0115生徒会長選挙事件07☆
ふと俺たちの目的に気付いたらしく、顔をしかめる。
「お前ら『探偵部』だな。選挙で特におかしなことは、僕の考える限りなかったぞ。まあうちの高梨が当選しなかったのは残念だったが、それで疑いの目を向けるのは若干やり過ぎじゃないか?」
純架は意にも介さなった。とことんまで追及する気概に満ち溢れている。
「その巾着袋はどこにありますか、先生」
「ああ、選挙が終わったから触ったりしても構わんぞ。どれ」
椅子から立ち上がった宮古先生は、隅の棚の上に積まれている巾着袋6枚まで案内した。
「全く熱心なのは良いことか悪いことか……。とりあえず思う存分調べればいい」
「そうします。中身の票はもう捨ててしまったんですか?」
「いや、別に段ボール箱の中にしまってある。後で数え直しでもする気か?」
「はい、そのつもりです」
宮古先生は頭をがりがり掻いた。
「やれやれ、お前らの熱意にはかなわんな。勝手にやれ」
そうして純架はまず巾着袋を調べた。俺が昨日教室で感じたことと同じ事を口走る。
「真新しいね。最近買ったものかな?」
宮古先生が耳を澄ませていたらしく、遠くから答えた。
「今回の選挙のために、選挙実行委員会の生徒がわざわざ駅前のデパートに行って購入したそうだぞ。まだ新品そのものだ」
「お答えありがとうございます。どうだね、楼路君、飯田さん。おかしな箇所はあるかい?」
俺も奈緒も巾着袋をとっかえひっかえ、丁寧に徹底的に調べ尽くした。だが隠しポケットや秘密の穴などは見つからない。出入りは口の一つしかできず、紐を縛ればそれもすぐ閉じる。
俺は諦めて袋を元に戻した。
「問題ないな」
事実は事実である。奈緒が仕方なさそうに追従した。
「こっちも。どうも巾着袋自体に細工はないみたいね」
純架はさして残念がる風でもなかった。
「次はダンボール箱の中の票だ。皆を呼んで、手分けして数え直そう」
俺たち『探偵部』6人が、借りた会議室に集合した。段ボール箱を傾けて机の上に広げた二百数十票。これら投票用紙を分担して数えるためだ。
「地味でつまらないな……」
俺の嘆きを英二が斬り捨てた。
「さっさとやれ」
「へいへい」
俺たちは小向先輩、輪島先輩、友里――と、用紙を仕分けていく。ホワイトボードに結果を書き記していった。
かくして全てを数え終えたが、得票結果は掲示板の表示と全く同じだった。すなわち小向夏樹149票、輪島陽太22票、高梨友里71票……
これにはさすがにとどめを刺されたか、一同は意気消沈する。俺は天井を仰いで長く息を吐いた。
「どうやら不正選挙ではなかったようだな、純架。悔しいがここまでだ」
しかし純架は、既に調べ終えた投票用紙を次から次へと検め始めた。何かが引っ掛かっているらしい。
「これはおかしいぞ。楼路君、君は紙に丸を描くとき、どこから描写し始める?」
「ええと……そうだな、上から反時計回りかな」
「英二君、君は?」
「俺は下から時計回りだな」
純架は意味ありげにうなずいた。
「そう、普通丸の描き方は人により千差万別さ。左利きの人もいれば右利きの人もいるしね。だが今回の投票用紙は――少なくとも僕が見た範囲内では全て――同じ『下から時計回り』で丸が記されている」
日向や奈緒がその言葉に驚いて改めて紙に目を通し、揃って声を上げた。
「本当です。全部同じ丸です」
「まるで誰か一人の人物が残らず書きなぐったみたい――」
純架はポケットからパイプを取り出し、口に咥えて一呼吸した。中身は何も詰まっていないらしい。
「皆、票を片付けてもう一度聞き込みだ。巾着袋が新しいことも併せて、これは袋のすり替えが行なわれた可能性がある」
俺たちはどよめいた。
「マジかよ」
純架は今度は1年1組担任・青柳龍先生に、改めて巾着袋の動きを確かめた。職員室にぞろぞろ押しかけてきた俺たちに、最初は面食らっていた彼も、請われて記憶の畑を掘り返す。
「そうだな、6人の教師が巾着袋を持ってじかに会議室に行ったわけじゃない」
純架が心持ち前傾姿勢になる。
「というと?」
「一度この職員室に持ち帰って、一箇所に集めておいてから、改めて会議室へ運んだんだ。会議室の鍵はその時点ではまだ開けられていなかったからな」
猟犬と化した『探偵部』会長は、ここぞとばかりに重ねて聞いた。
「そのとき巾着袋6個から目を離した瞬間はありませんでしたか?」
青柳先生はそういえば、と言い、
「早速開票しようと、皆で会議室に向かったんだ。2年2組担任の浦部正隆先生が最後になってな。そのとき巾着袋は彼が持ってくることになったんだ――思い出したぞ。確かそうだった」
「浦部先生が最後? 小向先輩の所属する2年2組担任が、最後?」
この純架の言葉に、青柳先生の顔から血の気が引いた。かすれた声で生徒を問いただす。
「おい、まさかお前、浦部先生が何かしたとでも?」
純架は標的を見定めた精悍な面構えだった。
「浦部先生の居場所はどこですか?」
俺と純架は生徒指導室に踏み込んだ。そこでは小向夏樹先輩と向かい合って、浦部正隆先生が談笑していた。二人が俺たちの突然の来訪に驚く。
「な、何?」
純架は全く怯むことなく言語の斬撃を浴びせた――あくまで丁重に。
「少々いいですか? ……浦部先生。正直に答えてください」
名前を呼ばれて、浦部先生は顔色を悪くした。
「な、何だ」
純架は「ウッキー」と猿の物真似をしてから、そのことには一切触れずに言った。
「あなたは自分の生徒であるそこの小向先輩を当選させるため、実行委員会が購入した巾着袋6枚と全く同じ商品を6枚用意しましたね? そしてその中に、約240枚の嘘の投票用紙――今回開票されたもの――を入れて、何食わぬ顔で本物とすり替えたんです。皆が会議室に向かって、一瞬職員室があなた一人だけとなった隙をついて……」
浦部先生はみるみる真っ白い顔になる。説得力に乏しい声で抗弁した。
「まさか。俺がそんな真似するわけないだろう。選挙はあくまで公正公平に行なわれたんだ」
純架はいきなりスマホを取り出し、その内臓カメラで浦部先生を撮影した。彼は瞬間、激しい炎を両目にまたたかせた。
「何をする!」
「後で実行委員会の役員さんから、最初の6枚の巾着袋をどこの店で購入したか聞き出します。それらは学校の経費でまかなったものですから、校内のどこかにレシートが残っているでしょうし、特定は簡単でしょう。そして僕らはその店へ出向き、今撮った先生の写真を見せて『この人が巾着袋を6つ、新たに買いましたよね?』と尋ねます。それで店員がうなずいたら、もう逃げられませんよ」
浦部先生はこちらの憐憫を誘うぐらい狼狽し、うめくように一言だけ口にした。
「馬鹿な」
純架は蔑みの視線を投げかけている。
「このすり替えは本物の巾着袋がまだ新しいものであったことから可能なトリックです。年月を経てすり切れたものではこう上手くはいかなかったでしょう。何なら実行委員会へ巾着袋の新規購入を提案した人物を調べてみてもいいかもしれませんね。案外浦部先生だったりして」
「…………」
「では、我々はこれで。楽しみに待っていてください、先生。あ、吐く気になったら早いうちにどうぞ」
彫像のように固まり指一本動かせないでいる浦部先生に背を向け、純架は立ち去ろうとした。その背中に小向先輩の怒鳴り声が被さる。
「待ってよ! 私が不正選挙で勝ったとでも言うの?」
「それも!」
純架は振り向かずに答えた。
「――それも、本物の票を手に入れれば判明します。もしかしたらそっちでも勝ってるかもしれませんしね。こればっかりは僕でも読めません。それでは」
俺と純架は生徒指導室を後にする。どちらも追ってはこなかった。今頃小向先輩と浦部先生は揉めているのだろうか。
「なあ純架、あれで良かったのか?」
部長は俺の耳に小声でささやく。
「楼路君、これは賭けだよ。……それじゃ、久々に張り込みといこうじゃないか」
「はあ?」
「君もついてきたまえ。僕一人じゃ不安だからね」
「大捕り物なのか?」
「まあそんなとこ。行こう」
純架はそのまま1階のゴミ収集場へ辿り着くと、そこがよく見える物陰へと身を隠した。俺は彼の行動の意味が理解できない。
「張り込みって、こんなところで誰を待つんだ?」
「待てば分かるよ。さあ、君も隠れて」
俺は純架と共に暗がりへ体を寄せる。彼はもう一言も発さず、ただゴミ収集場を眺めていた。
10分ほど経過した頃、純架が拳を握った。
「静かに。ようやく『彼』が来た」
何とさっき純架に挑発された浦部先生が、焦った表情で人目を忍ぶように、大きな黒いビニール袋を提げてやってきたのである。彼は周囲をきょろきょろ落ち着きなく見渡すと、『燃えるゴミ』の蓋を開け、ビニール袋を今まさに投下せんと担ぎ上げた。
そこで純架が飛び出し、「そこまで!」と叫ぶ。浦部先生は心臓を刺されたかのように飛び上がり、40歳も年下の少年に凍りついた視線を向けた。
純架は俺を従え教師のもとへ駆け寄る。浦部先生からビニール袋をひったくった。
「やはりまだ隠し持っていたんですね、本物の票を。手間がかからずに済みました」




