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学園ミステリ〜桐木純架  作者: よなぷー
学校行事と探偵部
117/156

0122演劇大会事件06☆

「いや、それはまあ、いい気はしないけど。ただ親友の川勝雄之助が、僕より遥かに多い4回もの脅迫を受けているのに、まるで動じずひたむきに練習しているからね。あいつが出る以上は俺も後には引きたくない」


 奈緒が彼の精神に素直に感動していた。


「強情なのね」


 賢介は微笑みながら鼻の下を擦った。若干照れているようだ。


「あいつは仲間ですから」


 続いて神田晴が、賢介と入れ替わりに廊下へ出てきた。みなもの母役だ。俺は尋ねた。


「神田、脅迫状みたいなものを受け取るのは人生初か?」


「ええ。どこの馬鹿がこんなくだらない真似をしたのかと、頭にきているわ」


 晴はその言葉通り、随分と(いきどお)っているようだ。日向がやや気圧され気味に質問する。


「神田さんは西さんや不動さんと同じく、降板する気はないんですね?」


「当たり前よ。犯人が誰でどんな動機でこんなことをしでかしたのかは分からないけど、ともかくあたしは負けたくない。『好きな人へ』、必ず成功させてみせるわ」


 最後は石井博之。医者役だ。彼だけは何の脅しも届いていないので気楽そうだった。俺は一応聞いてみる。


「石井はやっぱり与えられた役を演じるんだな?」


「ああ。まあ当然だけどな」


 調子よく切れ味鋭い回答だった。日向が前の3人のとき同様にメモを取る。彼女は掛け持ちで新聞部もやっているからか、その姿には風格があった。


「1年2組の生徒、特にキャストの人間関係について、何か知ってることはありませんか? 細かいことでもいいんですが」


 博之はにやにや笑い、「どうしよっかなぁ」ともったいぶる。奈緒が首を傾げた。


「何よ、その思わせぶりな態度は」


「いやあ、まだ話していないこと、あるんだけどねえ。川勝とは関係ないことなんで、今まで黙ってたんだけどね」


 俺は前傾姿勢になった。


「何かあるなら言えって。秘密は守るからさ」


「そうだなあ……」


 余裕たっぷりに俺たちを眺め渡す。注目を浴びるのが快感らしい。俺は辛抱強く待った。


「じゃ、特別に話しちゃおうかな。実は俺、中学時代に西真紀子と同じ学校に通っていたんだよ。で、何かあいつ、清純そうっていうのかな? それで好きになっちゃったんだよね」


「おお、新事実だ! で? それで告白とかはしたのか?」


 食いつかざるを得ない俺を、博之はまるで荒馬をなだめるように制す。


「まあまあ。俺は紳士だからね。自信もあったんで、ある日告ったんだ。結果は……」


 また俺らを見渡した。三対の視線を受け、それがあたかも心地よいかのようにどっしりと受け止める。


「結果はオーケー! 俺と真紀子は付き合い出したんだ。まあ余裕だったね」


 千里の道も一歩から。事件に関係なさそうな情報でも、とにかく足を使って拾い集めてくるのが『探偵部』の基本である――と、思う。そうしてまとめられた知識から、事件の真相を暴いていくのだ。


 日向が熱心にシャーペンを走らせた。メモ帳のページがまたたく間に埋まっていく。


「それでどうなったんですか?」


「でもまあ、実際に2人でデートとかに行って、俺思ったんだよね。何かこいつ、辛気臭い上にまるで面白くないなって」


 俺は真紀子への酷評に気分を悪くした。しかし博之らしい切り捨て方でもある。


「酷いこと言うなぁ」


「で、これ以上は付き合えないと、早々に俺から別れを切り出したんだ。真紀子、泣いてたね。ま、それで以降は他人同士になった。真紀子は多分、今でも根に持っていると思うよ」


 日向が珍しくいらいらしていた。さすがに不快感を覚えたらしい。


「細かいことでもいいって言いましたが、ずいぶんな話ですね」


 博之はどこ吹く風で、けたけた笑った。


「だから真紀子は今回、川勝や皆を降板させてゴタゴタにさせることで、俺の晴れ舞台を台無しにしようとしているんじゃないかね。俺に振られた仕返しに」


 俺はあっさりと矛盾を指摘する。


「いや、振られた仕返しをするなら、お前にだけ脅迫状を送りつけるだろ」


「ああ、そうだな。それは気付かなかった」


「今は別れたままなんだよな?」


 博之はまんざらでもなさそうな顔をした。


「いやあ、それがねえ。稽古で見せる真紀子の演技は、これがあの根暗なあいつかと思うほど生き生きしていて、惚れ惚れするものがあるんだよね。犯人じゃなければ、また付き合ってやってもいいかな、とか思っちゃったりして」




「……というわけだ、純架、皆」


 俺は放課後の部室で、昼休みの聴取の結果報告をした。純架はしなやかに腕を組む。


「ふむ、役者は全員やる気なんだね。僕らも後には退()けないな」


 英二が不可解そうに眉をねじ曲げた。足を組んで椅子に座る様は、年端(としは)のいかない小学生のように見える。


「西は自分は犯人ではない、と明言したか。ふむ……」


 俺は博之の話を脳裏に再生させた。ちゃらい話し方が輪郭を取ると、気分が悪くなってきた。


「振られて恨んでいる相手の石井には脅迫状を出さず、他の自分を含めた4名に脅迫状を出すなんて、ますます線は薄いぞ、英二。西は多分違うと思う」


 英二が渋々(しぶしぶ)賛意を示した。


「そうだな、今は俺も西は無関係だと考える。ここまで聞き込みをしてきたのに、川勝と西との間には何も出てこなかったじゃないか。ただ同じ舞台に立つということだけで」


 西犯人説は捨てたらしい。


「まだまだ絞り切れないな。キャストだけでなく、もっと広く深く1年2組の人間関係を調べておくべきだろう」


 純架が一人ジェンガを楽しんでいる。


 渋い趣味だな。


「うん、引き続き皆、聞き込みを頑張ってくれたまえ。あんまり同じ顔が行くと他の生徒が脅迫状に勘付いてしまうから、今度は僕の番としよう」




 しかし新事実は発見されず、何事も起きないままいたずらに時が過ぎていった。


 そうして開催3日前。雄之助が自身5通目、全体8通目となる脅迫状を持って部室に現れたのだった。


「また投函されました。見てください」


 純架がゴジラの着ぐるみから汗だくの顔を出した。


 何の撮影だよ。


 ノートの切れ端を受け取る。もはや恒例行事に思えてきた。


「またかね! 犯人は随分しつこい奴だね。どれどれ……」


 B罫ノートから千切り取った一枚だ。今までのより全体的に字がとても小さい。これまた別人が書いたもののように思われた。




『幹久役を降りなければ酷い目に遭う』――




「黒のゲルインクのボールペンで書き殴られているね。これは相変わらずの乱雑な筆跡だ。またしても利き腕じゃない方で記したんだろう。単独の犯人が狙ってややこしくしているのか。それともそのまま、以前の脅迫者とはまた別の人物が現れたと見るべきか」


 英二が推理する。それは真相に迫るものというより、純架の思索を深める触媒のようだった。


「犯人は複数の人間によるいじめグループ、と見なすこともできるな。そうであれば、川勝個人を狙うのも、毎回ペンやノートや筆跡が違うのも、納得できる気がしないか?」


 純架はこの意見をはねつけた。


「いや、それなら『川勝君が幹久役を降板する』との内容にこだわる意味が分からない。川勝君が降りたら、自分たちにお役目が回ってくるかもしれないんだよ。しかも後3日という状況で。犯人が男で、主役の幹久役を川勝君から強奪したいと考えているなら、もう制限時間はとっくに過ぎてる。それに今更主人公のキャストが変更されたら、その変わった人間が犯人と見なされる蓋然性は高い。そんな危ない橋を、犯人が渡るとは思えないよ。犯人がグループで、今まで活動してきたなら尚更さ」


 純架は指先で机をコツコツと叩いた。


「それに川勝君は嫌がらせを受けるような覚えがないと、最初に言っていたじゃないか。第一、川勝君以外のキャストの机にも脅迫状を投げ込んだ理由が判然としないよ」


 英二は鏡を見て身だしなみを整えるように、純架の反論を呼び込んで自分の考えをまとめるようだった。


「ふむ、そうか……」


 ここで雄之助が片手を挙げた。


「あの、桐木さん。お話したいことがあります」


「何だね?」


「思い当たることがあるんですが、ちょっと個人的なことなので、部長の桐木さんにだけ申し上げたいんです」


 この言に奈緒が不平を漏らす。その気持ちは他の部員たちも同じだったろう。


「何よ、私たちは()け者?」


「すみません。ただ、桐木さんがこれを他人に話しても良いと考えたなら、後で打ち明けます。今のところは内密にしておいてほしいんです」


 純架が立ち上がった。と思いきや、また座る。かと思えば、また腰を浮かした。


「スクワット!」


 家でやれ。


「気になるね。じゃあ部室の外で話そう」


「はい」


 2人は廊下に出ると、ドアをぴしゃりと閉めた。透明なガラスの向こうで純架に耳打ちする雄之助の姿が見える。数分が経過した。やがてひそひそ話を終えた彼らは、再び部室に入ってきた。


 純架は上機嫌だった。


「なかなか興味深い話だったよ。時が来たとみたら、話しちゃってもいいんだよね、川勝君?」


「はい、お任せします」


 俺も他の会員も不満げだった。英二がぶうたれる。


「それまで俺たちは蚊帳(かや)の外ってわけか?」


「申し訳ないね。……ともかく、3日後の『百花祭』では『探偵部』総出で1年2組のキャストを、川勝君を守るよ。いいね、皆」

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