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第20話 悪役令嬢の種明かし

ルチアにつき纏うように話しかけに行っていたナナミが、突然それをやめたことは、同じ学級の生徒たちに何かあったのだろうという疑念を抱かせた。

公爵令嬢というルチアの身分故に、皆尋ねることもできずに遠巻きに見ているだけなのであるが、野次馬根性の透けて見える視線に晒され、ルチアは居心地が悪かった。


「ごきげんよう、ルチア様」


そんな中、堂々とロベルタが話しかけてきた。


「ロベルタ様、ごきげんよう」


ロベルタの眼鏡の奥で、アイスブルーの瞳が意味深に光っている。


「上手くいったようですわね?」


何がとは言わずとも、彼女らの間には共通の認識がある。


「ええ。後程ご報告するつもりでしたのよ。どこからご覧になっておいででしたの?」


ロベルタの確信ありげな様子は、ルチアとナナミの様子から推察したというよりは、現場を目撃していたように見えた。


「まあ。あたくしは、職員室の前を()()通りかかっただけですわ」

「あら、そうでしたの」


言葉とは裏腹に、ロベルタの声色と表情は偶然でないことを隠そうともしていない。

ルチアも特に、ロベルタに盗み聞きされていたことを不快に思わなかった。

おおかた、ルチアが感情的になって暴走しないよう、彼女なりに心配して見守ってくれていたのだろうと、察せられたのだ。


「問題は、あたくし以外にも通りかかったお方がいらっしゃったことですわ」


ロベルタは声を抑えて言う。

これにはルチアは眉を顰めた。

事情を知られたところで、ロベルタならば強い味方であるが、他の者ならば問題がある。


「ご安心なさって。会話内容までは聞かれていないと思いますわ。あたくしのように、()()気分が悪くなって壁に寄りかからなければ、普通の聴力ではお話の内容までは聞き取れませんもの」


ロベルタは、偶然という冗談を交えながら、包み隠さずルチアに話してくれている。

敵の多い今のルチアには、彼女の信頼が有難かった。


「そのお方とは、どなたでしたの?」


ロベルタは周囲に気を配ってルチアの耳元へ口を寄せ、更に声を潜める。


「ダミアーノ様ですわ」


その意外な名に、ルチアは瞠目した。

元婚約者のダミアーノがベルトロット邸を見張っていたことは、ロレンツォから聞いていた。

しかし、彼がこうも執拗にルチアの周りをうろついているとは、思わなかったのである。

女好きで節操なしの彼ならば、ルチア一人に拘るよりも、あちこちに声をかけて愉快に暮らしていそうだと思っていたのだ。


「あたくしも不思議ですのよ。あの方らしくもないと思いますわ」


ルチアの心境を悟って、ロベルタがそれに同意を示す。


「そこで最近のお噂を探ってみたのですけれど――」


なんと仕事の速いことか。

ロベルタを現時点で敵に回していなくてよかったと、ルチアは心底思った。


「以前のような派手な女性関係は、さっぱり無くなっているようですの」

「えっ!?」


シルヴィオとナナミのことに必死で、ダミアーノの身辺にまで気を配っていなかったルチアにとって、これは初耳にして信じがたい話であった。

あのダミアーノに一体何が。

それがルチアの感想である。


「表面上は女性に甘い言葉を振り撒いておられますが、深い仲になれないと嘆いておいでの淑女がちらほら」


そんなことを嘆く淑女を、淑女と呼べるかどうか。

貴族子女が通う学園においてのことであるのに、随分と奔放なことだ。

ルチアは彼女らの将来を僅かに心配してやったが、それも一瞬のこと。

他人は他人だ。


「そして以前から()()()()にあった淑女も、最近はご無沙汰であると」


昨日の今日で、どこにどう聞き取り調査を行えば、ここまでの情報が揃うのか。

ルチアはロベルタの手腕に感心せずにはいられない。


「実は勝手ながら、少し前から調べておりましたの。ルチア様は他にお相手しなければならない淑女がいらっしゃり、お忙しいことと思いましたので」


ルチアの心の声に答えていくように話を続けるロベルタは、流石は乙女ゲーム『愛憎のシレア学園』随一の頭脳派キャラである。

ルチアに前世の記憶というアドバンテージが無ければ、学年首位は間違いなくロベルタであっただろう。


「感謝申し上げますわ。ロベルタ様、本日のお昼はお時間がございまして?」

「ええ。ルチア様とお話するお時間でしたら」


例え他のつまらない用があっても、ルチアのためなら時間を空けると、ロベルタは言ってくれているのだ。


「せっかくお昼を手作りして参りましたので、婚約者も同席させることになりますけれど」

「構いませんわ。それにしても、ルチア様自らお料理をなさいますの?」


貴族令嬢、それも公爵令嬢が台所に立つなど、常識的には考えられないことである。

それは下働きの仕事であって、身分の高い者がすべきことではない。

しかしロベルタのアイスブルーの瞳は、蔑むでもなく、純粋な好奇心に輝いていた。


「私、お料理は得意ですのよ。とはいっても、この国では馴染みの無い民族料理の類ですけれど」

「まあ、それは興味深いですわね」





昼休み。

シルヴィオがルチアを迎えに彼女の学級を訪ねて行くと、彼女はロベルタも一緒にと言うので驚いた。

久しぶりに共にする昼食、しかもルチアの手作りが振る舞われるというので、二人きりであるものと信じて疑っていなかったのだ。


シルヴィオとロベルタの間には、特に友情があるわけではない。

ルチアをエスコートしながら様子を窺うシルヴィオは、余所行きの所作で姿勢を正して、まともな子息として振る舞うことに努めていた。

彼が変質者であることをアドルフォから聞いているロベルタからしてみれば、ルチアの評判を気遣うこの婚約者の徒労が滑稽でさえあるのだが、口には出さない。


「少し繊細なお話をしたいんですの」


教室を出て歩きながら、ルチアが切り出す。


「中庭ではどなたの耳があるかわかりませんわ。西側の散歩道のどこかの木陰で敷物を広げても、よろしくて?」


それは、ルチアが初めてシルヴィオの顔を見た、学園内に人工的に作られた散歩道のことである。

校舎からそれなりに遠く、腰を下ろすような場所でもないそんなところを、昼休みに通りかかる者は滅多といないだろう。


「構いませんことよ」


そんな奇異な提案を快く容れる悪役令嬢ロベルタ。

シルヴィオはこの瞬間、彼女に理由のわからない緊張と畏れを抱いた。


三人は案の定人気のない木陰に適当に場所を見繕って、ルチアの持参した敷物の上に腰を下ろした。

日当たりの悪い並木の合間で、何とも奇妙な昼食会が始まる。


「私、ロベルタ様のことを全面的に信用して、重大な秘密を打ち明けようと思いますの」


そう言って、ルチアは気密性の高い器の蓋を開けた。

すると、この国では鼻に慣れない、悪臭とも言える臭いが漂う。

現れたのは、ロベルタにとっては初めて見る、そしてシルヴィオにとっては懐かしい料理の数々だった。

――そう、これは日本食である。

白身魚の餡かけ、煮物、鶏のから揚げ、そして卵焼きなど、全てこのトリスターノ王国では目にすることのないものばかりだ。


それを見た時、シルヴィオにもルチアが何を打ち明けようとしているのかがわかった。


「これが、ルチア様の秘密ですの?」

「秘密の一端ですわ」


その臭いにも徐々に慣れてきたのか、ロベルタは僅かに顰めていた秀麗な眉の角度を和らげ、じっくりと料理を観察した。


「東方の民族料理かしら」

「そうですわね。この世界では、そういうことになりますわね」


この世界では、という言葉に引っかかりを覚えたロベルタが、真っ直ぐに視線を上げてルチアを見据える。


「ルチア様は、別の世界からいらしたとでもおっしゃるの?」


見つめ合う二人の悪役令嬢の眼差しは、真剣そのものである。


「ええ。正確には、別の世界で生きた前世の記憶を持ったまま、この世界へ生まれ変わったのですわ」


それが冗談や言葉遊びの類であるのかどうか、ロベルタはルチアの翡翠色の瞳の奥を探るように、刺さるほどの視線をじっくりと向けた。

そしてルチアの視線もまた逸らされることなく、ロベルタのアイスブルーの瞳の奥に向き合い続けていることを確認する。


「そうでしたのね。博学でいらっしゃるわけですわ」


彼女は信じた。

シルヴィオの印象からすると、この頭の切れる令嬢ならば、非科学的なと否定しそうに思われたが、そんなことはなかった。

科学は魂の行方について、何も証明していない。

ロベルタはルチアの期待通りの、柔軟な脳の持ち主だった。

二章第二十話をお読み下さり、ありがとうございます!

話数調整が上手くいけば、二章も一章同様三十話前後で完結する予定です。

そういうバランスも大切かなと思っているのですが…気にしているのはもしかすると、書いている側ばかりだったりするでしょうか?

巻ごとに厚さの違う小説なんて、少なくありませんもんね。

思考錯誤を続けて参りますので、今後とも何卒よろしくお願いいたします!

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