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学園ミステリ〜桐木純架  作者: よなぷー
学校行事と探偵部
107/156

0112生徒会長選挙事件04☆

「だね。どうしようか?」


 そんな中、友里が意を決したように進み出て、輪島先輩の目前に立った。先輩は再び土下座する。


「頼む、頼む高梨友里!」


「輪島先輩……」


 友里がしゃがみ込み、輪島先輩の肩を優しく叩いた。これを承認の意思の表れと取ったか、輪島先輩は随喜に満ちた面を上げる。見てるこちらが恥ずかしくなる態度だった。


「おお! 決心してくれたか!」


 友里はしかし、静かに首を振る。


「いいえ。私は決して辞退なんかしません。ごめんなさい。お引き取りを……」


 輪島先輩の表情がみるみる強張った。憤怒が安堵を駆逐し、地獄の餓鬼の様相を呈する。


「何でじゃあ! 高梨友里! わしの言うことが聞けんっちゅうのかあ!」


 迷惑極まりない大音じょうが室内に響き渡った。まるで駄々っ子がわがままを通そうとするかのようだ。


「はい。すみませんが……」


 友里はしかし、恐れをなすこともなく冷静に、なだめるように答えた。それが消火剤の役割を果たしたか、輪島先輩は唇を噛み締め鎮火していく。


「わけを……わけを聞こうじゃないか。なぜ辞退してくれんのか、そのわけを」


 友里は透き通った声で答えた。1ミクロンの汚れもない、澄んだ響き。


「兄に追いつきたいからです」


「は?」


 輪島先輩が呆けたように口を開けっ放した。友里は丁寧に説明する。


「私には年の離れた、現在社会人の兄、高梨雄治(たかなし・ゆうじ)がいます。私は彼を慕っています。彼は5年前、この渋山台高校3年生のとき、生徒会長を務めました」


 ほう、これは俺も知らなかった。『探偵部』メンバーも初耳らしく、女候補の話にじっと聞き入っている。


「兄は皆の嫌がる仕事を進んで引き受け、心無い文句や非難に屈せず、1年間の任期をまっとうしようと努力しました。ある日私は兄に尋ねました。何故そこまでして生徒会長職を務めるのか、と」


 輪島先輩は「いつまで話してるの?」と言いたげな、うざそうな顔をしていた。この人、自分が話すときにはあれだけ情熱的だったのに、いざ聞く側に回ると非情だな。


 友里は気付かないらしくとうとうと続ける。


「兄は答えました。『だって、世の中は人と人との結びつきで出来てるだろ? 小さいところでは俺たちは兄妹だし、この家は家族だし、企業も宗教も社会全体でさえ、その原則からは外れていない。人間同士の交流こそが世界の(かなめ)なんだ。それをより良くしようとすることは、一番立派で大切な仕事なんだよ。……格好いいこと言ったけど、要は生徒会長として頑張るってことは、つまりは俺の生きがいってわけさ。分かったか?』」


 俺はこの話に感心した。それだけ目的意識を持っていたなら、生徒会長の雑務も苦にはならなかっただろう。


「そして兄は、卒業と共に無事任期を満了し、後輩に道を譲りました。私はそんな彼の背中に憧れたんです。私もこの渋山台高校に入学したからには、生徒会長になってみんなのために働こう、汗水流そう、とそう決めました」


 友里は立ち上がり、正確に二歩後退した。両膝をついて見上げる輪島先輩に、堂々と言い放つ。


「私のこの決意は揺らぎません。輪島先輩、お引き取りを。正々堂々選挙を戦いましょう」


 話は終わった。輪島先輩はもはや自分の行為が無駄で無益とさとったのか、ぶつぶつ言いながら引き下がった。身を起こしてドアを開け、廊下へとのしのし歩く。


「おんしじゃ勝てんっちゅうのに……」


 闖入者(ちんにゅうしゃ)は退去した。俺たちはやれやれと肩をすくめ合う。太ったピエロの見苦しい熱演で感じた不快感を、友里の清々しい演説が吹き飛ばしてくれた感じだった。


 俺は気を取り直して奈緒に頼む。


「じゃ、チラシを制作しようか」


「そうね」


 そして一分後には綺麗さっぱり輪島先輩のことを忘れ去っていた。




 出来上がったチラシは、高梨友里の名前と『潤滑円満な生徒会を!』という公約を載せた、そこそこの完成度のものだった。早速帰り道、純架と共にコンビニでコピーする。お互い明日の朝までに点線切りを終えようと約束し、半分に分けて持ち帰った。


 家の扉を開け、玄関に入る。男物の黒い革靴があった。最近お袋が親しくしている交際相手、富士野三郎(ふじの・さぶろう)さんが来ているのだ。他に見慣れぬ女物の靴もある。これは何だろう? まあいい、一応挨拶しておこうと考え、俺は居間に向かった。


 やはり彼はいた。何とダンディな服の上にエプロンを着けて、キッチンでフライパンを焦がしている。スパゲッティを作っているようだ。その様子を、お袋の朱雀美津子(すざく・みつこ)が頬を押さえてにこにこ見守っていた。


 俺は何が何やら分からず、とりあえず「ただいま」と挨拶して室内に入った。


「あら、お帰り、楼路」


 お袋の挨拶に続いて、三郎さんが渋い声を発する。


「やあ楼路君、お帰り。ちょっとそこで待ってて。今人数分のぺペロンチーノをこしらえてるんだ。すぐ出来るから、大事な話もあるし、皆で仲良く食べよう」


 三郎さんの髪は七三分けで、染めているらしく年齢――48歳だっけ――の割りに黒々としている。なかなかハンサムと言っていい部類の顔で、各パーツの均整が取れていた。出版社『中山書店』の渋山台支店に勤務しているという。お袋とは病院の待合室で出会い、意気投合した。


 大事な話、か。そうか、とうとう……


 と、そのとき居間から若い女の声が聞こえてきた。


「あれ、お前が楼路か?」


 ぶっきらぼうな、礼儀知らずの言葉遣い。俺はわけが分からずそちらを覗き込む。


 炬燵(こたつ)に入って出ようとしない少女は、俺を手招きして呼び寄せた。赤茶色のミディアムの髪で、よく整った短めの眉、黒目がちな瞳、高い鼻、艶やかな唇を有している。顔はほっそりした輪郭だ。青いセーターに隠れた胸がでかい。


 そういえば、三郎さんには娘がいるとの話だった。すると、彼女が――


「おい、楼路。ぼさっとするな」


 彼女は俺を呼び捨てして、ぬくぬくと温まっている。俺は少しむかついて、彼女の目の前まで行って仁王立ちした。


「何歳だ?」


「は?」


「お前、何歳だ。何か偉そうにしてるけどさ」


 少女はその可愛い顔で俺を睨みつけた。


「お前がお前呼ばわりするな、楼路。オレは15歳だ」


 一個下か。


「じゃあ俺の方が年上だ。敬語を使え、敬語を。……お前が三郎さんの娘か?」


「そうだ。オレが富士野朱里(ふじの・あかり)だ。渋山台中学3年C組に通ってる。……何だ、もっとハンサムなのを期待してたのにがっかりだな」


 呼びつけといて品定めかよ。しかもタメ口な上に低評価。


「悪かったな」


 そのときキッチンから軽い怒声が飛んできた。


「こら、朱里。楼路君を愚弄するな!」


 三郎さんだった。朱里は不平そうに口を尖らせる。


「だってパパ、名前から来るイメージと違ったんだもん、楼路の奴。まるでB級映画に出てくるチンピラ役かザコゾンビじゃん」


 酷い言われようだ。三郎さんが俺に謝罪する。


「すまない楼路君。僕の娘は態度が横柄なんだ。あと口が悪い」


 最悪って感じなんですけど……


「食事が出来たよ。さあ食べよう。ほらほら、席について」


 俺と朱里は見えない火花を散らした後、ほぼ同時にそっぽを向いた。以後、視線を合わせずテーブルに着く。ハーブのいい香りがしていた。出来上がったぺペロンチーノは食欲を大いにそそり、俺はまず空腹を満たしてむかつきを忘れようと考えた。


「いただきます」


「いただきます」


 三郎さんを筆頭に、まずは一礼。俺はフォークを手に取り、まだ湯気の立つパスタを口に運んだ。う、美味い。美味すぎる。俺もお袋も、元父の(りょう)も兄貴の(けん)も、こんな高度なスパゲッティを完成させたためしはない。


 気付けば俺は夢中でパスタをすすっていた。半分ほど平らげたところで視線に気付く。朱里が余裕しゃくしゃくの態度で俺を見下していた。そうか、彼女はいつもこんな絶品料理を食べているのか。何だかうらやましくなってきた。


「さて、大事な話の方なんだけどね、楼路君」


 こほん、と咳をついたのは三郎さん。改まった態度で切り出した。


「実は今度、美津子さんと婚姻届を出すことに決めたんだ」


 とうとうこのときが来たか。俺はフォークを置いた。軽い衝撃が心の水面に波紋を生じせしめている。お袋に目線を投じた。


「今度は絶対失敗しないんだよな? 俺もうやだぜ、離婚劇は」


 お袋はワインの杯を傾けた後、幸福そうに目を細める。


「もちろん。三郎さんと残りの人生を歩んでいくわ。死が二人を分かつまで、ね」


 どうやら本気中の本気らしい。俺は朱里に目をやった。


「お前もいいんだな? 新しいお母さんが俺のお袋で」


「パパが選んだ人ならオレは賛成だよ。異論なんかない。……それより『お前』じゃないだろ。『朱里様』と呼べ、楼路」


「分かったよ、朱里」


「むかつくよな、楼路って」


 三郎さんが間に割って入ってとりなした。


「喧嘩しないでくれ。これからは義兄、義妹の関係になるんだから」


 ああ、そうか。三郎さんがお袋と結婚するってことは、俺と朱里も義兄妹の関係になることを意味するのか。


「よろしくね、お・に・い・さ・ま」


 嫌味たっぷりに朱里がほざく。その頬っぺたをつねってやりたい。


 三郎さんが俺と朱里に最終確認した。


「いいんだね、二人とも。僕らが再婚して」


 俺は万感の思いを込めてうなずいた。お袋が求めて得た幸せに、何の異論があろう。

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