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第3話 王子オルランドの攻略2

オルランドは、お忍びで街に繰り出すのが好きである。

ゲームではヒロイン、現生ではルチアに、この街とそこに暮らす人々への愛に気づかされ、彼は民の生活を自分の目で見たいと思うようになったのである。

ゲーム中でも、お忍びデートイベントは何度も発生する。


ヒロインならば、必要な選択肢を選んだ末にしか彼に同行する流れにはならないのだが、ルチアの場合は親密度は言わずもがな、誘えばいつでもオルランドと出掛けられるだろう。

しかし、ルチアは意味もなくオルランドを誘い出したりはしない。

むしろ、何回かに一回は断るようにしている。

理由のひとつには、男は呼べば来るような女には価値を感じなくなる、というルチアの前世の知識がある。

もうひとつには、ルチアの課題はオルランドの好感度を上げ過ぎないところにある、ということである。


乙女ゲーム『愛憎のシレア学園』には、ハーレムルートは無い。

それに、そんなものはルチアの好みでもない。

ルチアは、最終的には誰か一人に決めるつもりで、ギリギリ恋愛関係にならないところまで攻略を進め、様子を見るつもりでいる。


オルランドとは幼馴染で、信頼や絆といった面では、幼少期からのルチアの策略により、既に出来上がっている。

つまりルチアがこなすべきは、女として見られるために必要なイベントである。

序盤は楽勝だったオルランド攻略であるが、そろそろ終盤に差し掛かるかというこの段階において、絶妙なバランス感覚が要求されている。

理想は、オルランドの側ではルチアに気があるが、ルチアの側はそんなつもりはなかったと逃れられる、傍から見て恋愛関係とは判定されない度合の相当にズルい関係である。


公爵令嬢が男にだらしないなんて噂を立てられるわけにはいかないし、相手が王子なんてことになればモンテサント公爵家にとって大変な問題になり、たかが子供の恋愛という話では済まされない。

ルチアはそのあたり、きちんと心得ているし、狡猾に計算もして動いている。


さて、シレア学園での二年目の秋。

この日は重要なイベントを起こせるチャンスなので、ルチアはオルランドの誘いに乗った。

王都が、秋桜(コスモス)の花祭りで賑わう日なのである。




「まあ、可愛らしい子供たちですわね」


気を紛らわすため、ゲームに無い台詞をルチアは口走った。

オルランドとデートしているのに、後ろに気配を感じるのである。

それも、相当の負の念を飛ばされている気がする。

昼日中の秋晴れの街で、これほどの寒気を感じることは珍しい。

せっかくここまで上手くイベントをこなしてきたというのに、調子を狂わされる。


「ああ、本当だな。あの花輪、ルチアに似合いそうだ」

「あらそうかしら?子供っぽく見えませんこと?」

「いや、ルチアなら絶対に…可愛いと思う」


白い頬をぽっと仄赤く染めて、金髪碧眼の美しい王子がはにかむ。

スチルにも無かったその表情に、ルチアは思わずどきりとする。


「ああ、あちらの店で売っているようだな。ひとつ、ルチアにプレゼントしよう」


そう言ってオルランドは、ルチアの手を引いて歩き出す。

イベントに無かった新鮮な展開である。

背後から追ってくる黒い気配がなければ、それはそれは楽しいデートになったであろう。


「さあ、被ってみて」

「え、ええ」


恥ずかしげに頬を赤らめて、ルチアがそっとその花輪をプラチナブロンドの柔らかい髪に乗せる。

お忍び用の商家の娘風の衣装と、この素朴な花輪はよく調和し、ルチアの持つ瑞々しい愛らしさを引き立てていた。


「思った通り、良く似合うよ」

「ありがとうございます、オルランド様」


うっとりと、翡翠と碧の瞳が見つめ合う。

すると背後から飛ばされてくる念が一層黒さを増す。


(またあの…ストーカー!!!)


つけられている気配がし始めたのは、シレア学園で二学年目になって、間もなくであった。

それでも、つい先日までは、攻略キャラとのデート中にまでその気配を感じることはなかった。

たいていは、一人の時か、執事のロレンツォと二人の時である。


それがいったいどうしたことか。

あのストーカーの顔を見て以降、尾行を辞めるどころか、これではエスカレートしているではないか。


(あの『ごめんなさい』っていうのは何だったわけ!?)


「…どうした、ルチア?」


完璧な公爵令嬢を演じている最中であるというのに、ついついストーカーのことを考えて、眉間に皺が寄っていたようである。


「何でもございませんの。ただ…。日々があまりに幸せなので、ふいに心配になってしまいましたの」


ルチアは長い睫毛を伏せ気味に、儚げに斜め下へ視線を向ける。


「ルチアは…可愛いことを言う」


オルランドは微笑んで、優しく包み込むような眼差しをルチアに向けた。

上手く誤魔化せたようである。

少し好感度が上がりすぎている気もするが、そこはご愛嬌である。


「ねえ、オルランド様。パレードを見に参りませんこと?」

「ああ、そうしよう」


二人連れ立って、秋桜の花祭りのパレードが行われる大通りへ向かう。

そこで大切なイベントがあるのだ。


秋桜の花祭りでは、その年選ばれた“秋桜の乙女”がパレードの中心となって、花で飾られた台車の上から秋桜が二輪だけのブーケを投げて回る。

この“秋桜の乙女”の選定は、民間の立候補者から事前に投票で選ばれる、所謂ミスコンのようなものである。

彼女の投げるブーケには、それを受け取った者がその一本を大切な人に渡し、もう一本を自分が持つことで、真心を贈り絆を確かめ合うという意味合いがある。

贈る相手は恋愛関係でなくとも、家族や友人でも良いので、あらゆる世代に愛される祭りとなっている。


ゲームでは、このブーケを受け取り秋桜の一本をオルランドに渡したヒロインが、重要な台詞を言うのだ。

この台詞の選択肢次第で、それまでの攻略の傾向を一気に覆して、メリーバッドエンドに進行していくという、危ないイベントでもある。


(よし、来たわね。華麗にキャッチしてみせるわよ…!)


実はこの瞬間、ルチアは緊張していた。

『愛憎のシレア学園』には、パラメーターを上げるシステムは存在しない。

選択肢だけで勝負するゲームである。

故に、ストーリーを進行させるにあたり必要と思われる能力以外は、ルチアは磨いて来なかった。

ヒロインが運動神経抜群という設定もないし、それが要求されるルートもないので、身体能力については伸ばして来なかったのだ。

しかしルチアの前世は泣きたいほどの運動音痴であった。


(前世の感覚を引きずってて取れない気がしてくる…。ううん、こんなところで負けるわけにはいかないわ…!)


メインの台車が近付いてくる。

秋桜の乙女がブーケを投げ、放物線を描いてこちらへ飛んでくる。


(そのままこっちへ来い!…それ!)


背後から腕が伸びてきた。

しかし僅差でルチアが先に取った。


(今のはオルランド様の手とは違うわね…)


誰だったのか気になって振り返るものの、既にその誰かは去って行ったのか、それらしき人物は見当たらない。

オルランドは、パレードとそれに湧く民を見守っているだけである。


「オルランド様。これをあなたに」


二人の前をパレードが通り過ぎて、少し落ち着いた頃。

人混みからオルランドを連れ出し、広場の噴水前に来た。

そこで、ブーケから一輪、秋桜を抜き出して手渡す。

この辺りで、再び背後から黒い念を飛ばされている気がしたが、なんとか無視することにする。

これは重要なイベントなのだ。


「私の真心を、どうぞ受け取ってくださいませ」

「ありがとう、ルチア」


オルランドは、頬を赤らめて、儚げな美貌を美しく綻ばせて微笑んでいる。


「…どうしてこれを俺にくれたのか、聞いてもいいかな?」


秋桜の花祭りのブーケは、一年に一束のみ受け取るのが風習でありマナーとなっている。

つまり、贈れる相手もその年に一人だけ。

好感度が上がっている状態であれば、相手は期待するような質問を投げかけてくるところである。


(大事な選択肢よ…!間違わずに言うのよ…!)


「それは、オルランド様が自然と真心を捧げたくなるお方だからですわ。あなたはとても大切で、敬うべき、かけがえのないお方です」


これはベストエンドやハッピーエンドを狙う選択肢である。

ここでもし、『私にとってオルランド様が特別で唯一であるように、オルランド様にとっても私がそうであると、この一輪と一輪を分かち合うことで、今日だけでも思いたいのですわ』という選択肢を選ぶと、メリーバッドエンドに向かう展開に強制突入する。


メリーバッドエンドの結末は、オルランドが王子という立場を捨てて、ヒロインだけのものになるために駆け落ちを選び、逃亡の途中で捕まって一緒に投獄されてしまうというものである。

『俺の願いは叶った。たとえ檻の中でだって、ずっと君と俺はお互だけを見て生きていけるのだから』という台詞を発するオルランドのスチルは、目が完全にヤンデレ化していて、それはそれで痺れるというコアなファンもいた。

しかし、このルートはルチアの目指すところではない。


「嬉しいよ、ルチア。俺は君のその真心に応えられる人物でいられるよう、ずっと努力をしていくよ」

(よし!この台詞が返ってきたら、もう安全圏よ!)


暖かな眼差しを交わし合う、翡翠と碧の瞳。

そこに黒い念を送る、物陰のストーカー。


(だからなんでっ…!大事なシーンでまであんたがいるのよー!)


そうしてイベントもしっかりこなしたルチアたちは、黒い念を背後から受けながら帰途についた。


「今日はとても楽しかったよ、ルチア」

「こちらこそですわ、オルランド様」


お忍びなので、正面から帰るわけにはいかない。

モンテサント公爵家の裏門の前まできちんと送り届けてくれる、紳士なオルランド…と、その背後の物陰にまだいるストーカー。


(こんなところまでっ…!)


「じゃあ、名残惜しいけど…また」

「ええ、お気をつけて」


ルチアは、オルランドの姿が見えなくなるまでその場で見送った。

これはオルランドを想っての健気な気持ちからというよりは、振り返った時に自分がいなかったら好感度が下がるかもしれないという懸念のためである。


(…さ、もういいわね。帰ってロレンツォの淹れた紅茶でまったりしましょ)

「…あの!待ってください!」


背後から呼び止められて、驚いて振り返る。

ストーカーはストーカーなのだから、自分から接触してくることはないと思っていたのだ。


「これ…!」


サラサラの銀髪が綺麗に生えている頭が、ほとんどお辞儀をする様なかたちでルチアのほうを向いている。

伸ばされた腕の先には、一輪の秋桜。


「受け取ってください!」


一世一代の告白のような勢いで、彼は一生懸命に震える腕を伸ばしてその花を突き出していた。

その腕はまさに、ルチアがブーケを受け取ろうとした時に僅差で競り勝った、あの腕だ。


「受け取るわけ、ないでしょうが!!!!!」


ルチアは、怒りに完璧な公爵令嬢の仮面も剥がれ落ちて、怒鳴っていた。


「うっ…うわぁああん!」


あの時のように大泣きしながら、彼は去って行った。


(全く何なのよもう…)


せっかくのオルランドとのデートが全部頭から吹き飛んで、その日のルチアの記憶には、この意味不明な銀髪ストーカーが一番にこびり付いてしまった。

第三話をお読みくださり、ありがとうございます。


悪役にならないように狡猾に動き回る性悪令嬢ルチアと、そのストーカーを、引き続きよろしくお願い致します。

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