分から20分と決まっており、間に10分の休憩が入る。緞帳が下りた中、ごく短い時間で舞台装置や背景の一枚絵を交換せねばならず、なかなか大変そうだ。


 劇場となる体育館は、後方が保護者席、前方は生徒席となる。開演10分前に保護者席は埋まり、生徒席は半数しか客がいなかった。皆自分のクラスの演目の最終チェックで忙しいのだ。芝居を終え次第、重圧から解放された生徒たちが座っていくのだろう。


 遂に開演の午前10時を迎える。ここに全12本の演劇が開幕した。トップバッターは3年3組だ。開幕のベルが鳴り響き、窓を締め切った体育館の中、緞帳がゆっくりと上がっていく。舞台が照明で明るくまばゆく照らし出された――


 俺は最後尾の扉の隙間からその様子を眺めると、そっとそこから離れていく。全ての演劇が終了すると、最後は審査員の先生方の評点、客の拍手比べなどで、最優秀賞の『百花賞』が決まる予定だ。マイクで増幅された演者の台詞が、体育館の壁を通して微かに聞こえていた。


 俺ら『探偵部』は午前10時過ぎに部室に集合するよう純架から命じられている。俺は小走りになりながら、旧棟1年5組へ階段を駆け上がっていった。




 時刻は午前10時5分。辿り着いてみると、いつもなら机や椅子が邪魔にされて室内後方へまとめられているのに、今日は純架が並べたのか、普段の教室と同じように設置されていた。しかも今回の事件の関係者が全員着席している。


 飯田奈緒、辰野日向、三宮英二、菅野結城の部員。それから1年2組の役者全員――川勝雄之助、西真紀子、不動賢介、神田晴、石井博之。一人教師然としてたたずむ純架が、眼差しをこちらへ向けた。


「やあ楼路君。遅かったじゃないか。君も空いている席に座りたまえ」


 俺はハテナマークを頭に浮かべながら、窓際の明るい空席に座を占める。風を寄せ付けない窓ガラスから、暖かい陽光が降り注いでいた。誰も使っていない校庭が一望できる。


 雄之助が我慢しきれない、という感じで声を上げた。


「桐木先輩、僕らは『好きな人へ』の最終チェックで忙しいんです。なぜ僕らを今ここに集めたのですか? 犯人が分かったのですか? いい加減教えてください!」


 英二も切れ気味だ。犯人が分かっているなら茶番はよせ、と言わんばかりだった。


「俺も扇風機で舞台上に突風を送る役目があるんだ。手短に終わらせろ、純架」


 しかし『探偵部』会長は慌てない。むしろますます穏やかに、静かになっていく。


「皆、準備はいいね? よろしい。では黒いボールペンとA4でB罫のノートの1ページ分を配るよ」


 真紀子が苛立たしげに純架に問いかけた。この前俺に犯人扱いされてから、『探偵部』への不信感を強めている彼女だ。


「一体何の真似ですか?」


「まあまあ、いいからいいから」


 真紀子をなだめつつ、純架が全員にペンと紙を渡し終えた。黒板を背にすると、こちらを向く。


「これで行き渡ったね。では」


 しわぶきを一つ挟んだ。


「その紙に、自分の名前と『幹久役を降りる』という文章を書いてみてくれたまえ――ただし、左手で」


 賢介がボールペンを左手に握る。明らかに不慣れだった。


「それで何が分かるのか?」


 純架は軽い口調で答える。スナック感覚で重要なことを口走った。


「うん、脅迫状の差出人が、ね」


 室内はどよめき、愕然とする視線が部会長のまなこに集中する。純架はそれを泰然自若(たいぜんじじゃく)に受け止めた。


「時間がないんだ。早速始めてくれたまえ」


 英二が「何で『探偵部』の俺たちまで……」と、総意をぼやく。


 俺を含めた10人は、言われたとおりに左手で名前と文を書いた。たどたどしい筆記だった――と思いきや、博之だけはすらすらと書いている。しばらく経ち、全員が書き終えてペンを置いたのを見ると、純架はまるで先生のように両手を後ろで組んで歩き出した。


 その足が博之の側で止まる。チャラい男の紙を覗き込み、白々しい大声を発した。


「おやおや石井博之君! 随分と立派な文字じゃないか。君は左利きなんだね」


「ああ、そうだよ」


 博之はあっけなく答える。特に警戒心もないようだった。


「右手で書くと犯人っぽくなるかな?」


「何だよ桐木。俺が脅迫状を書いたとでも?」


 英二がいらいらと回答を急かす。


「どうなんだ、純架」


 会長は背筋を伸ばし、博之の肩を軽く叩いた。


「そうだね、石井君は白だろう。彼のチャラさは天然だ。何通も脅迫状を書いて執拗に机に投函するような行為を、彼がするとも思えない。それに4通同時のときの文面。いちいち文章を変える知性など、およそ石井君にふさわしくないね」


「ははは、俺、けなされてるし」


 純架はまた歩き出す。次に立ち止まったのは真紀子の(かたわ)らだ。彼女は何となしに青ざめていた。


「西真紀子さん、右手が利き腕の君にとって、名前と『幹久役を降りる』の文字は拙いね。……僕のこの同時にきた4通の脅迫状」


 足音高く黒板前に戻り、鞄を(あさ)る。取り出した4枚の紙を俺たちに見せ付けた。




『幹久役を降りなければ死の深淵に投げ込まれる』


『みなも役を降りなければ死者の列に加わる』


『父役を降りなければ命が絶たれる』


『母役を降りなければ誅殺される』




「皆、西さんの紙を見たまえ。この4通の脅迫状と文字が同じだよね?」


 俺たちは立ち上がり、真紀子の紙を首を伸ばして覗き込んだ。真紀子のうなじは怒りか絶望か、真っ赤に染まっている。


 奈緒を筆頭に、全員が口々に否定した。


「いや、『幹久役』の字は違うわよ」


 純架は動じない。ん? どういうことだ?


「それは今回の実験に内心焦り、身をかわすため、頭をフル回転させて書き方を変えたんだよ。犯人の、西さんがね」


 真紀子が全員の視線にめった刺しにされる。彼女は激高して立ち上がり、まだ4通の脅迫状を見せ続けている純架に猛抗議した。


「何でそんなこと決め付けられるんですか! 飯田さんたちの言う通り、犯人と私とでは字が違うでしょう!」


 純架はにやりと笑った。あくまで想定内の反論らしい。


「そう、『幹久役』は違うかもしれない。でも『る』の文字を見てごらん。この4枚の紙片の最後の『る』と、君が今しがた書いた『降りる』の『る』は、瓜二つといっていいほど似ているじゃないか」


 俺は見比べてみた。本当だ、入り方から丸め方まで全く一緒だ。真紀子が青ざめる。


「そ、それは……」


「さっき僕から記せと言われたときは、内心焦って、脅迫状に書いた『幹久役』の文字とは違う感じにしたためようと注意し過ぎたんだろう。同じく脅迫状に記した『る』の文字の改変は忘れてしまったんだね」

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