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学園ミステリ〜桐木純架  作者: よなぷー
学校行事と探偵部
104/156

0109生徒会長選挙事件01☆

   (一)生徒会長選挙事件




 俺たち『探偵部』一同は、今日も部室――旧棟3階1年5組で怠惰な時間を過ごしていた。事件がないときはこんなものである。まあ俺はそれが目当てで入った部分もあるので、正直嬉しい。小春日和(こはるびより)のぬくい日だった。


「いやあ、退屈だ。英二君、ちょっと事件の一つでも起こしてくれないかね」


 窓際の机に頬杖をついて外を見ながら、そんな無茶な要求をしたのは純架だ。部長からの頼みに、英二は嫌そうな顔をした。


「馬鹿か。自分で起こして自分で解決しろ」


 袖にされた純架は、中世ヨーロッパの貴族のような黒い豊かな頭髪を、残念そうに揺らす。


「あらま、冷たいね」


 二人の会話を聞いていた結城がくすくす笑った。


「桐木さん、コーヒー注ぎ足しましょうか?」


「ああ、ありがとう菅野さん。よろしく頼むよ」


 結城は三宮英二の専属メイドであり、ボディガードであり、更に恋人でもある。2人はこの前の事件からつき合い出してまだ日が浅く、どことなくぎこちない態度でお互いの距離を(はか)っていた。それが何となく初々しくて、俺は微笑ましく見つめること度々(たびたび)だ。


 俺はそんな3人のやり取りを横目で見ながら、正面に座る奈緒とポータブル将棋を楽しんでいる。


「朱雀君、そっちの番だけど……」


「ああ、ごめんな」


「楼路、そこは奈緒の(きん)を取らなきゃ」


 横から顔を挟んできたのはまどかだった。


「もうまどかちゃん、教えちゃ駄目でしょ」


 奈緒が可愛らしく口を(ふく)らませた。俺はにやりと笑い、(かく)を動かして金を取り除いた。まどかがはしゃいで手を叩く。


「弱いわ、奈緒。楼路は今からでも(おそ)ないわ、将棋部の門を叩いたらどや?」


「俺、そんなに才能あるかな?」


「あるある。数手先とか読んどるやろ、ちゃうか?」


 奈緒は銀を玉将のそばに配置して挽回を狙った。俺はしかし、それに対して有効な手を思いつかない。


「いや、そんなこともないけど……」


 奈緒が紙コップのコーヒーを一口飲んで、棋譜への闘争心を新たにする。まどかに指摘した。


「まどかちゃんが割り込まなければ私の金は無事だったんだから。はっきりいって朱雀君は私と同レベルの実力だと思うけど」


 俺は同調してうなずいた。得心するものがあったからだ。


「同感。白石さんは見る目がないと思う。……こういう勝負ごとは――少なくとも俺たち程度の実力じゃ――、運不運に頼ったものだと思うし」


 そこへ脇から会話に割り込んできたのは日向だった。彼女はそもそも新聞部の辣腕(らつわん)部員で、我らが『探偵部』とはかけ持ちなのだ。どうやら新聞部の記事の校正が終わったらしく、暇になったので対局を覗きに来たようだ。


「私も将棋したいです! 私と飯田さん、朱雀さんと白石さんでコンビを組んで、2対2で闘うというのはどうでしょう」


 奈緒が弾けたように笑った。つぼに入ったらしい。


「いいね、それ! そうしよう! じゃあ日向ちゃん、次はどう打てばいいと思う?」


「そうですね、私に名案があります。ちょっと耳を貸してください……」


 耳元にささやきかける日向、うんうんとうなずく奈緒。それを眺めながら、俺とまどかは顔を見合わせた。


「白石さん、どう? 勝てそう?」


 まどかは自信たっぷりの顔をして両腕を組み、鼻から息を吐き出した。


「ま、あたしの卓越した頭脳に任せときいな。楼路はあたしの言う通りに打てば絶対勝てるから。間違いなく、な」


「大丈夫かなぁ……」


 俺は長考する相手陣営を尻目に、ふと話題を変えた。


「ああ、そういえばそろそろ生徒会長選挙だ」


「え、生徒会長選挙? ああ、もうそういう時期なんやな。現行の制度はどうなっとるんや、奈緒?」


 奈緒が歩を前進させながら答える。パチンといい音を鳴らした。


「ええと……11月中旬に催されて、1年・2年の全生徒投票のもと、来年4月からの任期1年で生徒会長1名、副会長2名が決定するの。よそと違って1年生――新2年生にも生徒会長になる権利があるのが特徴ね」


「へえ、今はそうなんや」


 純架がコサックダンスを踊り始める。何故だかは分からない。ただその動きは秀麗だった。


「まあどうでもいいけどね、誰が生徒会長になろうがなるまいが。実際生徒の皆もそうじゃないのかね? 人気投票だよね、ぶっちゃけ」


 俺は何だか転がり始めた話に歩調を合わせる。部長が汗だくになりながら、凄まじい形相で踊り狂うのは完全に無視した。怖すぎるからだ。


「まあそうだよな。生徒会長の恩恵を感じるのって、年に一度の白鷺(しらさぎ)祭の時ぐらいだし」


 これには日向が耐えかねたように口を挟んだ。少し怒っている。


「お二人とも、それはあんまりでしょう。生徒会は毎日、陰日向なく頑張ってますよ」


「日向だけに?」


「楼路さん、つまらないです」


 あらら。


 英二が思い出したように懐かしい名前を挙げた。


「そういえば白鷺トロフィーを盗んで隠してた生徒会長の周防正行(すおう・まさゆき)ってのはどうなった」


 結城が銀縁眼鏡の中央を指で押し上げた。怜悧(れいり)な響きが言葉に帯びる。


「あの後先生方にこってり絞られてから、まだ続投していたようです。彼も最後の大仕事である生徒会長選挙に、全力を傾けているのではないでしょうか」


 日向がこちらの桂馬成りを警戒しつつ口を開いた。


「新聞部としても生徒会長選挙にはきっちり監視の目を光らせるつもりです。どんな不正も許しませんよ、といった具合に」


 そのときだった。


「ごめんください」


 ドアがノックされた。純架はさすがに踊るのをやめて、大声で「どうぞ」とうながす。まどかが慌てて姿を消した。


 引き戸が開かれ、一人の少女が室内に入ってきた。1年3組クラスメイトの高梨友里(たかなし・ゆり)だった。


 友里は黒い三つ編みの髪に丸い黒縁眼鏡をかけ、どこにでもいそうな文学少女のていを醸し出している。どちらかというと目立たない、地味で大人しい生徒だった。印象で言うと日向に近い。


 その彼女が、なぜか頬を紅潮させて一同を見渡す。純架が椅子を勧めたが、友里は拒否した。


「これは高梨さん。なになに、何か事件の依頼かね?」


 揉み手する純架に、友里は平身低頭した。切迫した大声を出す。


「実は『探偵部』の皆さんにお願いがあります! 私を次の生徒会長選挙で勝たせてください!」


 これには一同、「は?」と首を傾げた。あっけに取られた数秒の後、純架が代表して心情を述べる。


「そりゃ何だい。僕らと何の関係があるのかね?」


 そう返ってくることはさすがに見越していたらしく、友里は頭を戻して説明に入った。


「順を追って話します。まず私は今度の生徒会長選挙に出馬したいと考えています。これは本気の本気です」


 英二が揶揄(やゆ)するでもなく言った。


「ほう、殊勝(しゅしょう)なことだ」


「でも、どうやら2年の先輩2人が同様に出馬を考えているらしいと、これは風の噂で……」


「まあ普通2年生――新3年生が目指すものだからな」


「ですよね。1年の私が2年の先輩の間に割って入り、勝って生徒会長になるには、相当な努力と作戦が必要だと思っています。とても私一人では背負いきれません」


 純架がここまでは納得する。特に瑕疵(かし)のない内容だったからだ。


「ふむふむ。それで?」


 友里が(りん)とした態度で声を張り上げた。


「そこで! 私が選挙に当選できるよう、桐木君たちに協力してほしいのです!」


 純架が皆の困惑を一手に引き受けた。


「いや、だから何でそこで僕らが出てくるんだい? 他を当たったらどうかね。僕らは『探偵部』だよ。『選挙に勝つぞ委員会』じゃないんだよ」


 友里は胸の前で両手を組んで、ここぞとばかりにおだてにかかってきた。


「でもでも! 私の所属する1年3組の生徒40名のうち、実に5名が『探偵部』なんですよ。こんなに集中する部活動は他にありません。他のクラスメイトからの信頼も厚いです」


 姿を消しているまどかには気付くこともなく、友里は俺ら6人を見渡した。


「私も色々な事件を解決していく様を横から見てきました。部長である桐木さんのリーダーシップを勉強したい気持ちもあります。……お願いです! 『探偵部』様のお力とお知恵を見込んで、ぜひご助力いただきたいのです! どうか、どうか私を生徒会長にしてください! お願いします!」


 純架はまた頭を下げた友里を前に、困ったように俺たちを振り返った。さすがに途方に暮れたらしい。


「ううむ、どうするね、皆?」


 奈緒は挙手して賛意を表明した。こういうときは行動が素早い。


「私はいいと思うけど。事件もなくて暇を持て余していたところだし」


 俺も特に反対する気もなく、奈緒に追従した。好きな人の意見には流される、俺の悪い癖である。


「飯田さんが手伝うって言うなら俺も一枚噛ませてもらうよ。英二たちは?」


 英二が腕を組んでふんぞり返った。


「いくら俺の実家が金持ちといえども、校内の政争に金は出せんな。まあ、それでもいいというなら話は別だがな」


 結城が彼に寄り添った。穏やかな、木漏れ日のような眼差しだ。


「私は英二様に従うまでです」


 日向はしかし、そんな雰囲気に首を振った。


「私は1年1組ということで、今回は外れたいと思います。それに私は新聞部。公平中立な立場にいなきゃいけませんし」


 俺は最終判断を純架に委ねた。何といっても彼は部長なのだ。

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