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学園ミステリ〜桐木純架  作者: よなぷー
白鷺トロフィーの行方
103/156

0108能面の男事件06☆

「何と……」


「それで分かったのは、お前が夜半に何者かと通話し、何かの打ち合わせをしているという事実だ。俺の影であるべきお前が、俺に隠れてこそこそとやっている。なら俺に聞かれてはまずい話なのだろう、と、そう見てまず間違いあるまい。だから俺も、非常時のために純架と連絡がつくよう手配したんだ。結城、お前に隠れてひっそりと、な」


「今日、護衛の黒服たちの数を減らしたのも、わざとだったんですか?」


「お前がなかなかアクションを起こさないんで、誘発させるべく見かけだけそうした。もちろん万全の準備を整えた上でだがな」


 結城は愕然として立ちすくんだ。一方漆原は熊谷にすがるように訴える。


「く、熊谷様、私はどうしたら……」


 玄関のドアを開閉する音が聞こえた。『能面の男』は脱力して長い息をつく。


「こうなったら仕方ありません。私たちは逮捕されるでしょう。でもその前に、せめて英二君に死んでいただきましょう。三宮剛への復讐さえ果たせば、私はどうなってもいいのですからね」


 拳銃の先端が英二の胴に向いた。俺は凍りつく。そんな、助けがもうすぐ現れるっていうのに……!


 英二はせせら笑った。


「俺の父上に手出しできないから、代わりに俺を殺そうとする、か。ふん、全く情けない奴だ」


 熊谷が血がにじむほど唇を噛んだ。こめかみに血管が浮き出ている。


「減らず口はそこまでです。死んでください、英二君」


 大勢の靴音が近づいてくる。もうすぐそこまで……!


「待て熊谷。最後に一言言わせろ」


「何ですか、命乞いですか」


 英二は熊谷を無視し、結城に声をかけた。


「……結城」


 彼女は放心状態から目覚めたように少年に応じる。


「は、はい、英二様」


 英二は微笑と共に、ゆっくり台詞を吐いた。


「俺、お前の事が好きになったよ」


「え……?」


 結城は状況にそぐわないその言葉に、ただただ立ちすくむ。英二は茶色い癖毛を()き回した。


「今まで単なるメイドとして見ていたが、お前には『菅野結城』としての気骨が備わっていたんだな。正直びっくりしたよ。俺は人生の最後に本当のお前を知って、今は満足しているよ」


 それは疑いようもない真率(しんそつ)の響きを帯びた、愛の告白だった。


「……好きだ、結城」


 その様子に熊谷の顔が三度(みたび)変貌する。


「ん、ん、んん、んんん!」


 上下の歯を無様に合わせて耳障りな音を発した。瞳は黒々とし、狂人の輝きを帯びる。拳銃を握った手が四方にぶれた。


「もういい、死になさい、英二君!」


 引き金にかけた指に力がこもる。やばい、英二が撃たれる! だが俺は足がすくんで動けない。彼が殺されるその瞬間を嫌って、目をつぶって体を強張らせた。


 凄まじい轟音が響き渡る。紛れもない銃声だった。硝煙の匂いが鼻腔を突き刺してくる。


 俺はゆっくり、恐る恐る目を開けた。そこには英二の亡き骸が――


 なかった。


「結城!」


 絶叫する英二の盾となり、結城が凶弾をその肩に撃ち込まれていた。メイドはご主人様をかばったのだ。英二と結城はもろとも倒れた。


 俺はかっとなって恐怖も忘れ、後先考えず熊谷に殴りかかった。


「よくもやりやがったな!」


 呆然としていた能面は、俺の拳打を顎に食らってノックアウトされた。漆原が俺に銃口を向ける。そのとき、この地下部屋への階段から大勢の黒服たちが殺到してきた。


「うわっ!」


 漆原が純架に取り押さえられる。英二の護衛たちは、仰向けから起き上がろうとしていた熊谷を取り押さえ、素早く乱暴に縛り上げた。相棒と黒服たちの活躍で、ここに騒乱は一息で収まったのだ。


 純架が俺と英二に声をかけてきた。


「英二君! 楼路君! 遅くなって済まない。黒服さんがこの屋敷の制御機構をハッキングするのに、ちょいと時間がかかってしまったんだ」


 地面に血だまりができている。結城の出血によるものだ。英二はうつ伏せに寝かせた彼女の傷口にハンカチを当てていた。


「大丈夫だ、結城。弾は急所を外れている」


 結城は泣いていたが、痛みからではなかった。


「英二様……。私を心配なさるのですか。こんな真似をした、私を……」


 英二は真面目くさって答える。穏やかな(なぎ)のような声調だった。


「さっきの俺の告白は嘘じゃない。お前は俺にとってメイド以上の……大切な、一人の女の子だ」


「英二様……!」


 英二は屈みこみ、結城と唇を重ね合う。時間にして数秒。さすがに照れたのか、英二はそっぽを向いて咳払いした。


「続きはまた今度だ。安静にしてろ」


 結城は夢見るような目つきだ。


「はい……!」


 すっかり捕縛された熊谷が、「ん、んん、んんんん!」と怒り狂っているのが、どこか遠いことのように思えた。


 純架は俺にこっそり耳打ちする。


「スマホで聞いていたけど、まさか菅野さんが裏切るとはね。でも一件落着かな?」


 胸に手を当てる。


「以上がこの事件の全貌だよ、楼路君」


「今回俺たちの出番はなかったけどな」




 熊谷も漆原も警察に突き出され、誘拐や監禁、銃刀法所持違反や殺人未遂などで逮捕された。もちろん『バーベキュー事件』の殺人教唆(きょうさ)、数々の暗殺、両親の殺害、なども乗っかってくるだろう。ここに、英二を狙い続けた『能面の男』は檻に繋がれたのである。


 純架の録音した通信記録は最後の最後まで取っておくことにし、結城は黒服たちの応急処置後、すぐ地縛霊の白石まどかの治療を受けた。夜中の旧校舎3階1年5組に現れた俺たちの前に、まどかは「便利屋やないんやけどな」と不平を漏らした。しかし、結城の浅くない傷を渾身の力で治癒してくれる。アルコムの警備員は何が何だかさっぱり分からぬまま、とりあえず見て見ぬ振りをしてくれた。今や傷は撃たれた痕跡すら残さず完治しているという。


 英二の強い抗議もあり、彼の父・三宮剛は結城の母・菅野幸恵にキスをしようとしたことを認め、結城に謝罪した。ただ、幸恵が階段を踏み外して転落したのは完全な事故であるとし、剛は抱き留めようとして失敗したのだと話した。また、結城の祖母・久美についても、剛は彼女に対する非道な扱いは担当部下の失態だとした。処分の上、今度は剛自身が改めて誠意を尽くすことを誓ったらしい。


 結城は謝罪を受け入れ、お互いに罪を相殺(そうさい)した。


 その後、剛さんは警察の捜査にコネで口を挟み、結城が捕まることのないよう取り計らったという。やれやれ、これが噂の上級国民ってやつか……




「英二様、お茶が入りました」


「ありがとう、結城」


 事件の後、俺たちは何事もなかったかのように再び部室でくっちゃべっていた。外は生憎の雨で肌寒いが、英二と結城の関係はより熱く、より深まったように見える。少なくとも英二が日向に色目を使うことはなくなった。どうやら彼らは恋愛関係に(おちい)ったらしい。


 純架はそんな二人を横目に、最近買ったというMDプレイヤーを自慢していた。


 MDは百円ショップでも既に取り扱いをやめている。時代遅れもはなはだしい。


「雨降って地固まる、だね。漆原はもちろん、『能面の男』熊谷も諦めて自供しているようだし、まずは良かったかな。英二君と菅野さんにとっては二人の関係の大事な一歩になるだろうし、何が幸いするか分からないよね、この世の中は」


「運命の気まぐれ、って奴か」


「『ターミネーター』だよね、まさしく。まあ結局なるようにしかならないんだよ、どう頑張ったってね」


 俺はさすがに噴き出した。片眉を上げる純架に笑いを抑えつつ返してやる。


「何言ってんだ。その割には英二と事前に打ち合わせして、連れ去られた俺らを追ってきたじゃないか。散々あがいといてよく言うぜ」


 純架は両手の指をつき合わせて、物思いに沈むようだった。


「運命は切り開くものさ。いや、切り開くことそれ自体も織り込み済みなのが、運命という厄介な代物だよ。まあ、振り返ったときに納得できるよう懸命に(あらが)うのが、僕たちちっぽけな人間に出来る、最低限の抵抗という奴だね」


 純架のMDに接続したイヤホンから、『だんご3兄弟』が流れている。


 なぜ今更?


「運命との付き合い方の、それが流儀と言うものだよ、楼路君。……菅野さん、僕も熱い紅茶を一杯もらおうか。それぐらいのご褒美(ほうび)は許してくれるよね?」

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