狸と狐と少年
※夏のホラー2018に提出する予定でしたが、ホラーらしくなくなったので、エスエフ短編として投稿することにしました。
その昔、核で核を迎え撃つという、愚かな戦いがありました。
事前に終末を察知した数少ない賢い人たちは、地下に潜って争いがピリオドを打つのを待ちました。
そして、地上から轟音が消えたとき、そこに残されていたものは……。
*
「ねぇねぇ、お母さん。今日のごはんは何?」
「今日は、油揚げを乗せたおうどんよ」
キッチンでエプロンの裾を引っ張って質問する少年に対し、細面の女は熱湯で揚げの油引きをしながら答えた。
「ヤッタ―。僕、おうどん大好き」
「そう。それは良かったわ。それじゃあ、出来上がるまで、リビングでお父さんに遊んでもらってらっしゃい」
「はーい」
元気よく返事をした少年は、パタパタと部屋を駆けだしていった。その後ろ姿を、女は目を細めて見守っていた。
*
「ねぇねぇ、お父さん。今日のごはんは、油揚げを乗せたおうどんだって」
「ほぅ、そうか。今日は、うどんなのか」
嬉々として話す少年と違って、太鼓腹の男は、ややガッカリした様子で答えた。
「あれ? お父さんは、おうどん嫌いなの?」
「いいや、うどんは好きだよ。だけど、お父さん的には、油揚げにはそばが合うと思うんだ」
「あっ、そうだね。おそばも美味しいよ」
「そうだろう? ――さて。今日は、何して遊ぼうか?」
男が「よっこらしょ」と掛け声を上げながらソファーから立ち上がると、少年は眉根を寄せてしばし考え、そしてすぐに思い付きを言う。
「そうだなぁ。……あっ、そうだ。手品を見せてよ」
「手品?」
「ほら。前に見せてくれたでしょう? 丸めたティッシュがコインに変わるマジックだよ」
「あぁ、アレか。同じ手品を繰り返すのは、あんまり気が進まないんだけどなぁ」
男が気乗りしない態度を示すと、少年は、テーブルにあったティッシュの箱を男の手に押し付けてせがむ。
「そんなこと言わないで、もう一回見せてよ。ねぇ、お願い」
「しょうがないなぁ。もう一度だけだぞ?」
男はティッシュの箱から一枚、ペーパーを引き抜くと、何も持っていない両手で丸めて握り、一瞬グッと力を込めたあと、そっと手を開いてみせる。すると、掌に、さきほど丸めたペーパーと同じ大きさの硬貨が現れる。
「わぁ。やっぱり、凄いや。ねぇ、コインはどこから出したの? さっきのティッシュは?」
「タネを明かさないのが、マジシャンの掟だよ」
「えぇ~。意地悪しないで、教えてよ」
男の太ももを拳でポカポカと叩きながら少年が駄々をこねていると、女が呼びに来る。
「ごはんができたわよ」
「はーい。――そら、台所へ行くぞ。早くしないと、麺が伸びる」
「あっ、そっか。おうどんだもんね。急がなきゃ」
少年が我先にとキッチンへダッシュすると、男と女は、その後ろ姿を微笑ましく見守りながら、あとへついて行く。
*
「稲荷のお供えは、なんと狸が化けたものだったのです。こうして狐と狸は、何度も化かし合いをしましたが、なかなか決着はつかなかったそうな。おしまい」
女が話を止めたとき、ベッドで布団に包まっている少年は、すぅすぅと健やかな寝息を立てていた。それを見て、女は静かにベッドサイドから腰を上げ、ナイトテーブルの明かりを消して部屋を出る。
*
男と女は、少年に隠していることがありました。
一軒家に見せかけているのは核シェルターで、一歩外へ踏み出せば、そこは生物が居ない汚染された荒廃地であるということを。
そして、自分たちの正体が人間ではないということを。
罪のない子供を保護するため、雌狐と雄狸は、明日も少年に、妖術をかけるのでありました。