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第4話 騎士見習いアドルフォの攻略

アドルフォ・サルダーリは男爵家の長男で、彼の父はトリスターノ王国の騎士団長である。

彼自身も、卒業後は王国騎士団への入団を希望している。


儚げで美しいオルランドとは対照的に、がっしりとした筋肉質な長身の持ち主で、逞しいことこの上ない。

こういうタイプの攻略に、ヒロインも同じ騎士を目指して体力を磨いていくような乙女ゲームもあるが、『愛憎のシレア学園』のアドルフォルートはそのパターンではない。

しおらしく守られて、アドルフォを立てて存分に良い格好をさせてやり、精神面での支えになったり時折知恵を貸したりといったかたちで、お互いに無いものを求める恋をするストーリーとなっている。


アドルフォルートには他にメインの悪役令嬢がおり、ルチアは脇役としてしか登場しない。

つまり、現世のルチアがアドルフォを攻略するにあたって、彼のルートの悪役令嬢はルチアのライバルとして立ちはだかることになるのである。


その悪役令嬢ロベルタ・ピアツェラは伯爵家の次女で、アドルフォの婚約者である。

気が強く頭が切れる頭脳派キャラで、ゲームではその頭の良さを活かして巧妙な手口でヒロインを追い詰めようとする。


しかし、現世ではルチアのほうが成績が良く、前世で学んだことの記憶があるというチートを活かして天才児扱いされており、気の強いロベルタもルチアには一目置いている。

ルチアというキャラの元々の設定は、公爵令嬢という身分と容姿端麗というこの二つだけが武器である。

だが現世のルチアは今回の人生で必ず勝つため、転生によるチートに加え、血のにじむような自分磨きをしてきた。

純粋な知能比べなら負ける気はしていない。


その上で狡猾に立ち回りたいルチアは、現段階ではロベルタをあからさまに敵に回すのは愚策と考えている。

最終的にアドルフォを選ぶことにならなければ、婚約関係にある二人の仲を公爵令嬢であるルチアが引っ掻き回したなどという、不名誉な事実は残らないに越したことはない。

ロベルタが頭が切れるだけに、彼女本人と険悪になることも、面倒である。


ルチアは、アドルフォともロベルタとも、他の令嬢や子息を巻き込んで仲良しグループを作り、集団でつるむ関係のお友達を演じている。

イベントをこなす際も、モブキャラが同席していても結果に差が出ないと判断したら、この巻き込んだ“お友達”を一緒にいさせることで、二人きりではなかったという言い逃れへの伏線を張るのだから、なかなかに狡猾である。


アドルフォを攻略し切るとなったらば、当然ながら略奪愛となり、ロベルタとの婚約を破棄させる必要がある。

貴族の結婚は家同士の結び付きを深めるためのものなので、好きにさせたら勝ちというだけの話ではない。

ここで、前世で見てきた『愛憎のシレア学園』で、ヒロインがいかにしてアドルフォを略奪したかが重要になってくる。


アドルフォルートのベストエンドでは、ロベルタはアドルフォの二歳年下の弟と恋に落ちる。利害関係が一致した二つのカップルは、最終的には手を組んで、彼らの親の前で一芝居打って望み通りの結果に収まる。

つまり、アドルフォとヒロイン、ロベルタとアドルフォの弟が婚約というかたちで、綺麗にまとまって皆が幸せになるのである。


何てご都合主義な展開かと思うが、プレイヤー側は選択肢のみでここまで持って行かなければならないので、攻略難易度は無駄に高い。

ヒロインはまず、ロベルタに惚れているアドルフォの弟を上手く焚き付け、告白の台詞まで考えてやったりと、彼の恋を全力で応援してやる。

そしてロベルタが彼に上手く振り向いたら、これまで敵として接してきたロベルタに手を組んでもらうため、彼女の信頼を勝ち取らなければならない。

アドルフォ本人より、その周りの攻略が大変なルートである。


さて、そんなアドルフォであるが。

攻略初期段階では、ロベルタとの関係にも波風立てず、“お友達”の範疇で好感度を上げていくことは、それほど難しくなかった。




「いつも頑張っていますのね」


昼休みに剣の鍛錬をしているアドルフォに、清潔で香りの良いタオルをさりげなく差し出してやる。


「ああ…ルチア様、ありがとうございます」


力強い目元をすっと細めて笑み、アドルフォは汗の粒が光る小麦色の肌や、墨色の艶やかな短髪を拭いていく。

そうしている間にも目に付く逞しい腕の筋肉は、肉体美を表現した彫刻にも勝る流麗な曲線を浮き上がらせ、男らしさを漂わせている。


「まだ続けられるおつもりですの?」

「ええ。昼休みが終わるぎりぎりまでは」

「見ていてもよろしくて?」

「構いませんが…。見ていて楽しいものではありませんよ」


アドルフォは、怪訝そうに言う。

しかしルチアは、はにかみながら微笑む。


「楽しいんですの…私にとっては」


すると、アドルフォの茶褐色の瞳に驚きが滲む。


「私、時々あの図書室の窓から見ておりましたの。アドルフォ様がここで剣の練習をなさる、きらきらしたお姿を」

「きらきら…ですか?」

「ええ。アドルフォ様の汗や剣先が太陽の光に輝いて、それはそれは素敵に見えますのよ。まるで、物語に出てくる英雄の姿そのものですわ」


頬を染め、うっとりとルチアは告げる。


「英雄だなんて…わたくしはそんないいものではありませんよ」


照れながらも喜びを隠せないアドルフォは、“英雄”という響きがたいそうお気に召したようである。


「では、今は私だけの英雄ですわね」


上品にクスリと笑んで、ルチアは翡翠の瞳を上目遣いにアドルフォへ向ける。


「でもいつか、皆の英雄になってしまわれる…その勇ましいお姿を見ていると、私そんな気がしますのよ」


白昼夢に浸るように、ルチアはしばしその視線を遠くへ向ける。

それから、邪魔にならないようにと下がって、アドルフォの剣の鍛錬を見守った。




アドルフォルート初期に出現するこのイベントは、タオルを渡して逞しい姿を褒めるという、たったそれだけのものであった。

このシーンは、プレイヤーの胸を熱くするものというよりは、今後の選択肢へ向けてのチュートリアルに近い。

スチルに描かれる筋肉美が、まさに彫刻のように美しく力強いので、逞しさを求めるファンの中にはこのスチルこそ至高とする層もいたようではあるが。


前世でも現世でも、ルチア個人として筋肉フェチであるかといえば、そうでもない。

しかし、アドルフォは攻略すれば、男らしく女性を守り、跪いて手の甲にキスをするなど、騎士というイメージそのもののような振る舞いをする。

そのシチュエーションそのものは、ルチアは今も昔も気に入っている。

だから将来の伴侶候補として、捨てがたいと思って攻略しているのである。


これくらいは、婚約者のいる彼に対して客観的に見ても色目を使ったうちに入らないだろう。

そう判断したルチアは、シレア学園に入学した四月以降、一ヶ月とかからず“仲良しグループ”を作り上げ、次の五月にはこのイベントをこなしてしまった。

第四話をお読みくださり、ありがとうございます。


攻略という名の伴侶狩りをする女豹令嬢ルチアは、優雅な公爵令嬢の仮面を被って今後も頑張って参ります。

そんな彼女とこの物語を、これからも見守って頂けますと幸いです。

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