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第27話 大根役者と三文芝居

シエナ湾岸ホテルは、ルチアたちが滞在しているモンテサント公爵家の領内にある、海辺の宿泊施設である。

ゴシック建築の建物は外装も内装も豪華を極め、広く美しい庭を有していることは勿論、部屋数が少なくひとつひとつの寝室も広々としている。

つまり、上級貴族向けの高級ホテルなのである。


その前で止まったモンテサント公爵家の馬車から、四つの人影が降り立つ。

美貌と気品を兼ね備えた完璧な令嬢、それに従う理知的な初老の執事、そして彼らの後ろに控えるボディガードのように体格の良い二人の使用人。

この一行に気安く声をかけられる者など、世界中探しても王族くらいしかいないであろう。

只者ではございませんというオーラを、見る者をたじろがせるほどに燦燦と放っている。


彼らが玄関ホールへ入場すると、従業員たちがものすごい勢いで頭を下げた。

ルチアは楽しくなってくる。

これはまるで、パレードの主役になったようであると、心の中で独り言ちる。

尤も実際に傍目から見ている者達にとっては、そんな可愛らしいものではないのだが。


ルチアが名乗ると、言葉には出さないものの、場の空気が騒然とした。

何せ、王都からやってきた領主の娘、公爵令嬢ルチア・ヴェルディアナ・モンテサントなのだ。

しかも、ここの経営者はモンテサント公爵の弟にあたる、ルチアの叔父なのである。

三分と経たないうちに奥から支配人が現れて、丁寧な挨拶と共に、ご機嫌取りにここぞとばかりに美貌や佇まいを褒めそやした。


(そう、ここは我がモンテサント公爵家のテリトリーよ。こんな場所を舞台に選んで、いったいどう立ち回るつもりかしらね?)


支配人のおべっかを聞き流しながら、ルチアは見通せない天井の上、三階へと意識を向けた。


ルチアが303号室の知人を訪ねて来たと伝えると、すぐに従業員が上階へ向かった。

電気すらも開発されていないこの世界において、便利な内線などというものは無い。

直接部屋を訪ねて来客を告げる以外に、方法は無いのである。


数分後に戻って来た従業員が、一行を手際良く案内する。

勿論エレベーターなども無く、三階分の階段を自分の足で上がらねばならない。

余談であるが、トリスターノ王国での階数の数え方は前世でいうところのヨーロッパ式――つまり、地上階をゼロ階として数え、日本で言う二階から一階、二階と数えるのだ。

前世で日本人として生きた時間のほうが長いルチアにとっては、四階まで自力で上るといった感覚である。

運動嫌いのルチアにしてみれば結構な運動に当たるのだが、そこは公爵令嬢、優雅な表情を崩さない。


(このルチア様にこんな運動をさせるなんて……あのナルシスト、良い度胸じゃない!?)


表情は崩さないものの、本当は呼吸が苦しい彼女は、身体の悲鳴に正直に荒い呼吸をしてしまいたくてたまらない。

こうなると、婚約者とのお泊りデートを邪魔してきただけではなく、これから起こるであろう筋肉痛の原因を作ったあの軟派男への憎さが増す。


303号室の扉の前まで来ると、案内してきた従業員が丁寧にそこをノックをした。

次いで彼が呼びかければ、中から声がする。


「はい、今開けます!」


女性の声である。

それではこれで――と丁寧に礼をして、案内役の従業員は階下へ下がっていった。

キィと蝶番が擦れる音がして、凝った装飾の木の扉が内側へ開かれる。


顔を出したのは、薄絹一枚を纏った若い女だった。

来客、それも公爵令嬢が訪ねて来たというのに、こんな失礼な格好で出迎えるなんて非常識である。

だが今は、ルチアは何も言わない。

この後の展開をもう少し見守るのだ。


「こんな格好で申し訳ございません」


おどおどとした様子で、彼女はルチアたちを部屋の中へ通した。

ルチアよりは少し年上に見えるその女性は、奇麗系のなかなかの美人である。

そして――。


「何より、その……。申し訳ございません! こんな、こんなことを……!」


涙を浮かべ、床にひれ伏して彼女は謝罪する。

キングサイズのベッドにぐっすり眠るシルヴィオが、彼女の後ろに見えた。

その隣には、誰か寄り添って横たわっていたと言わんばかりのマットの窪みと、掛布団のよれがある。


「彼にしてみれば、火遊びのつもりだったのだと思います……! わたしはどうなっても、彼のことはどうかお許しを……!」


悲痛な叫びを上げる女性の脇を、ルチアはつかつかと通り過ぎてベッドへ向かった。


「なるほど? 睡眠薬でも使ったのかしら?」


こんなに騒いでいるのにぐっすり眠ったままのシルヴィオに辿り着くと、ルチアはその掛布団を一気に剥いだ。


「ちょっと!!」


急に叫んでがばりと振り返ったルチアは、冷静だった先ほどまでとは打って変わって、その美貌に怒りを滲ませている。


「誰よ、脱がせたのは!?」


途轍もない剣幕で、ルチアは女性に詰め寄る。

掴みかからんばかりの勢いであるが、シルヴィオが脱がされているのは幸いといっていいものか、上半身だけである。


「シルヴィオ様の肌を見ていい女は、婚約者の私だけよ!?」

「ひっ――!」


視線で射殺さんばかりのルチアを見かねて、ロレンツォが咳払いをする。


「まあ、それについては後でじっくり尋問するとして――」


ルチアは頭を冷やすようにいったん瞼を閉じ、そして開く。

翡翠色の瞳は先程の灼熱の怒りから、絶対零度の怒りへと温度を変えている。

どちらにせよ、彼女は怒っていた。


「ダミアーノ様はどこ? ここにいないことは、既にホテル側に確認してわかっているわ」

「えっ……。ど、どなたのことですか?」


女性の目が泳いでいる。

白を切ろうとしているにしても、これでは隠し通せていない。


「ダミアーノ様の命令で、シルヴィオ様が不貞を働いたと思わせる演技をさせられているんでしょう?」

「あ、あの……」


女性は戸惑いと恐怖に視線をあちこちさせており、その瞳の忙しなさは滑稽ですらある。


「二流……いえ、三流だわ」


ルチアの大仰な嘆息が響く。


「大根役者に三文芝居。何より脚本家にセンスが皆無。私ならもっと上手くやったわ!」


つまらなさそうに鼻を鳴らして、ルチアは女性とシルヴィオを見比べた。


「ただし誘拐のトリックだけは、なかなかの腕だと認めてあげる」


そして女性のほうへ真っすぐに鋭い視線を向けて、逃げることは許さないと言わんばかりに距離を詰める。


「どうしてこんなお芝居を?」

「わ、わたし、お芝居なんて……!」

「脅されているなら助けてあげるし、お金ならうちからもっと出せるわ。正直に言ったほうが身のためよ?」


ルチアがそう言うと、ずっとおろおろとしていた女性が、突然強い意志を宿した瞳でルチアを見返した。

何かプライドを傷つけられたとでもいう様子である。


「わたしは、お芝居なんてしていません! ダミアーノ様なんていう方のことは、存じません!」


しかしルチアは怯むどころか、口角を上げる。


「ふうん、わかったわ。あなた、ダミアーノ様に恋をしているのね?」


不敵に笑うルチアの言に、女性ははっと息を呑んだ。

その仕草が、肯定を示してしまっている。


「協力すれば恋人にしてやるとでも言われた? それとも、もしかして伴侶にするとまで言われたかしら?」


女性は黙ったまま答えない。

だが、否定しないことが何よりの答えである。


「残念だけど、あの軟派男に期待しても無駄よ。学園の女生徒や自分の家の侍女、更に既婚の夫人にまで手を出して婚約破棄された、節操なしなんだから」

「嘘よっ!」

「自業自得の癖に現状を受け入れられず、私の婚約者に戻ろうとして、一生懸命そこのシルヴィオ様を蹴落とそうしているのよ」

「そんなわけが……!」


信じられないという目で、女性はルチアを睨んだ。

この言動で既に、ダミアーノのことを知らないというのが嘘だと露見してしまっている。


「頭があるなら考えてみて? 簡単なことよ。シルヴィオ様と私の仲を裂いて、ダミアーノ様に何の得があるのか」

「そ、そんなの! その男性(ひと)があの方に恨まれるようなことをしたに――」

「へえ、そんな筋書きなのね。やっぱり三流だわ」


侮蔑を込めた翡翠色の瞳が宙を見据える。

その先に浮かんでいるのは、勿論ここにいないダミアーノの姿である。


「三流には三流の手法で返しても、無粋とは思われないわよね?」


悪役令嬢の不敵な笑みが振り返れば、そちらを睨んでいた女性は凍り付いたように怯えて動かなくなった。


「証明してあげるわ。こちらも一芝居打ちましょう。あなただって納得したいでしょう?」


ルチアの言わんとすることが理解できず、女性は薄絹一枚のまま微動だにせずルチアを見つめ返している。


「いい? これから私は、ダミアーノ様の前であなたに騙されてあげた振りをする。そこで彼が何て言うか、皆で聞いてみるのよ。わかった?」


ゆっくり頷いて、女性は口を開いた。


「……バルバラといいます」

「そう、バルバラ。立てる?」


最初に床にひれ伏した時のまま座り込んでいたバルバラに、ルチアが手を差し出した。

それを取って立ち上がったバルバラは、再びルチアの目を見たとき、自力で立ち上がらなかったことを後悔した。


「どうしてもこの場ではっきりさせておきたいのだけど」


口元だけで笑っているルチアの翡翠色の瞳の温度は絶対零度。

そして彼女は、取った手を離さず強い力で握りしめている。

とても友好的とは言えない。


「あなたが脱がせたの?」

「…………」

「ダミアーノ様のことが好きなのなら、他の男性の上半身を見てもどうこう思うこともないでしょうけれど。私にとっては大切なことなのよ。ねえ、答えて?」

「そ、れは……。はい」


諦めて答えれば、手を握る力が増した。


「痛っ……!」

「それで、昨夜は同衾して隣で眠ったのかしら?」

「いいえ、そんなことまでは、流石にできません! 好きでもない男の人と……!」


そう答えれば、ルチアの手の力が緩んだ。


「そう。きちんとした貞操観念をお持ちのようでよかったわ。だったら、他に変なことは何もしていないのね?」

「はい、勿論です……!」


もう勘弁してくれと言わんばかりに、バルバラは叫んだ。

するとようやく、ルチアは手を離した。


「嫉妬に狂うみっともない女だと、笑いたければ笑っていいわよ」


ルチアは静かに、寝台に眠るシルヴィオに歩み寄った。

すぐ傍でこんな騒ぎになっていても、彼が起きる気配は無い。


「あなたが何とも思っていなくても、私にとって(シルヴィオ様)は唯一無二なの。とても大切なのよ」


彼の頬に優しく手のひらを添えて、ルチアは穏やかな声色で言う。


「どこも怪我をしていなくて、本当によかった」


豪奢なドレスを身に纏い、使用人たちを引き連れ、高圧的に怒鳴っていた公爵令嬢。

そんなルチアが見せるただの恋する少女としての表情を、バルバラは意外な面持ちで見守っていた。


「ロレンツォ。一旦別荘へ引き上げるわ。睡眠薬が効きすぎていて怖いから、お医者様を呼んで」

「御意」

「マッテオ、ジーノ。どちらでもいいわ。力づくでもいいから、シルヴィオ様を起こせるかしら?」


必要な役者だから――そう続けたルチアの不敵な笑みに、再びバルバラはぞっとした。

二章第二十七話をお読みくださり、ありがとうございます!


何話か前の後書きで、二章も一章と同じくらいの話数に……と書いたのですが、やっぱりそこそこ越えそうです。

流石に五十とかはいかないと思いますが。いっても四十くらいだと思いますが……。

書きたいことが色々残っているのです!

ご興味の続く限り、どうかどうかお付き合いくださいませっ!!

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