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第11話 転生悪役令嬢の友人たち

その日ルチアは、憂鬱な気分で登校していた。

シルヴィオが昼と帰りを一緒にできないと言い出してから、一ヶ月が経つ。


事情は知らないものの、シレア学園であまり会いたがらないシルヴィオを気遣って、ルチアは放課後に着替えてからベルトロット邸を訪問するようにしていた。

シルヴィオは喜んで迎え入れてくれるし、そうすればバカップルらしい幸せな時間を過ごすことができた。


しかし二日前から、シルヴィオの様子が更におかしくなった。

キスしようとすると避ける。

そして愛の言葉を一切口にしなくなった。

理由を問えば、謝罪が返ってくるのみ。

明らかに不自然であるのに、シルヴィオはルチアに事情を隠し続ける。


(信用されていないのかしら)


ルチアとしては、できることなら事情を話して欲しかった。

どんなことがあっても彼の味方でいるつもりであるし、何か役に立てるかもしれない。

少なくとも、寄り添うことはできる。


(信じるって決めたのに。これではまるで、心が離れていってしまったように感じるわ)


季節は初夏に差し掛かろうというのに、ルチアは肌寒いような気さえしていた。


「あの、ルチア様」


教室へ入る直前、今年は隣の学級になったアドルフォに、控えめに呼び止められた。

その隣には、ロベルタがいる。


「ごきげんよう」


ルチアは足を止めて挨拶する。

朝礼まで、まだ少し時間がある。


「ごきげんよう、ルチア様。少しお話よろしいかしら?」


ロベルタのアイスブルーの瞳が、良いニュースではないと告げている。


「ええ、よろしくてよ」

「お手数ですが、少し場所を移動しましょう」


快諾したルチアは、アドルフォの先導に従って、あまり生徒の通らない廊下の突き当りまでついていった。


「立ち話をさせてしまい恐縮ですが、少ししか時間がございませんので、ご了承くださいませ」

「構いませんわ」


前置きしてから、ロベルタがルチアを真っ直ぐに見据えた。

アドルフォは、彼女に話を任せる姿勢のようである。


「単刀直入に申し上げますわ。ルチア様とシルヴィオ様についての、特にシルヴィオ様に責任があるような内容での悪い噂が、ここ数週間の間にちらほら耳に入るようになりました」


寝耳に水である。

ルチアはシルヴィオが自分から離れていきそうな不安でいっぱいで、そんな噂には気づかなかった。


「タイミングといい、ペースといい、誰かが故意に流しているとしか思えませんわ。シルヴィオ様に敵がいらっしゃるのか、あるいはお二人の婚約が破棄されて得をする誰かがいると、考えるのが妥当かと思いますの」


ルチアは黙って首肯した。

噂の件が事実であれば、ロベルタの読み通りであろう。


「後者でしたら質が悪いですわね。公爵家の後ろ盾に守られている私ではなく、シルヴィオ様ばかりに矛先を向けるなんて」


静かに述べたルチアの言に、正義感の強いアドルフォは深く頷いた。


「どのような噂ですの?」

「ルチア様の再婚約までの期間が短いことと、お二人が婚約後すぐ仲睦まじくしていたことから、シルヴィオ様が略奪を画策したのではというのが主な内容ですわ」


ルチアの質問に、ロベルタがすぐ簡潔に答えた。


()()()()()()()何も画策しておられませんわ」


アイスブルーの瞳が愉快気な光を帯び、ルチアの言外に言わんとすることを悟ったと言わんばかりである。


「ええ。侯爵家の子息を陥れるだけの知恵があるお方が、付きまとい行為などリスクしかない目立つ行動をなさるとは、思えませんもの」

「ロベルタ様、そのようなおっしゃりようは…!」


ロベルタのあけすけな物言いに、アドルフォが焦る。


「構いませんわ。事実ですもの。それで、よろしければ具体的なことを教えて頂けますかしら?」

「勿論ですわ」


そう頷いてからロベルタが端的に語っていった噂の内容は、シルヴィオの評判を貶めるようなものばかりであった。

中には、婚約を成立させるために、彼がルチアに無理強いして既成事実を作った、などというものまであり、淡々と語るロベルタの声色にさえ呆れが滲んでいた。

だがいくらかは、一見辻褄の合うものも混じっている。


「その噂の出どころが全て同じ人物だとすれば」


そう言いつつ、ルチアは口角を上げる。


「まあ、ルチア様。おかわいそうですわよ?」


クスリと上品に笑うロベルタの表情は、言葉とは裏腹に少しも同情的ではない。

アドルフォは、二人のやり取りの意味がわからないのか、彼女らに交互に視線を遣るばかりである。


「私も無関係というわけではございませんし、中には私の評判を落とすようなものもございますもの。何より、婚約者の敵は私の敵。手加減して差し上げる義理はございませんわ」


不敵に笑うルチアにただならぬものを感じ、アドルフォはびくりと震えた。

ロベルタは心底愉快そうに、似たような不敵な笑みを浮かべる。


「あたくしは、ルチア様の味方でしてよ?」

「まあ、楽しんでいらっしゃるだけでしょう?」


二人の美しい令嬢が笑い合っているというのに、アドルフォはそこに薄ら寒いものを感じた。


「そろそろお時間ですわね」

「ええ。では、アドルフォ様。また」

「はい、また」


美しく礼をして、二人の令嬢は教室の中へと入っていく。

それはアドルフォにとって、好きだった女性と、そして婚約者である。

けれど彼が感じるのは、甘酸っぱい恋の余韻などではなく。

女性とは怖いものだという、朧気な不安と恐怖だった。




昼休み。


「ルチア、ちょっと」


こんなふうに公爵令嬢を呼びつけられる人物は、この学園の生徒では唯一人。

王子オルランドである。


「今参りますわ」


従姉弟であり、友人でもある彼に答えて、ルチアはすぐに席を立つ。


「ああ、少し込み入った話なんだ。よければ昼食も持ってきてくれ」

「承知いたしました」


ルチアがサンドイッチの籠を持ち上げる間に、教室の端の方から黄色い声が聞こえてきた。

隣の学級から美貌の第一王子が訪ねてきたとあって、女生徒たちが喜んでいるのである。


そちらを振り返りもせず、ルチアは籠を手に淡々と教室を出る。

オルランドの碧い瞳が真剣な色を帯びていたので、彼の用件が愉快な話題ではないと察せられたのだ。


「屋上へ行こう。野次馬に聞かれたくない」

「ええ」


事件でもないのに野次馬が寄ってくる立場の、オルランド。

常に見られて暮らさねばならない彼の苦労は、計り知れない。


彼と二人で屋上へ来るのは、久しぶりであった。

ルチアがオルランド攻略から手を引いて以降、屋上そのものへもほとんど足を運んでいなかった。

丘の上にあるシレア学園の屋上からは、王都が一望出来る。

この場所は絶景ポイントであり、オルランドのお気に入りである。


「実は――」


手摺りに凭れ掛かりながら、オルランドがルチアを振り返る。


「良くない噂を耳にした。それも複数だ。知っていたか?」

「ええ。今朝、ロベルタ様とアドルフォ様からお伺いしたばかりですの。私自身は、気づいておりませんでしたわ」

「そうか」


神妙な顔つきで頷いて、オルランドは背を向けた。

王都を見下ろしながら会話をしようというつもりであるらしい。


「噂の出どころに心当たりは?」


無くもない。

しかしルチアは、その憶測を口にすることを躊躇った。

真っ先にエルザを疑っているのだが、その理由が悪役令嬢だからという以外の何者でもないのである。

ゲームのストーリーでも、エルザの嫌がらせの中に噂を流すというものは無い。


「…なんとなく気になる方はいらっしゃるのですが、根拠の無い女の勘ですの。ですから、お名前を挙げることは現時点では差し控えさせてくださいませ」

「そうか、わかった」


煮え切らないルチアの答えに、オルランドはそれ以上詮索もせず頷いてくれた。


「俺に力になれることがあったら、遠慮せずいつでも頼って欲しい」

「まあ、ご親切にありがとうございます」

「当たり前だ」


くるりと振り返って、オルランドの碧い瞳が真っ直ぐにルチアを捉えた。


「俺は、彼にならと君を譲ったんだ。上手くいってくれなくては困る」


返す言葉が見つからず、ルチアはしばし沈黙した。

すると、オルランドの視線がふと何かを見つけたように、別の一点に注がれる。


「あれは……」


言いながら、オルランドは反対側――つまり、校舎裏が見えるほうの手摺りへ近づいていく。


「おい、ルチア。あれ」


促されて、ルチアもそちらを振り返る。

彼の視線が捉えているものを、すぐに見つけた。


「まあ!いったい何を!?」


瞠目しながら、ルチアも反対側の手摺りへ駆け寄った。

校舎裏の壁に追い詰めたシルヴィオの胸ぐらを、レナートが掴んでいる。


「行くぞ」


ルチアの細い手首を掴み、オルランドは駆け出した。

二章第十一話をお読み下さり、ありがとうございます!


ブックマーク百件を越えました!!! 感謝感激です!!

読んでくださるお一人お一人に、今一度お礼申し上げます!

目を通して頂けているということが、嬉しくて嬉しくてたまりません!!!

どれくらいかというと、食事を作る時間も惜しくて生のジャガイモをかじりながら続きを書いていたくらいです(笑)

これからもルチアは幸せになるために頑張っていきますので、応援して頂けますと幸いです!

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