第1話 ヒロインへの違和感
本編再開致します!よろしくお願い致します!
春。
温かな風に散らされ、薄桃色の花弁が舞う。
日差しは眩く、景色は鮮やかに。
その季節を祝福するかのように、どんな名歌手にも勝る鳥たちが、甘美な旋律を歌い上げる。
シレア学園での始業式。
ルチアが予想していた通り、ついにヒロインが編入してきた。
式後のホームルームで、彼女は自己紹介をするために皆の前に立っている。
つまり、ルチアと同じ学級である。
「ルアルディ子爵家の長女、ナナミ・ルアルディと申します。皆様、どうぞよろしくお願いいたします」
教壇脇で自己紹介を済ませた一人の令嬢が、卒ない作法で淑女の礼をする。
僅かに茶色みがかった長い黒髪が、さらりと頭の左右で流れる。
そんな彼女にルチアが感じたのは、途轍もない違和感であった。
乙女ゲーム『愛憎のシレア学園』の、ヒロインとは。
プレイヤーが感情移入をしやすいように、スチルは勿論のこと画面上にその顔が出てくることは無く、辛うじて後ろ姿が描かれることがあるのみである。
そして、その容姿は素朴で親しみやすいものと、文章で表現されている。
しかし、皆の前に現れた彼女は、ぱっちり二重瞼で、バサバサと豊かな睫毛は上向きにカールしており、頬や唇も鮮やかな薄紅と、結構派手な顔立ちなのだ。
これを素朴とは言い難い。
名前にしても、このゲームはヒロインの特徴を無に近づけることに余程こだわっているのか、デフォルト名すら存在しない。
入力画面では、初期状態で“なまえをにゅうりょく”という文字が入っており、これを消して自分で好きな名前を入れる。
子爵家の家名である“ルアルディ”だけが、唯一確定したヒロインの要素のようなものである。
ここで“ナナミ”という日本人女性風の名前が、ルチアには奇妙に思える。
デフォルト名が無いからと、実際この世界を生きるヒロインが名無しであるとは思っていなかったが、ルチアが予想したものとは違ったのだ。
『愛憎のシレア学園』に登場する固有名詞はほぼイタリア風であり、この世界観ならばイタリア女性風の名前がしっくりくる――ルチアはそう考えていた。
更に彼女にはおかしな点がある。スカートの長さだ。
シレア学園の制服は、前世の日本の高校の制服に近いデザインで、ブレザースタイルである。
臙脂色のチェックのプリーツスカートは、貴族子女が通う学園らしく露出少なめの、膝下十センチが長さの基本。
しかしこの編入生は、どう見ても他の誰もやっていない膝上丈。
サイズが合わないものを購入したということは、基本的に有り得ない。それならば、使用人なり誰かが気づいて仕立て直す。
つまりは本人が、腰のあたりででも故意に長さを調節しているのだ。
(何、この子!?もしかして…転生者!?っていうか、ギャル?)
ルチアは前世で真面目だった。
少し真面目すぎた。
スカート丈が短いくらいで、“ギャル”という単語が出てくるくらいには。
「席は、一番後ろの空いているところを使ってください」
「はい」
教師に示された席へ向かうナナミ・ルアルディが、ルチアの横を通り過ぎた。
その時、記憶にある香が漂ってきて、ルチアには色々と合点がいった。
(へぇ…この臭い。それに近くで見ると見た目でもわかるけど。かなり濃いメイクで顔を作ってるわね?)
ルチアは顔立ちがほとんど変わってしまう化粧というものを、前世の動画サイトなどで見たことがあった。
つまり彼女のこの顔は、それなのだろう。
(遠目に見たらナチュラルだし、近づいても臭いが無ければ気づいたかどうか。かなりの腕ね。好奇心で引っペがしてみたい気持ちもあるけど…)
努力で美しさを演出する彼女にルチアが抱いたのは、興味。
ルチアは化粧で顔を作ることに、否定的ではない。
彼女本人は前世でも薄化粧派で、今世は日焼け止めのみ使用のすっぴん派であるが、もともと努力家である彼女は、努力する人に対する敬意を持っている。
(とりあえず、転生者であることは間違いなさそうね)
そう結論付けはしたが、無闇に自分も転生者であると名乗り出るつもりはない。
ナナミという名のヒロインがどう出るつもりかわからない以上、ルチアは下手な行動には出られない。
彼女が前世で『愛憎のシレア学園』をプレイしていれば、初めからルチアを敵と認識している可能性もあるのだ。
「ルアルディさん、ホームルーム後お話がありますので、来てください」
中年の担任教師がそう言った時は、編入したての彼女に対して説明すべきことがあるのは当然と、誰も訝しく思いはしなかったのだが。
ホームルームが終わってナナミの様子を窺っていたルチアは、どうやらそんな穏やかな話ばかりしているわけではないようだと、気づいてしまった。
不自然でないように、黒板脇の本棚から文庫本を一冊選ぶ素振りをしながら、ルチアは彼らに近づいていく。
「我が校の品位に関わりますし、保護者の皆様方からのご指摘でもあった日には、非常に大ごとになりますので――」
「わかりました」
棘のある声色で返事をしながら、ナナミは腰元をゴソゴソと触って、スカート丈を皆と同じ長さにする。
服装のことで叱られていたようである。
貴族子女ばかりが通うこのシレア学園で、このような指導をされている生徒を見るのはルチアは初めてであった。
制服をアレンジしようなどと考える生徒はそうそういないので、特に校則にも細かい規定はないのだが、保護者すなわち貴族たちが介入して来れば、こんな下らないことでも大ごとになることは予想できた。
「チッ。クソオヤジ」
その小さな舌打ちと呟きを、ルチアは聞いてしまった。
担任教師は既に教室から出て行こうと、背を向けて歩み出しており、ナナミの悪態には気づかなかったようである。
「どいつもこいつもダサい」
ボソボソとしたその呟きと、教室中に向けられた軽蔑の眼差しには、余程ナナミに注意していなければ気づかなかっただろう。
(とんでもないのが来たわね)
はっきり言って、この編入生はルチアの苦手なタイプである。
あまり仲良くしたくない。
――そう思っていると、さっと顔を上げて教室中を見回したナナミと、ルチアは目が合ってしまった。
にこりと人懐っこく微笑みながら、ナナミがルチアのほうへ真っすぐ歩いて来る。
こちらへ向かってきているというのが勘違いであってほしかったが、近づいて来る彼女のライトブラウンの瞳には、明らかにルチアの姿が映されていた。
「はじめまして。あらためて自己紹介をさせてくださいませ。ナナミ・ルアルディです」
ルチアの目の前にやってきたナナミは、淑女として合格点を出せる、きちんとした礼をする。
こうなってしまえば、ルチアは答えるしかない。
「はじめまして。ルチア・ヴェルディアナ・モンテサントですわ」
公爵令嬢として、一流の淑女の振る舞いを血の滲むような努力で身に着けて来たルチアのその礼は、それだけで格の違いを示してしまうほどに完璧に美しい。
「まあ、モンテサント家といえば、もしかして公爵家の!」
「ええ」
「どうぞよろしくお願いします」
人の好さげな笑顔で、握手のための手を差し出される。
「こちらこそ」
社交辞令ではあっても、ルチアは笑みを崩すわけにはいかない。
面倒なのに絡まれたと、いくら内心で思っていても、それを表には出さないのが公爵令嬢の品格である。
「あたし、この学園のことがまだまだわかっておりませんので、色々と教えてくださいませね」
「ええ。よろしくってよ」
気は進まなくても、そう答えるしかない。
身分からも、成績からも、その美貌からも、振る舞いからも、ルチアは学園中の生徒たちから一目置かれる存在である。
そのルチアに、人懐っこくこんなふうに話しかけて来る生徒は少なく、決して表には出さないものの、ルチアは面食らっていた。
(ゲームのことを知ってて、わざと私と接点を持とうとしてきたのかしら…?)
にこやかな公爵令嬢の仮面の下で、ルチアは警戒を強めた。
「ところで、ルチア様はとてもお肌が綺麗でいらっしゃいますね」
「お褒めに預かり光栄ですわ」
早く立ち去ってくれないかというルチアの願望とは裏腹に、ナナミは気さくにルチアに話しかける。
「何か特別なお化粧品でもお使いですの?」
「いいえ。日焼けしないように気を配ってはおりますけれど」
「まあ、もともとなんですのね!羨ましい!」
羨ましい――というナナミの声に、僅かな忌々しさが混じっている気がして、ルチアは不快になった。
これは、生まれついた容姿に対する、女の醜い嫉妬から来るものではなかろうか。
「ナナミ様こそ、薄紅の頬がとても女性らしくて、お美しくていらっしゃいますわね」
にこやかにそう言ったのは、実は嫌味である。
ルチアは、それが化粧によって作られたチャームポイントだと見抜いているのだから。
「実はこれは…お化粧品で色をさしておりますの。先生には内緒になさってね?」
「え、ええ」
おや、とルチアは思った。
悪びれもせず、卑屈にもならず、ナナミが自分の顔を作り物だと認めたのが意外だったのだ。
「あたしの秘密をお知りになったのですから、どうぞ仲良くしてくださいませね」
人懐っこく笑いかけて、ナナミが悪戯気に首を傾ける。
「勿論ですわ」
その勢いに呑まれて、ルチアは否と言えなくなってしまった。
この編入生のナナミが、ルチアがゲームの設定上の悪役令嬢だと知っているのかは、まだわからない。
しかし、面倒なことになってしまったものである。
始業式早々、ルチアは人知れず頭痛に悩まされた。
二章第一話をお読み下さり、ありがとうございます!
ヒロインがようやく登場です!
彼女が仮にデフォルト名でこの世界に存在していたなら、“なまえをにゅうりょく・ルアルディ”ということに…。
恐るべき初期設定。
二章も試行錯誤しながら連載して参りますので、お楽しみ頂けましたら幸いです!




