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学園ミステリ〜桐木純架  作者: よなぷー
白鷺トロフィーの行方
101/156

0106能面の男事件04☆

 結城が銃を持ち直す。冷めた目でかつてのご主人様の肩をつついた。


「黙って進みなさい」


 二階建ての建物を目指し、舗装された道を歩いていった。右に白いポルシェが駐車され、数枚の枯れ葉をフロントに乗せている。日本庭園を模した広い庭は丁寧に手入れされており、近づいてくる冬に向けて万全の準備が整えられていた。どこかでししおどしが等間隔で鳴っている。


 英二の命をつけ狙う人物、『能面の男』熊谷。俺は足を運びながら結城に尋ねた。


「熊谷ってのは何者なんだ? 『バーベキュー事件』で仕掛けてきた連中の黒幕で、どうも英二を殺したくて殺したくてしょうがない奴だとは分かるが」


 結城は軽く笑殺した。


「本人にうかがえばよろしいでしょう」


 玄関にも監視カメラがあった。漆原がドアを開け、中へ入るよう顎でうながす。住居に足を踏み入れた俺たちは、その玄関で酷い違和感のある人物を目の当たりにした。


 俺と英二は息を呑んだ。


 そこには真っ白い肌で、女系の小面(こおもて)の能面によく似た、薄気味悪い相貌の男が立っていた。かしこまり、皮膜のような不気味な笑みを張り付かせている。着ているのは顔に似合わない黒い喪服だ。


 神経質そうな甲高い声が、その極小の口から流れてくる。血の気の通わない、機械的な声音だった。


「我が邸宅へようこそ、三宮英二君。君をお迎えできて光栄です」


 英二が不快感を押し殺すように睨みつける。


「お前が熊谷、つまり『能面の男』か」


 熊谷は人差し指を顎に当て、軽く首を傾げた。不満げながら、一応肯定する。


「その呼び名、あまり好きじゃないんですけどね」


 にたり、と凄絶な微笑を閃かせた。皺はほとんど目立たない。俺はぞくりと悪寒が走るのを感じた。


「まあ短い時間となりますが、よろしく。……ん?」


 そこでようやく俺の存在に気づいたらしい。目をしばたたいた。


「君は? こちらはどなたです、菅野君」


 結城は暗い面持ちだ。


「渋山台高校1年の朱雀楼路です。三宮英二の親友で、今回残念なことについてきてしまいました」


 熊谷の表情がそれこそ仮面のように固まった。笑顔は消え、その目は中空を見据えて離さない。


「ん、ん、んん、んんん……!」


 かっと瞠目し、まるで噴火寸前の活火山のように全身を震わせた。歯軋りの騒音をそこら中に響かせる。硬くて薄いと思われたその顔面の皮膚が、一斉に皺をたたえた。俺はその異常な様子に息を呑む。


「んんんんっ! 貴様っ! 誰がこんな奴連れてこいと言ったあ!」


 ありったけの声で絶叫しながら、握り締めた拳骨で結城の頬を激しく殴りつけた。凄まじい音が鼓膜を叩く。結城は壁にバウンドしながら拳銃を取り落とし、その場にうずくまった。


「貴様!」


 英二が拳銃を拾おうとした。だが残念ながら、漆原の方が速かった。かがんだ英二の後頭部にぴたりと銃口が突きつけられる。英二は無念そうに制止した。そのまま、熊谷が結城の銃を手にするところを睨みつけていた。


 熊谷の表情はまた能面に戻った。すっきりと、()き物が去ったかのような笑みを浮かべている。ぞっとする変貌ぶりだった。


「これは失礼しました、皆さん。私はどうも、気に入らないことがあると感情を高ぶらせてしまうのです。仕事ではそんなことないんですけどね、この屋敷では素が出てしまうというか。……大丈夫ですか、菅野さん」


 結城はよろめきながら立ち上がった。頬を手でさする。


「はい、大丈夫です。すみませんでした。お許しください」


 こんなクレイジーな奴に平身低頭謝る結城が、何だかとても可哀想に見えた。英二は彼女を殴りつけた熊谷に、射殺すような視線を浴びせ続けている。


 熊谷が慇懃(いんぎん)に一礼した。


「ではお上がりください、諸君。ここは最先端のテクノロジーで作られた要塞のようなものです。きっとお気に召すことと思いますよ。目的地のアナログな部屋とともにね」




 驚いたことに、この屋敷には地下室が設けられていた。書斎の本棚のそばが入り口で、蓋を開けると急階段からコンクリート剥き出しの広い部屋に繋がっている。


 そして、そこは異常だった。


 壁一面に鉤爪(かぎづめ)付きの鞭や各種剣がかけられている。世間に割と知られている、『鉄の処女』と呼ばれる器具が片隅に置かれていた。その他鋭い針がびっしりと突き出た椅子、棘だらけの鉄箱など、ある目的のために集まられた古今東西の代物――


 熊谷が蛍光灯の乏しい明かりの中、奇術師よろしく両手を広げた。


「震えてますね、朱雀君。そうです、ここは拷問部屋です」


『能面の男』は手品を成功させたような満足感をちらつかせた。


「高い金を払って集めた、私の可愛い蒐集(しゅうしゅう)物です。膝砕き器やハゲタカの娘、審問椅子に異端者のフォーク……どれもこれも拷問という芸術のために作られた傑作器具です。これで英二君と朱雀君をたっぷりもてなしてあげますよ」


 俺は気が遠くなった。熊谷たちに殺されるのはもはや確実だ。それも、想像だに出来ない残虐な方法で。更に絶望的なことに、誰かが助けに来ることも考えられない。ここは恐らくスマホの圏外であろうから、助けを呼ぶことも不可能だ――そんな真似はさせてもらえないだろうが。俺は小便をちびらないよう気をつけねばならなかった。


 一方英二の精神は、公開された救いのない未来にも決して(くじ)けたりはしなかった。それどころか冷静に推理を展開する。


「単純に、結城を使って俺を拳銃で撃てば、復讐はあっさり完遂出来ただろうに。つまらん趣味を持っているものだ」


 彼はここに至る一連の展開を整理し始めた。


「熊谷とやら、ずいぶん用意周到だったな。まずお前は数々の資料で結城を味方に引き入れた。そして『能面の男』出没の噂を結城を通じて流し、俺たちを警戒させた。そして時を待ち、俺たちが気を緩めかけた絶妙なタイミングを狙って、大きな破裂音を発生させた。それはまあ、変わった爆竹といった辺りなんだろう。そして結城に危険を訴えさせ、俺と楼路をお前らの車に乗せ、一路この屋敷へ連行した……。なるほど、上手いことやってのけたものだ」


 能面が英二に褒められて微笑する。


「ふふ、その通りです。冷静なんですね。いつまでその強がりがもつか、楽しみにしていますよ。それにご安心ください、ここには何でも粉微塵(こなみじん)に粉砕する機械があります。死体の処理に都合がいいんですよ。最終的にあなた方は森林の肥やしになります。素晴らしい!」


 結城は頬を腫らしたまま、まつ毛を伏せた。熊谷が舌なめずりする。


「では始めましょうか。今まで我が熊谷工業が受けてきた数々の屈辱を、じっくりたっぷり、晴らさせていただくとしますかね」


 両手を揉み絞り、冷血な眼差しでにたりと笑った。俺は全身のわななきで立っているのも難しい。


 だが英二は違った。彼は一切動じることなく、つまらなさそうにポケットに手を突っ込んだ。


「ふん、悪趣味な奴だ。それで熊谷、その『熊谷工業が受けた屈辱』ってのは何だ? 俺には全く心当たりがないんだが。拷問の前に聞いておいてやるから話してみろ」


 熊谷はぴたりと止まった。さっきのように狂気の沙汰を繰り返すのかと思ったが、今度は落ち着いたままだった。口端を吊り上げる。


「……大した胆力(たんりょく)ですね。この状況で狼狽の一つも見せないとは……」


 どうやら感心したらしい。俺も同じ思いだった。英二は死から自在であるようだ。


 熊谷は自分を納得させるように二度首肯した。


「いいでしょう、開陳しましょう。話は簡単ですよ。『熊谷工業』は下請けの慎ましい工場のことです。私の父が祖父から受けついだ事業で、小規模ながら、たくさんの笑顔と共に回転していました。私は会長の孫、社長の子としてちやほやされたものです」


『能面の男』は遠い目をする。より一層不気味さが増した。


「しかし、その幸せは打ち破られました。多方面進出のため、貪欲に企業買収を進めていた『三宮造船』に、主幹の仕事を根こそぎ持っていかれたのです。会社の業績はみるみるうちに縮小し、負債は爆発的に増加しました。自転車操業も追いつかず、『熊谷工業』はその後数年で不渡りを起こして潰れました」


 俺も英二も結城も漆原も、この奇妙な男の述懐に耳を傾けている。


「それからは生き地獄でした。祖父の非業の死もあり、家族の心もばらばらに離れていきました。私は泥水をすする毎日で、三宮家への恨みは骨髄まで徹しました。そんな折、私はある仕事に手を染めるようになったのです――暗殺でした」


 屋敷の主は目を細めた。ぺらぺらと興に乗って喋り続ける。


「新聞の三行広告で知り合った中年男が、私の師匠でした。他人を殺す手伝いをすることに、私は何らの罪悪感も感じませんでした。三宮家への復讐を胸に秘めていたからでしょう。大義の前には小虫の命など一顧だに値しなかったのです。やがて私は仕事を任されるようになりました。裏社会に生きるようになってから成人するまでに、10人は殺したでしょうか。その後は数え切れません。報酬は回を重ねるごとに跳ね上がり、それらを得た私は本邸とこの別邸を建てました」


 実に楽しそうに英二を眺める。


「そして何をしたと思いますか?」


 英二は沈黙したままだ。分からないらしい。熊谷は冷笑した。


「自分の父と母を殺し、この屋敷の機械で死体を処理したんです」


 俺は背筋に寒気を感じ、胸くそ悪さで吐きそうになった。能面は気づかない。


「年老いた両親は醜かった。長年の苦労で体のあちこちがおかしくなっていた。だからいっそのこと、私が彼らの人生にピリオドを打ってあげたのです。実の息子に殺されて、両親は本望だったことでしょう」

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