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魔刀師匠

今宵のご飯は何にしましょうか?

作者: NOMAR


 コカトリス。とさかの立派な大きなニワトリとでもいうところでしょうか。

 その尻尾からは毒牙持つ黒蛇が舌を出してシュルシュル言ってます。大きな鳥頭が私を見下ろして威嚇しております。

 は? 威嚇?

 まったく、只の食材の分際で私に威嚇するとは。お料理の材料のくせに逃げ惑って手間をかけさせるとはめんどうなコカトリスです。

 ですが、ここまで追い込み追い詰めたので、もう逃がしはしません。愛用の斬肉大包丁を肩に担いで近づけば、コカトリスは口から石化のブレスを吐きます。

 これだけ元気なのですから若鳥でしょう。イキも良いので最適と見えます。


 私は百層大冥宮、九十九層『輝白の舞宮』で、フェスティマ女王に仕えるメイドのエルダーヴァンパイア。なのでこのコカトリス程度の石化ブレスなど、効果はありません。吸血鬼は状態異常に強いのです。

 辺りを漂う灰色の霧状のブレスの臭いを嗅ぎます。ふむ、このブレスの臭いからは、このコカトリス、おかしな病気などは持って無さそうですね。内臓を病んでいれば腐敗臭がするものですから。これはよい素材を見つけました。


「大人しく切られなさい。命までは取りませんから」


 言ってはみますが言葉を理解できる知能は無い様子。大きく踏み込み斬肉大包丁を一閃。


「ピキョァー!」


 コカトリスが威嚇の為に広げた翼を片方、切り落とします。翼が地面に落ちる前に左手で掴み、背負います。おっとと、けっこう重いですね。


「これでもう用はありません。行っていいですよ」


 片方の翼を切り落とされたコカトリスは、ピイピイ鳴きながら走って逃げていきます。あれだけ元気なのですから、翼はまた生えてくることでしょう。

 コカトリスの手羽先、ひとつ入手。


「お菓子作り専門だった私が、何故、このようなことを……」


 思わず愚痴が溢れます。

 フェスティマ女王がひとりの人間の女の子を、客人としてもてなすように、と、私達に指示されました。ただ、弱いだけで何の取り柄も無さそうな人間の娘です。

 私が初めてお会いしたときは、ズボンにお漏らしした染みがありました。この『輝白の舞宮』に来る人間は、勇者以来120年振りです。それがお漏らしするようなお子様です。

 ここに人間が来たときには如何に戦うか、そんなことを考えていたのが、すっかり気が抜けてしまいました。


 そのミル様は、私の目の前で私の作ったパンケーキをむしゃむしゃと食べています。


「すっごく美味しいです!」


 茶色い髪の女の子は、行儀も悪く、お腹を空かせていたとはいえ、がっつくようにパンケーキを食べておりました。


「あの、お代わり下ふぁい」

「少々、お待ち下さい」


 リスのように口に詰め込み、もぎゅもぎゅしながらお代わりを求めます。急いでお代わりのパンケーキを焼きます。

 私達、吸血鬼は主食は生き血。その他に口に入れるものはお茶にお菓子にお酒。味を楽しむ程度のもので、もりもりむしゃむしゃとは食べません。

 人間の女の子の食べる量が解らず、また、人間の味覚もよく解りません。客人としてもてなすとならば、この辺りをどうしたものか。

 お代わりのパンケーキとイチゴのジャムをお持ちして、その女の子、ミル様にお尋ねします。


「お味はいかがでしょうか?」

「とっても美味しいです!」


 喜ばれてはいるようです。ほっぺたにジャムをつけてもりもり食べています。


「先程のマーマレードとこちらのイチゴのジャムは、どちらがお好みでしょう?」

「どっちも美味しいです!」


 とてもお腹が空いていたということですので、何を食べても美味しいのかもしれません。しかし、これでは味覚の好みの参考になりません。

 これまで吸血鬼好みのお菓子しか作っていませんでしたので、人の食べるご飯というものは、少し勝手が違い悩みます。


 我らが女王とセキ様がお話をされておられます。

 セキ様、かつて魔王様がお使いになられた魔刀。意思持つ魔刀にして、我らが女王の親友でもあられます。

 どういうわけかこの人間の娘、ミル様がセキ様の、魅刀赤姫の新たな主となられたようなのです。まぁ、そうでも無ければ我らが女王がこんな貧相な小娘を客人扱いする訳が無いのですが。


 我らが女王曰く、


「吸血鬼の食事は血だから、人の食べるものって吸血鬼には必要無いの。お酒とお菓子は嗜む程度。だからお菓子にお酒にお茶はすぐに用意できても、人間のご飯はすぐに作れないわ。必要なのって、肉と野菜、それと穀物に豆類かしら?」


 セキ樣はこう応えられました。


【骨を丈夫にしたいから、骨を作るものも欲しいところよの】

「と、なると、お魚かしら?」


 なるほど、肉、野菜、穀物、豆類、魚。くわえて骨を丈夫にするもの。これは不死王(リッチ)アデプタス様にお願いして、書庫から本をお借りして、調べてこなければなりませんね。


 この百層大冥宮は人が住むようには作られていません。動物は魔物と呼んだ方が良く、植物は九十五層『深緑の楽園』に行かなければありません。お魚は八十八層『流るる地底海』で取ってきましょうか。

 ……食材集めがめんどうですね。同僚の吸血鬼メイドと手分けして、食材集めにひと狩り行くとしましょうか。


「タ、タケゾウー! しっかりするっす!」

「ひいいいいい!」


 タケゾウと呼ばれたヒドラが悲鳴を上げて丸くなって小さくなっています。八十層ボスのライトニングドラゴン、ブラーシュ様が血塗れのヒドラのタケゾウのキズの様子をみています。


「誰かー、治癒魔法の使える奴はいないっすかー?! タケゾウの、タケゾウの首がー!」


 まったく、抵抗しなければ痛い目に会わなくともすんだのに。

 もぎ取ったヒドラの首を肩に担いで帰ります。ヒドラは首が五本あって再生力も高いので、放っておけばまた生えてきます。このヒドラの首の肉がミル様のお口に合えば、何度も使えるということです。


 さて、食材を集めてからの調理がめんどうですね。私達、吸血鬼が食べるなら問題無いのですが、人に害になる毒素や麻痺成分は取り除かないといけません。調理するよりも毒抜きのほうが手間がかかってしまいますね。


 何度か試作を行い、味付けは玉葱に似た植物系の魔物、シャビランをすりおろしてつくった、ダミーシャンピニオンソースで。ええい、あなたピキー、ピキーとやかましいですね。少し身体を擦り下ろしたくらいなら、水に浸かれば再生するでしょうに。

 ミル様の晩ごはんとしてヒドラ肉のステーキをお出ししました。


「スッゴイ美味しいよ!」

 

 ミル様が満面の笑みで私を見ます。何故かその笑顔に胸がドキリとします。


「お菓子以外の調理とは初めてで、味付けもどうしようかと悩み、いくつか試作を重ねました。今回は臭みを取ることを第一とし、薄味ですが、いかがですか? ミル様?」

「バッチリです! 素材の味が生きてます!」

「それでは参考になりません。サラダのドレッシングはもう少し効かせた方がよろしいでしょうか?」

「ドレッシングって? 調味料のこと? 値が高いのを効かせたものなんて食べたこと無いから解んない。これ美味しいよ!」

「肉の焼き加減はいかがですか? レアの方がよろしいですか?」

「安い定食って、ちょい古お肉でもお腹壊さないように、よく火を通したものが多いから。中が赤い大きなお肉は初めて! これ美味しいよ!」

「……ぜんぜん参考になりません」


 困りました。これでは次はどのような調理でどのような味付けが良いか、解りません。

 今後のためにも聞いておかなければ、


「ミル様が食べられ無いものはありますか?」

「猫舌だから熱すぎるのはダメ。あとは凄い辛いのとか、凄い酸っぱいのとか、凄い苦いのもダメ」

「そ、そうですか……、」

 

 ため息が出てしまいました。

 こうして私はミル様の食事係となることに。

 何を作っても美味しい美味しいと食べるミル様。食べる分量が解らず出し過ぎたときは、残したものを勿体なさそうに悲しそうな顔で見つめます。


「残った分は火を入れ直して明日のお昼のサンドイッチにしてお出ししますが、よろしいですか?」

「是非それで!」


 ミル様の顔に笑顔が戻ると、ホッとします。

 ホッと? 何故私が人間の娘の笑顔にホッとするのですか?


 サラダの野菜を収穫すべく、九十五層『深緑の楽園』に。ここの土地をお借りして畑なども作っております。


「毎日ご飯を食べないといけないなんて、人間はめんどうちゃ」

「そうでございますね」


 九十五層の植物系魔物の統率たるロズセラーン様の髪を鋏でショキショキと散髪しながら、ミル様のお話をします。ロズセラーン様は目を細めております。


「人が来るのが120年振りの珍事とあって、九十九層の皆浮かれております」

「わちも会ってみたいちゃ」

「いずれその機会もありましょう」

「わちの髪と足の根はどうちゃ?」

「ミル様は、美味しいです、と」


 ロズセラーン様はプリンセスアルラウネ。巨大な薔薇の花から可憐な少女の上半身が生えた姿をしておられます。髪は鮮やかな緑の葉、足の根は黒い外皮を剥くと白い茎のようです。


「ですが、ロズセラーン様の御身を分けて頂いてもよろしいのですか?」

「散髪のついでちゃ。セキちのお気に入りなら、わちの身を食わせて元気健康になってもらうちゃよ」


 九十五層の階層守護者の御身を召し上がれば、身体も丈夫になりお肌も艶々になることでしょう。その前に麻痺成分と誘惑の花粉はしっかりと落としておかなければなりませんが。

 今宵のサラダのドレッシングは何にしましょうか?


「青ちゃん、どした?」


 私の髪は青く、ロズセラーン様は私を青ちゃんとお呼びになります。私がどうしましたか?


「青ちゃん、なんだか嬉しそうちゃね?」

「そうでしょうか?」


 そのようにミル様のお食事を用意する毎日。人間とは寿命も短く成長も速く、四年もするとミル様は背が伸び、髪も伸び、貧相な小娘から少し凛々しい女へと成長しました。

 私の作る料理でこのように立派になったというのは、何やら不思議な感じがします。

 お行儀は少し良くなりましたが、食べるときの所作が少し大げさといいますか、こんなに笑顔で私の作ったものを美味しそうに食べるのは、ミル様しかおられません。


 女王も同僚のメイドも私の作るお菓子は美味しいと言いますが、ミル様と比べると上品というか。香りに味付けと良いところを誉めてはくれますが、そこは吸血鬼。ガツガツモリモリとは食べません。

 いつからかミル様がお食事をする姿をお側で見ることに、胸にポッと暖かな火が灯るような心地になっていました。


 素材を取りに八十層へ。


「ミル様の為に、一晩じっくりと煮込んだヒドラシチューをお作りします。覚悟はいいですか? タケゾウ?」

「はい! ミルたんの為なら首の一本や二本! スパーっとやっちゃって下さい!」


 ミル様に会ってからヒドラのタケゾウがずいぶんと協力的になりました。この層のドラゴン達も妙に活気があります。ただ、このヒドラ大丈夫か? と、心配になります。私が首を切り落としておいてこんなことを考えるのもなんですが。

 タケゾウ以外にも私の同僚メイドは、いつの間にかミル様のことを、ミルたんとお呼びするようになりました。

 初めは女王が毛色の変わったペットでも飼うおつもりなのかと思っていましたが、その女王がミル様を娘のように可愛がるようになりました。

 その今のミル様の御体を作ったのが日々、私が作った料理というのが感慨深いものがあります。


「ミル様、今日のサラダはいかがですか? 新しいドレッシングを作ってみましたが」

「とっても美味しいよ!」

「昨日のマンドラゴラドレッシングとどちらがお好みでしょうか?」

「どっちも美味しいよ!」

「相変わらず参考になりませんね」


 ハンカチを取り出して、


「ミル様、お口にソースが」


 ミル様の口の回りをお拭きします。

 ミル様のご飯を食べる姿を愛でるのが、私の楽しみ、喜びとなりました。

 

 私はエルダーヴァンパイア、いつもの食事は生き血です。血を取りに行くのが面倒な時は、アデプタス様が作られた魔造血液で済ませます。

 ですが、魔造血液は味も香りもイマイチ。ここ最近はミル様を見る度に、その柔らかそうで弾力のありそうな首筋に、噛みつきたくなります。健康的で色艶の良い肌に牙を立て、ミル様が震えて泣くところを想像すると、ゾクゾクと身体が震えます。

 ですが、ミル様の血を吸うことは女王より固く禁じられていますので、我慢です。

 ミル様のお世話係のマティアはよく我慢できますね。

 

 魔造血液のパックにストローを刺してくわえます。ちゅうと吸えば味も香りもイマイチな魔造血液。

 ですが、私にはミル様のお口を拭いたハンカチがあります。

 ミル様のお食事風景を思い出しながら、ハンカチに残るミル様の唾液の匂いを堪能します。こうするとミル様の血を吸っている気分に浸れます。


 これからも栄養のバランスを考えたお料理でミル様をもっと美味しそうに、コホン、立派な素敵な女性になれるように、美味しいお料理を作らなければ、と気持ちを改め引き締めます。

 私の作った食事でお育てしたミル様の血は、どれ程の甘美となるのでしょうか? あぁ。


 グランドウルフのハンバーグ。ワイバーンの玉子焼き。トレントの実の煮込み。バジリスクの骨せんべい。医食同源とアデプタス様よりお借りした本にもありますので、ユニコーンの血を入れたソーセージなども良いかもしれませんね。

 ミル様をより美味しコホン、より美しく、よりたくましく、より健康的に。元気健やかに麗しく、お肌も髪もつやっつやに。香り立つほどに。


 さて、次のお料理は何を作ってお出ししましょうか? 美味しそうにご飯を食べるミル様のお姿が、今の私のご飯のオカズになるのですから。

 美味しい食事の為に素敵なお料理を。


 とある地下迷宮の、青い髪の吸血鬼メイドのお仕事。

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魔刀師匠 ~私の見つけた宝物~
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