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学園ミステリ〜桐木純架  作者: よなぷー
桐木純架、登場す
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0010折れたチョーク事件02☆

 純架が丁寧にお辞儀した。海藤先輩に、ただ先輩であるからという礼節を守ったといえる。


「これはこれはご機嫌うるわしゅう」


「へっ、何がご機嫌だ」


 海藤先輩は純架の挨拶など屁とも思わず、まるでハリネズミと化したかのように(とげ)をぎらつかせた。


「あたしは屈辱を忘れないからね。いつか必ず仕返ししてやる。覚えとくんだな」


 純架は適当にあしらう。つまらなそうな顔だった。


「くだらないことはすぐ忘れる主義ですので」


「何だと」


 小心者の山岸先輩が海藤先輩を抑える。


「もういいよ、行こうよ千春ちゃん」


「ふん……」


 海藤先輩は散々純架を睨みつけてから、肩をいからせのしのしと立ち去っていった。その後を必死で追う山岸先輩。


 俺は思った。


「チョークを折ってるのって、ひょっとしてあいつらじゃないの? 純架に挑戦状を叩きつけてきたとか……」


 純架は俺の右手首を掴んで高々と差し上げた。彼にしか見えない観客に披露する。


「皆さん、人語を理解するゴリラです」


 俺は人間だ。


 その後、俺たちはのんびり休憩を楽しんだ。




 翌木曜日は曇り空で、二時間目の体育は雨の不安にさらされながらのものとなった。俺は仲のよい岩井(いわい)と組んでストレッチを行なった。純架は占部(うらべ)先生と組んでいる。純架の友達はまだ俺以外一人もいないらしかった。


 散々サッカーをしていた俺たちだったが、雨滴が校庭を濡らし始めたので、先生は早めに授業を切り上げた。女子は体育館でバスケットらしいので、戻ってくるまでもう少し時間がかかるだろう。


「まずチョークを見に行こう、楼路君」


 純架は男子更衣室へ歩いていく野郎どもから離れ、俺の腕を引っ張ると、自分たちの教室である1年3組を目指した。体操着のまま階段を上っていく。


「おい何だよ、気になるなら一人で行けばいいだろうが」


 俺は不満たらたらだったが、純架のいつになく真剣な表情に口をつぐんだ。やっぱり昨日の朝の恨みを忘れていないらしい。


 薄暗い教室に辿り着く。当たり前だが誰もいない。純架は蛍光灯を点けると、早速黒板の粉受けに飛びつくように近づいた。


「やれやれ、やっぱり折られてるね」


 純架は実に不愉快そうにつぶやいた。俺も確かめてみると、なるほど、長くて白いチョーク――宮古先生が使ったものだ――が無残にも折られて真っ二つになっていた。


「一時間前に宮古先生が数学Aを教えてたときには折れてなかったよな」


「うん。どうやら犯人は、宮古先生の使用したチョークを狙って折っているようだね。教室に誰もいないとき――早朝か放課後か、はたまた今回のように体育で全員が出払っているとき――を利用してね。そしてそれを、宮古先生が朝か夕方のホームルームで発見して激怒する。これが今までの流れだよ」


「犯人はなんでそんな真似をするんだ? 宮古先生に恨みでもあるのか? 手段もずいぶん姑息(こそく)だし」


「そうだね、それは……」


 俺に答えようとしていた純架が、ふと声を低めてチョークを凝視する。縦にしたり横にしたり裏返したり、様々な角度からその筆記具を点検した。


「おかしいな。チョークの表面には合成樹脂(じゅし)被膜(ひまく)が付いていて、指が汚れるのを防ぐ役割があるんだけど……」


「何だ? 被膜がこそぎ落とされてるとかか?」


「いや違う。その逆だよ。1時間目の数学Aの時間、あれだけ宮古先生がこのチョークを使って黒板に筆記したっていうのに、その跡がないんだ。削り落とされたはずの被膜が復活しているんだよ」


 純架は首を傾げた。彼にもよく分からないらしい。


「どういうことだろう? いや待て、この折れ口は……」


 二つになったチョークの折れ目をこつこつと突き合わせる。しばらく試すと、チョークを粉受けに置いて、黒板下の床を(くま)なく調査し始めた。俺は純架が何をやっているのかさっぱりだ。


「おい、どうした?」


「探してるんだよ。ちょっといいかい?」


 純架が俺の足元を見ようとする。俺は邪魔にならないようその場から離れた。


「何か分かったのか? この床に何かあるのか?」


 純架は目を凝らし、しばらく猟犬のように見回した後、お手上げとばかりに首を振った。


「何もないね」


 俺は溜め息を吐いた。腕を組み、壁に背中から寄りかかる。疲労感しかなかった。


「おいおい、結局何の意味もなかったのか? 俺を付き合わせた意味がどこにある?」


 そのとき着替え終わった男たちが戻ってきた。狐目(きつねめ)矢原(やはら)双眸(そうぼう)を光らせる。


「お前ら、何で着替えずに教室へ? もしや……」


 黒板の粉受けを注視し、折れたチョークを発見した。矢原がサイレンのようにけたたましく叫ぶ。


「お前らか! お前らがチョークを折っていたんだな? そうだろう!」


 クラスメイトたちが一斉に俺と純架に目線を飛ばしてきた。とても好意的とはいえないその透明の矢が、俺たちの体中に突き刺さる。まずいことになった――


 と思いきや、岩井が矢原の頭を後ろからはたいた。怒りをにじませて吐き捨てる。


「何ふざけたこと言ってんだ、この野郎。朱雀がそんな真似するかよ」


 長山(ながやま)が色をなして同調した。


「そうだそうだ」


 持つべきものは友達だ。俺は岩井と長山のでこぼこコンビへの信頼を強めた。一方形勢不利となった矢原は、頭をさすりながら、純架に矛先を向ける。


「ならそこの桐木がやったんだ。違うか?」


 俺はこの不健康な男の不健康な指摘に対し、きっぱり反論した。


「純架は何もしてない。俺たちが来たときにはもうチョークは折れてたんだ」


「その通り!」


 純架は俺の肩に手を回し、もう一方の手で俺の頬をぴたぴた叩いた。


 なれなれしい。俺はうっとうしく奴の顔を押しのけた。


 その瞬間、気づいた。純架は自分がチョーク折りの犯人に見られるという不測の事態を避けるため、それなりに友達を作りつつあった俺を証人として用意したのだ。


 矢原が忌々(いまいま)しげに口を開く。粘ついた眼光を俺たちに浴びせてきた。


「ふん、そういえばお前らは『探偵同好会』とやらで遊んでいるらしいな。チョーク折りの犯人を見つけ出そうってわけか?」


 純架はひょっとこのように寄り目で口を尖らせた表情を作ると、ゴルゴ松本のように「命!」と叫びながらポージングした。もちろん何の意味もない。露骨に不快感を示す矢原に対し、純架はたっぷり一分は体勢を変えなかった。


 くだらんところで意味不明の意地を見せるな。


「一応そのつもりだよ。まあ、『探偵同好会』なら取り扱う事件によって、色々な人間の機微(きび)や悲哀をうかがい知ることができるからね。それが面白いのさ。今回の事件も、解決すればきっと人間という生き物の新たな一面が楽しめるはずだよ」


 その辺りで青いセーラー服に着替え直した女子たちが帰着した――


 夕方のホームルームで、宮古先生は「またまた白いチョークが折られた」ことに激怒していた。まあ体育の時間の終わりには既に俺たちが確認した通りに折られていたわけだが。先生は「絶対犯人を見つけてやる」と鼻息荒く宣言し、教卓から新品のチョークを取り出した……




 ゴールデンウィークが近づき、俺は少し焦っていた。チョークが折ったの折られたのという事件などどうでもよい。あんなの純架が逆恨みしているだけだ。もちろん、何の興味もないと言ったら嘘になるが……


 この春の大型連休を前に、どうにかして飯田奈緒とお近づきになれないか。そのことだけで俺の狭い頭は一杯だったのだ。告白してうまく恋人同士になれば、大量の休暇を二人で過ごすことができる。そんなバラ色の素晴らしい未来を想像すると、俺は叫び出したい気持ちで胸が張り裂けそうだった。


 黄金週間前に、奈緒に告白する――俺は悲壮な決意を固めた。ふられる確率の高さから目を背け、明るい前途を強引に思い浮かべる。


 新しい週が始まる月曜日。俺は久しぶりの快晴という後押しに手伝われ、昼休みの食事時に座席を立った。今日は俺のたっての希望で、教室で昼飯を摂ろうと純架に頼み込んでいたのだ。あちこちで(なご)やかな会食が進む中、俺はふう、と一呼吸した。


「どうしたんだい、楼路君」


 弁当箱に詰まったチャーハンを口に運びながら純架が問う。俺はそれに答えず、女子の友達と一緒にパンを食べている奈緒に近づいた。こちらの接近に気づき、奈緒たちが一斉に俺を見上げる。


「朱雀君?」


 俺は奈緒の綺麗な顔を前に耳朶が熱くなった。落ち着け、俺。何も今告白するわけではない。


「飯田さん。放課後、話があるんだけど」


 奈緒は目をしばたたいた。何もピンと来ないらしい。


「話?」


 そんな不得要領(ふとくようりょう)な顔も俺の好みである。汗ばんだ手の平をズボンに(こす)りつけ、俺はどうにか台詞を撃ち出した。


「たいしたことじゃない。時間もらえるかな」


「うん、いいよ。放課後だね」


 友達の女子たちは俺と奈緒のやり取りに興味津々(しんしん)と目を輝かせていた。俺が純架の元に戻って座ると、彼女たちは小声で何やらささやきあっている。くそ、馬鹿にされてるのかな?


「うまくいくといいね、放課後の告白」


 純架は抑えた声でさらりと言ってのけた。俺は心臓を鷲掴(わしづか)みにされた気分だ。しどろもどろになりながら、どうにか小声で文句をぶつける。


「何だよ、何で告白だって断定するんだよ」


 純架はペットボトルのお茶を一口飲むと、腰を浮かし、俺の耳に口を寄せた。


「だってそうだろう。授業中、飯田さんの方ばかり見ているじゃないか、発情した子犬のように。あれで彼女に恋してないなんていったら嘘さ」

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