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第8話 婚約者ダミアーノへの対処

ダミアーノ・ブランディは侯爵家の子息で、幼い頃に親同士が決めたルチアの婚約者である。

しかし攻略キャラの一人であるこの男を、ルチアは心底嫌っている。

所謂遊び人タイプで、軟派キャラなのだ。


前世からチャラい男を毛嫌いしていたルチアは、彼のルートだけは攻略サイトを横目に一通り目を通すようなプレイしかしなかった。

それでも一応はクリアしたのは、四人の攻略キャラを全て制覇しないと、隠しキャラのルートが出現しなかったからである。

現世において三又で攻略を進めているルチアが言えた義理ではないのだが、こういう男の奥方に納まって結婚後も浮気を繰り返される未来など、彼女は真っ平御免である。


ちなみに、隠しキャラは平民なので、今世におけるルチアの眼中には無い。

勝ち組希望のルチアは、公爵令嬢という有利な肩書をみすみす(ドブ)に捨てる気はない。

ルチアは、今世においては自分が選べる立場であると思っている。

実際に彼女は、それだけのスペックであれるよう、肌や髪の艶や体型、頭脳に教養と、あらゆる分野において自分を磨いてきた。

それだけに、結婚相手にもそれに相応しい何かしらを求めたいという欲を抱いている。


王子であるオルランド、ルチアの苦手分野を補ってくれる騎士見習いのアドルフォ、そして音楽の天才であるレナートには、それぞれにルチアにとって魅力がある。

しかし、ダミアーノに関しては、見た目が派手なチャラ男という設定だけでもルチアの好みから外れるのに、それ以外に目立った長所も見当たらない。

このキャラは、軟派男の最後の唯一に選ばれることを喜べる女性のためのキャラであり、前世で潔癖に近かったルチアとは相性が悪い。

よりにもよって、こんな男が婚約者としてあてがわれているということだけが、今世におけるルチアの不満である。


このままダミアーノと結婚する気は、ルチアには毛頭無い。

彼に関しては、攻略するのではなく、婚約破棄のための入念な証拠集めに徹し、ルチアの都合の良い時に捨ててやれる準備を整えている。

今すぐに彼との婚約を破棄しても、公爵令嬢という身分のルチアには他の婚約者をあてがわれるのが関の山である。

だから、最終的な結婚相手を決めて、しっかり根回しした最高のタイミングで、ダミアーノを捨てて本命に乗り換える算段なのである。


こう言えばダミアーノという男が不憫に思えるかもしれないが、彼自身が婚約破棄されて仕方のないような証拠の出る生活を送っていることもまた、事実である。

前世で得た、乙女ゲーム『愛憎のシレア学園』の知識から、ルチアは彼がシレア学園入学と同時期にどこぞの伯爵夫人と不倫関係を始めることを知っている。

更に、彼は週末は高級娼婦のもとに入り浸り、家の中では三歳年上の侍女にも手を出している。

前世ほどしっかりと医療が発達していないこの現世において、こんないつどこから病気を持って帰って来るかわからない男など、ルチアは生理的に受け付けない。

彼と褥を共にするくらいなら、一生独身でいるほうがマシだと彼女は思っている。


ダミアーノが女性にだらしなくなったのは、幼い頃に母親の不倫現場を目撃したことが原因であると、ゲームの中では描かれている。

乙女ゲームの軟派キャラには非常によくありがちな設定なのだが、女性不信に陥った彼は、同時に女性からの真実の愛を求めて、虚しい関係の構築を繰り返す。

そこへ現れたヒロインの誠実で一途な想いに、彼の傷は徐々に癒され、信じるということを覚えていくのである。


ベストエンドでは、全ての女性関係を清算したダミアーノが、ヒロインだけに愛を誓う。

しかも、ダミアーノの婚約者であった悪役令嬢ルチアは、婚約者を奪おうとするヒロインに嫌がらせを繰り返したことを断罪され、ダミアーノの側から婚約破棄を叩きつけられるという理不尽極まりない展開を迎える。

オルランドルートのように修道院送りになったりはしないが、ダミアーノ()()非があったために喧嘩両成敗というかたちでルチアの処分は婚約破棄のみとなるこのルート、前世のルチアは納得がいかなかった覚えがある。


このルートで本来は悪役令嬢であるルチアだが、現世においては、ヒロインが彼のルートに入るつもりなら、熨斗を付けて贈呈したいと思っている。

だがそれも、その時期まで待っていられたらの話である。

シレア学園二年目の秋、そろそろルチア自身が誰のルートに絞るかを決めてもいい頃合いである。

差し当たり、執事のロレンツォと共に自ら彼の身辺調査に繰り出す今のルチアは、傍から見れば彼のストーカーのように見えなくもないのだが。

ルチアはただ、いつでもダミアーノに婚約破棄を突き付けられる状況を保つために、常に最新の証拠集めをしているだけなのである。




「ロレンツォ、そこの喫茶店で奴が通るのを待つわよ」

「御意」


寡黙な執事は耳心地の良い低音ヴォイスで短く応答し、ルチアのこの公爵令嬢らしからぬお忍びの活動にも付き従っている。

小さいが清潔で洒落たこの喫茶店は、ダミアーノが伯爵夫人との耽美な夕暮れ時を過ごす時には必ず通る裏道に面しており、小窓にかかる白いレースのカーテンのおかげで外から内側を見通すことはできないという、絶好の監視場所なのだ。


「来たわね。五分後にここを出て大通りから回り込むわよ」

「御意」


窓の外を、見慣れたチャラ男が通過した。

ストロベリーブロンドの明るい髪は襟足が短く、前髪は左右非対称で片側だけが長く目元を半分隠すような伸ばし方をしている。

垂れ気味の整った目元も、彼の素行を知っているルチアからすれば、軽薄そうに見えて仕方がない。

ヘーゼルの瞳の色は美しいのだが、その光に魅了されるには、ルチアは彼の私生活のだらしなさを知り過ぎていた。


喫茶店を出たところで、ルチアは背後から尾行してくるような足音を聞いた。


(まさか…)


振り返ると、花屋の鉢の陰に慌てて身を隠す、銀髪の誰かの姿が見えた。

まさかであった。

本日は、ルチアのほうが尾行をしている最中である。

つまり彼は、ストーカーのストーカーということになるのであろうか。


「ロレンツォ、後ろ、気づいてるかしら?」

「はい」


優秀な執事も、その存在に気付いているようである。


「あなたはあっちを見張ってて。邪魔されたらたまらないわ」


ロレンツォは、全て承知したというように、黙って頷きながら礼をする。

今日だけは、おかしなタイミングでストーカーに出て来られては困る。

姿を隠してつけているのに、下手をするとこれまでの証拠集めまで水の泡になりかねない。


ダミアーノにしてもルチアにしても、お忍びで徒歩である。

目的の伯爵家まで、小一時間ほどかけて歩いていく。

その間も、ルチアを追ってくるストーカーの気配は途切れることはなかった。


ルチアがやっているのは、証人探しと証人()()である。

今日ここまでの時間、ダミアーノが通って来た道筋で彼の姿を目撃した目ぼしい人物を、全てメモしてある。

そしてこれから、彼が伯爵家にこっそり招き入れられる瞬間と、彼が出てくる時刻までを記憶している人物を、ルチアの他に()()のである。

それはルチアが見知っている伯爵家の侍女だったり、ロレンツォと面識のある隣家の庭師であったりするのだが、彼らはルチアによる事前の根回しの結果、その瞬間その場に居合わせることになる。


一人の人間が一度見た程度では、ダミアーノ側も何とでも言い訳ができるだろう。

しかしルチアがこうして定期的に複数の目撃者を作っている以上、全てを都合よく辻褄合わせすることは難しい。

ルチアはまた、最終段階においては、これらの証拠を元に不倫の被害者である伯爵にも協力を仰ぐつもりでいる。


前世ならば撮影という便利な手段で確固たる証拠を掴めるのであるが、この世界では証拠一つ得るにも地道に労力をかけるしかない。

しかしルチアは、この活動にやりがいを感じてさえいた。

女を食い散らかす悪い男を、ギャフンと言わせてやるのが楽しみなのである。

前世でやりたくても叶わなかった“ザマァ”の瞬間を、彼女は待ち侘びている。


ロレンツォがしっかりとストーカーを見張っていたおかげか、邪魔が入ることなくその日の証人作りも順調であった。

ホッとすると、ルチアは奇妙なことに思い至った。


(そういえば今日は…どす黒いオーラが漂ってこないわね)


他の攻略キャラたちといると、必ず怨念のようなおぞましい念を背中に感じるのであるが。

ダミアーノの尾行中にはそれがなかった。


「ロレンツォ。帰るわよ」

「御意」


あのじっとりとした嫌な気配が無いなら無いに越したことはない。

しかし、それはそれで拍子抜けするような気もするルチアであった。


不意に立ち止まって、振り返る。

すると銀髪は大木の陰に身を潜めた。


「あなた、今日は何がしたくてついて来たの?」


腰に手を当てて、ルチアはその方向に声をかけた。

しかし彼は姿を現すどころか、大木の幹に身を寄せて更に隠れようと躍起になる。

既に見つかっている上に隠れ切れていないので、無駄なこと極まりないのであるが。


「まあ、いいわ。あなた今日の、見てたでしょ?いざとなったら証人になって頂戴」


ルチアの言葉の意味がわからないのか、大木の裏でその男が僅かに身じろぎしながら様子を窺う気配がする。


「大事なことだから先に言っておくけど、証言するのは今じゃないわよ。きちんと他の条件が揃って、私が頼んでからよ。あなた、私のストーカーなら、あの不倫男との婚約を破棄するために、協力してくれるわよね?」


その言葉を聞いて、木の陰の気配が変わった。

明らかにその場で、彼はガッツポーズをした。

そして。


「やったぁあああああああああ!」


喜びの雄叫びを上げて、彼は走り去って行った。

いつものような大泣きではないが、うるさい上に意味がわからないのは同じである。


「何なのかしら、本当に…」


解せない光景に溜め息を吐いて、ルチアは進行方向に向き直る。


「行くわよ、ロレンツォ」

「御意」


安定の低音ヴォイスで聞きなれた返事をする執事のロレンツォだけが、この日のルチアの癒しだった。

第八話をお読みくださり、ありがとうございます。


性悪令嬢ルチアとはいえ、彼女なりの正義感は備わっており、一線を越えることはありません。

その範囲で狡猾に立ち回るからこその、真正の悪の令嬢…そんなルチアを書いていけるといいなと思っております。

あまり好感の持てない主人公かもしれませんが、彼女の人間臭さも含めて魅力的に感じて頂けるよう努めて参りたいと思いますので、今後とも何卒よろしくお願い致します。

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