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学園ミステリ〜桐木純架  作者: よなぷー
学校行事と探偵部
111/156

0116生徒会長選挙事件08☆

 袋の中には、職員室で目の当たりにした巾着袋と同種のものが6個入っており、中には投票用紙――無論こちらが本物だ――が入っていた。


 純架は地べたに正座して神妙にしている浦部先生を問い詰めた。


「先生、今までこれをどこに隠していたんですか?」


 初老の男はうなだれている。


「職員室の自分の机だ。いずれ燃えるゴミとして投棄しようと思っていたが、頃合いを掴めなかった」


 純架は怒っていた。そりゃそうだ、票のすり替えなんかされたら選挙をすること自体意味がなくなる。自然、語調もきつくなった。


「なぜすり替えなんて真似を?」


 浦部先生がきつく目を瞑る。膝に置いた両拳がわなわなと震えた。


「俺は生徒の小向を、どうしても勝たせてやりたかった。彼女が生徒会長になれば、その担任である俺にも(はく)がつくというものだからな」


 純架が嘘は許さない、と厳しく追及する。


「それだけなはずがないでしょう。その程度の理由でこんな危険な、失敗すれば権威が失墜するような犯罪を犯すわけがない」


 沈黙が訪れた。しかしそれも長いことではない。やがて浦部先生が両手で顔を(ぬぐ)い、本音を吐露した。


「俺は小向夏樹が好きなんだ」


 語尾も体も震えている。


「俺には妻も子供もいるが、2年2組の担任になってからというもの、無性に彼女が愛おしくなった。目の中に入れても痛くないぐらいにな。だから、何としても当選させてやりたかった。進級で離れ離れになる前に、最高のプレゼントを贈ってやりたかったんだ……」


 純架の元にあるビニール袋を恨めしく眺めた。


「だから偽物の投票用紙を自宅のプリンターで作成し、偽物の巾着袋に収めた。小向が当選するよう計算して丸印をつけて、な。そうして投票日、本物の巾着袋6つが職員室に集まってから、どうにかしてすり替えよう、すり替えようと隙をうかがい――それにまんまと成功したというわけだ」


 純架は自分の肩を叩く。()らざるを得ない、彼の肩だった。


「どうしようもないお話ですね……。以上がこの事件の全貌だよ、楼路君」




 事は校長の耳にまで及んだらしく、浦部先生は減給と謹慎の処分を受けた。もっとも何故そうなったかについては、生徒たちには伝えられない。真相を知るごく一部のものたちは、教師陣の()いた緘口令(かんこうれい)に従ったのだ。


 一方、本物の巾着袋から取り出された本物の投票用紙を開票すると、得票は小向先輩94票、輪島先輩33票、友里115票と、友里の僅差勝利という結果になった。それは改めて掲示板に表示され、今度は俺たちが小向先輩陣営相手に優越感に浸る。


 矢那橋先輩が苛立ちを隠さず、純架に詰問した。


「一体なんで再集計されたんだ? なぜこんな結果になる? 貴様らが何か仕出かしたんじゃないのか?」


「僕は言いましたよね、これは不正選挙だと。それが明るみになり、最終的に正しく票がカウントされたんです。ただそれだけのことですよ」


 小向先輩は緘口令に服する一人だ。まだ何やら言いたげな矢那橋先輩、小暮先輩、中園先輩を制して、高梨友里に手を差し出した。


「私の負けよ。生徒会長、頑張りなさい。私と輪島君がサポートするから、ね?」


 友里は感激したらしく、涙目で握手した。この瞬間に、敵対心は水流を受けた埃のように流されていく。


「ありがとうございます!」


 そして新聞部はこの結果を壁新聞で大々的に報じ、またしても『渋山台高校生徒新聞』号外が配られるという始末となった。


 今度は『新生徒会長は1年3組高梨友里!』との見出しを載せて……




「本当に皆さんにはお世話になりました!」


 友里の明るい声が響き渡ると、俺たち『探偵部』のメンバーは盛大な拍手で彼女を祝福した。ここ『探偵部』部室は簡単な祝勝会の場と化していた。


 純架がクラッカーを鳴らして微笑む。


「色々あったけど、我がクラスから我が部の支援で新生徒会長が出るなんて、本当に嬉しいよ。振り返れば苦しくも楽しい選挙戦だったね。おめでとう、高梨さん」


 俺は鼻の下を指でこすった。歓喜の輪に加わるとはかくも嬉しいものか。


「2年になって、また同じクラスになれるかどうかは分からないけれど、とりあえず頑張って」


 奈緒が友里相手に謙遜(けんそん)する。


「友里ちゃんの努力の正当な成果だよ。私たちはほんの後押しをしただけだから」


 英二はニヤリと笑った。秀麗な顔に見事な曲線が描かれる。


「新3年の二人を副会長としてこき使うのは楽しいぞ。せいぜいエンジョイしろよ」


 結城もつられたように口端を緩めた。


「高梨さんは我々の誇りです。胸を張って送り出せます」


 日向が友里を激写する。後で新聞に使うつもりらしく、今日はまるで専属カメラマンだ。


「私たち新聞部も改めて注目されて、ウィンウィンの関係です。本当に良かった」


 純架が手を叩いた。三三七拍子だったが、誰一人その意味は分からない。本人も分かっていないようだ。


 白昼夢でも見てるのか?


「じゃ、乾杯といこうか。皆、飲みものを持って」


 カップにはコーヒー、紅茶、お茶など、各人各様の温かい飲料が注がれている。それを天に掲げ、純架が発声の音頭を取った。


「高梨友里さん、新生徒会長、ばんざーい!」


「ばんざーい!」


 一人だけ言わない者がいた。主役の友里だ。彼女は感極まって、また泣いてしまっていた。


「ば……ばんじゃーい……うええぇん」


 皆がその様を見て微笑ましい顔つきになる。


「ありがとうございます、『探偵部』の皆さん……。私、皆が大好きです!」


 奈緒や日向がもらい泣きする。純架がお菓子をつまみながら、俺にささやいた。


「君がこの前やってた多人数将棋、あれ、僕もやってみたくなったよ」


「そりゃまた、何で?」


「やっぱり人間、勝つにせよ負けるにせよ、群れて競い合う以上に素晴らしいことはないんだよ。それが平和的なものである限りは、ね」

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