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第5話­­ ­騎士­見習いアドルフォの攻略2

悪役令嬢ロベルタの目を誤魔化しながらのアドルフォの攻略というのは、狡猾で用意周到なルチアにとっても困難を極めた。

それでもシレア学園二年目の秋ともなれば、かなりの数のイベントをこなし、もうすぐ終盤とも言えるところまで攻略が進んでいた。

外堀固めこそしていないが、アドルフォ本人はそろそろルチアに夢中になりそうである。


オルランドとの秋桜の花祭りでのお忍びデートから、三日後。

この日は貴族の子息向けの剣術大会がある。

勿論ここにアドルフォも参加し、そしてこの大会はゲームでは重要なイベントの舞台となる。


アドルフォは、ゲームではシレア学園三年目時点で三年連続、現世でシレア学園二年目の彼は二年連続の優勝をするのだが、ここに賞金泥棒が現れる。

ゲーム中で前年も賞金泥棒が現れていた描写があり、『昨年と同じ犯人』と後日わかる。

ならばこのイベントを一年早く発生させることは可能と、ルチアは踏んでいる。


ゲームのヒロインは、前年に現れた賞金泥棒の噂を聞いた状態で、選手控え室で昼食を摂るアドルフォに差し入れを持っていく。

するとそこへ賞金の袋を持った男が走ってくるのが見え、それを賞金泥棒だと察した彼女は、犯行を阻止しようとするも、人質として逆に捕まってしまう。

そこに颯爽と現れたアドルフォがヒロインを救い出し、賞金泥棒を見事に押さえ込み、警備兵のもとへ突き出すのである。

ヒロインはアドルフォに命の恩人であると感謝し、アドルフォはヒロインの足止めのおかげで賞金泥棒を捕まえられたことに感謝し、彼女がそんな勇気を示した理由に感動する。

前世のルチアは、この人質救出シーンが結構お気に入りであった。




ルチアは、『皆様でアドルフォ様を応援に参りましょう』と、“仲良しグループ”に巻き込んだモブキャラたちを誘って、観覧席にやってきた。

こうすると当然、ロベルタも誘うことになるのだが、彼女は今日は来ていない。


ロベルタとも“お友達”として接して来たからこそルチアにはわかったことだが、彼女はアドルフォにもともと恋愛感情は無いようである。

ゲームでヒロインに嫌がらせをするのは、気位の高いロベルタにとって、他の女に婚約者を奪われるなどというのはプライドが許さないからだ、ということが察せられた。

現状、“仲良しグループ”を演じているルチアが彼女の婚約者を攻略しているとは、ロベルタは気づいていない。

故にロベルタにとって、()()出掛けてくるものを見張る必要はなく、剣術にさして興味のない彼女は来なかったのだった。


舞台を円形に囲む観覧席から、試合の様子がよく見える。

この日も秋晴れ、アドルフォの小麦色の肌や汗の粒が、陽光にきらきらと輝いている。


「アドルフォ様!頑張って!!」


試合中は、他の“お友達”と応援で盛り上がっていればそれでいい。

現段階で気を張る必要は特にない…はずであったのだが。

ルチアがアドルフォの名を口にする度、背後から黒い念を飛ばされている気配があった。


(あのストーカー…!またいるわけ!?普通こんなところまで来る!?)


剣術大会が催されているのは、王都から馬車で三時間以上かけて移動した先の街である。

王都の丘の上にあるシレア学園に通うのは、基本的に王都に屋敷を構える貴族の子女である。

ルチアをストーカーしている下級生にしても、ここに来るには馬車で三時間以上揺られなければならないはずだ。

早朝に出てきたルチアたちを追って、こんなところまでついて来たと思えば、ルチアの中で鬱陶しさより驚きが勝る。


「流石アドルフォ様!ここまで無敗ですわ!」


隣の令嬢がそうしてアドルフォの名を口にしている時は、特に黒い気配は感じない。


「ええ、本当に!私たちのアドルフォ様はお強いですわね」


ルチアがこうしてその名を口にすると、背中に直撃する負の念にぞわりとする。


(うう…気が滅入りそう。せめて大人しく座っててくれるといいけど。イベントの邪魔でもされたらたまらないわ)


賞金は、舞台後方の審判席の脇に袋に詰めて置かれている。

これが忽然と姿を消すのは、昼休憩の間のはずである。

ルチアはゲームの知識から、犯人の逃走経路を知っている。

選手控え室の前の廊下を通り抜けるタイミングで騒ぎを起こし、人質になれば、アドルフォが救いに来るはずだ。


(でも…もし一年前だからという理由で、イベントが起こらず助けてもらえなかったら?)


これまでは、少々ゲームと状況が違っても、ルチアが必要条件と踏んだことを満たしていれば、故意にイベントを起こすことに失敗したことはなかった。

しかし、今回はイベントが起こらなかった場合のリスクが大きい。

犯人に捕まって助けられもせず攫われてしまったら…。

金銭目的の泥棒がルチアを公爵令嬢と知ったら、身代金の要求のために監禁されるということも考えられる。

もっと悪ければ…。


(容姿端麗という設定がある、若い女を攫ったのが男なら…。この身も安全とは言えないわよね)


その最悪の想定にはぞっとする。


(でも、ヒロインが入学してくる前に、できるところまで攻略を進めておきたいのよね…。ええい、こんな気弱になるのは、あの意味不明なストーカーがいるせいよ!)


全てをストーカーの責任にし、ルチアは自分を奮い立たせた。


「ルチア様、お昼ですわよ」


“お友達”に声を掛けられ、はっとする。

思考に入り込み過ぎていた。


「ええ。では参りましょうか」


観覧席での飲食は自由なので、特に平民席ではその場で持ってきた食事を広げている姿も多く見られた。

しかしルチアたちは貴族の子女ばかり、ここで食べるという発想も持たない者ばかりでる。

外に待つ執事や侍女が、彼らのために折畳みのテーブルと椅子を並べ、軽食の準備をしている手はずになっている。

ルチアたちは連れ立ってそこへ向かう。


(余裕を持って動くなら、そろそろだわ)


賞金泥棒が動き出すのは、ルチアたちのような一旦外へ出る観覧客の人の波が、一通り落ち着いた頃である。


「皆様。私、アドルフォ様に差し入れをと、焼き菓子をお持ち致しましたの。これからそれをお渡しに参ろうと思います」


完璧な公爵令嬢の笑顔で、一緒にいる“仲良しグループ”に伝える。


「どなたか、ご一緒にいらっしゃいませんこと?」


あくまで、他人の婚約者に対し他意のある行為だとは悟らせないため、ルチアは皆に声をかけることも忘れない。

しかし皆、自分が差し入れを持ってきた訳ではないので、ルチアに遠慮して先に外へ向かっていった。


(あら、これは思ってたより上手くいったわね)


内心でほくそ笑んで、ルチアは選手控え室へ向かう。

しかし、人混みの中では気にならなくなっていた背後の気配が、途中からはっきりし始めた。


(…まあ、いいわ。あんなストーカーでも、アドルフォが助けに来なかったら、外へ知らせに走るくらいはできるだろうし。保険くらいにはなるかもしれないわ)


ちゃっかりとルチアは、ストーカーの存在も計画の中に組み込む心積りになっていた。


何度目の角を曲がった時だったろうか。

軽い金属が大量にぶつかり合う音と、足音が聞こえてきた。


(来たわね…!場所もバッチリ、ここで待ち構えて体当たりよ…!)


迫りくる男の前に立ちはだかり、ルチアはゲームでヒロインがした通りに両腕を開いて道を塞いだ。

そこはルチアの計算通り、選手控え室の前の廊下であった。


「待ちなさい、泥棒!」


男が勢いよく、ルチアに衝突する。

弾みで男の手から賞金の袋が投げ出される。

ルチアは背中から床に押し倒されるかたちになり、その痛みと共に身体の上にのしかかった男の重みを感じた。


(うっえ…この男、臭いんだけど!!)


選手控え室のから、『今、変な音しなかったか?』という声が微かに聞こえた。

二人同時に賞金の袋に手を伸ばし、僅差でルチアが先に取る。

しかし男はそれを奪い返そうと手を伸ばし、力では勝てないルチアはその袋を咄嗟に選手控え室の扉へ投げつけ、大きな音を発てる。


「なんだ!?いったいどうした!?」


中から出てきたアドルフォと他の選手たちが目にしたのは、無骨な腕にルチアの首を絡めとってその身体を持ち上げ、もう片方の手にナイフを手にした男であった。


「ルチア様に何を!!!」

「その袋をこっちに渡して、逃走用の馬車を用意しろ!」


男の腕の中で暴れながら、ルチアは必死に声を絞り出す。


「その賞金は…あなたのような、お金が欲しいだけの方がお持ちになってよいものでは、ありませんわ!私の大切なお方が手にすべき、栄誉です!私、アドルフォ様の優勝を、信じておりますもの!だから、だから…!」

「ルチア様…まさか、わたくしのために」


アドルフォはルチアの言葉に感動しつつも、彼女に向けられているナイフのせいで真っ直ぐ助けに向かえない自分が苦々しかった。


(ちょっと、早く助けてよ!これ、結構首が痛いんだけど!?)


ルチアはヒロインより、スタイルが良い。

身長も平均より高ければ、女性らしい豊満さもある。

つまり重いのだ。首なぞで持ち上げられ続ける痛みも、ゲームを凌ぐはずだ。


「わ、わかった…!この賞金を今から渡す…!」

「いけませんわ、アドルフォ様!これはあなたの――きゃっ!」

「黙れ小娘!」


ナイフの先が目の前に迫る。


「ルチア様に傷をつけるな!賞金と逃走用の馬車は、無傷のルチア様と交換だ…!」

「…ふん。いいだろう、さあ、賞金をこっちへ寄越せ」


ルチアは知っている。

賞金の受け渡しの瞬間、隙ができる。

それを狙ってアドルフォは、賞金を渡す振りをしようとしているのだと。


「…受け取れ」


ざっくざっくと硬貨が詰まった袋を、アドルフォが逞しい腕で大きく投げる。

袋は放物線を描きながら犯人のもとへと飛んでいき、彼の目は賞金の袋へ一瞬釘付けになる。


「とうっ!」

「それっ!」


()()()男が、その泥棒に体当たりをして取り押さえた。


「「よくも、ルチア様に!」」


犯人の腕から逃れ出たルチアが見たのは、鍛え上げられた体躯で犯人の身体を押さえ込む墨色の短髪のアドルフォと、軟弱そうな細腕で必死に犯人の手や顔を押さえ込む銀髪の…あのストーカーであった。


(な、なんであんたまで出てくるのよー!!!)


しばらくして抵抗を諦めた犯人は、彼の腕を捻りあげたままのアドルフォと、おまけのように背後に付き添うストーカーに、警備兵のところへ連行されていった。

ルチアが賞金を守ったと知った控え室の選手たちは、その勇敢さに賛辞を述べると共に、打った背中や肘のかすり傷を心配して医務室へ案内してくれた。


打撲と擦り傷だけなので、大したことはない。

どちらかというとルチアには、あの泥棒の体臭が移っていないかのほうが気になるくらいであった。


「ルチア様!お怪我をされたとお聞きして、わたくし…」

「あら、アドルフォ様。わざわざいらしてくださったんですのね」


それは治療を受けて医務室を出て、すぐであった。

このタイミングでアドルフォが来ることは、ゲームの展開でわかっていた。

しかし一歩間違えて、背中の打撲を見せている最中に医務室に駆け込まれていたら、ルチアは上半身の肌をアドルフォに晒すことになっただろう。

そうはならないとゲームで知っていたが、危なっかしいことが続くイベントであるという思いは拭えない。


「私はたいしたことはございませんわ。それより、アドルフォ様はお怪我はございませんの?」


いじらしく、アドルフォの身を案じるように、ルチアが翡翠の眼差しを向ける。

その大柄で筋肉質な身体に隠れて、誰かさんの気配がしたが、その存在をルチアは無視した。


「わたくしなど、いくら傷ついても構わない身体です!そんなことより、ご令嬢の…他でもないルチア様の美しい肌に、傷を作ってしまうなんて…」

「これは私が自ら望んだことのために負った傷ですわ。私、誇りに思いますの。大切なお方の栄誉の証を、あのような手合いに奪われずに済んだのですから」

「ルチア様…」


感動と照れで頬を赤く染め、アドルフォは力強い目元に僅かに涙を滲ませた。

ルチアはそっと、真っ白なレースのハンカチを取り出し、目元をに軽く当てて涙を拭ってやる。

黒い念が彼の背景に漂っているのは、見えていないことにして。


「アドルフォ様。私、信じておりますの。この後の試合も、アドルフォ様は絶対に負けませんわ」


自信に満ちた瞳をきらきらと輝かせ、ルチアは真っ直ぐにアドルフォを見据える。


「だって、アドルフォ様は、私の英雄。そして私の命を救ってくださった、正義の騎士なのですから」


喜びと、言い知れぬ熱い想いにこぼれ出しそうな涙とで、アドルフォの精悍な顔立ちには普段の彼が絶対に見せない表情が浮かんでいた。

その陰から飛んでくる負の念を、ルチアはなかったことにする。


「ルチア様。わたくしのために勇気を示してくださったのは、ルチア様であるというのに」


ぐっと固く、ハンカチを持つルチアの手を、アドルフォは大きな両手で包み込んで握った。


「あなたに、必ずやわたくしの勝利を捧げます。そして、あなたのその信頼にお応えするため、正義の騎士の名に恥じぬ自分であることを誓います。ですからどうか、最後まで見ていてください」

「ええ、勿論ですわ」


ルチアは知っている。

この“最後まで”という言葉には、今日の試合だけでなく、アドルフォの今後の人生も含まれることを。

しかしルチアはこの時、別のことに気を取られていた。


(せっかくのスチルなのに、背景が違うじゃないのよ!!!!)


それでもルチアは、オルランドの時のようにそれを表情に出すという失態は犯さなかった。


「アドルフォ様、これ。差し入れにとお持ちしたのです。もし、よろしければ…」


はにかみながら、ルチアは焼き菓子の袋を取り出して差し出した。


「もしかして、このためにルチア様は控え室へ…?」

「そうなんですの。ご迷惑、でしたかしら…?」


先程とは打って変わって、心配げに翡翠の瞳を揺らしてルチアはアドルフォを見上げる。


「迷惑なんて、とんでもありません!わたくしはどこまでも幸せ者です」

「よかった。…では、私は皆様のところへ参りますので、また後ほど…!」


照れて仄かに頬を染ながら微笑み、くるりと愛らしく身を翻して、ルチアは小走りでアドルフォのもとを去っていった。

ゲームでヒロインがそうするのと、全く同じに。


(で。なんで足音がついて来てるわけ!?)


いくつか角を曲がったところで、ルチアは突然足を止めた。

すると背後から、案の定体当たりしてくる男がいた。


「うわっ!ああ、ごめんなさい!!!」


振り返ると、腰を直角に曲げて頭を下げ、謝罪をする銀髪のストーカーが目に入った。


「謝るなら態度を改善して頂戴。私に迷惑をかけないように」


攻略キャラには絶対に見せないような目で、ルチアはじっとりと見下ろす。


「ごめんなさい!!ごめんなさい!!!でも…」


サラサラの銀髪が綺麗に生え揃った頭を下げたまま、その生き物は震えていた。


「でも、ぼくはいつだって、命をかけてルチア様をお救いする覚悟です!!!」

「そんな覚悟無駄の塊よ!あなたには無理なんだから、せめて助けを呼んでくるくらいの判断力を身に付けなさい!!」


震えていた身体が、ぴたりと固まった。


「う、うっ…うわぁあああん!!!」


そしてまた、彼は号泣しながら走り去っていくのである。


(何なのよもう、何よあれ!!!あんな貧弱では、あの賞金泥棒に歯が立たないことくらい、わからないの!?!?)


そこでルチアは、ふと思い当たることがあって、一瞬息を飲んだ。


(まさか本当に、殺されてもいいつもりで…?ま、まさかね!良く捉え過ぎよ。あいつが馬鹿だっただけに、違いないんだから…)


“お友達”と合流した頃には昼休憩も終わり近く、殆ど昼食を食べ損ねて空腹で残りの時間を過ごしたその日。

腹が満たされていないことも忘れ、ルチアの頭の中はあの震えるか弱い生き物に支配されていた。

優勝したアドルフォを見ても内心では少しも感銘を受けず、さらさらとゲーム通りの台詞を紡ぐだけだというのに。

あのストーカーには心乱され、彼の行動に何と言葉を発してしまうか、ルチア自身にも予測出来ないでいる。


(ああ、鬱陶しい!!!)


瞼の裏でずっと、銀色の光の糸がさらさらと揺れている気がした。

いつもより長めの第五話をお読みくださり、ありがとうございます。


“お友達”を利用してばかりの極悪令嬢ルチアに、いつか本当のお友達はできるのでしょうか。

こうまで勝ち組になりたがるルチアの内面にも、そのうち触れて参りたいと思っております。

ルチアと泣いてばかりのストーカーを、今後とも応援して頂けますと嬉しいです。

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