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完全無視のアウェー感

「どうぞ、こちらです」


後ろから声がかかり振り向く。

そこには先程去った案内人さんが付いて来いと言わんばかりに手招きをしている。


促されたのは別の個室。

まるで応接間に連れて来られたかのような緊張感が漂っていた。


小さな扉を開けて、中に入る。

差し込む人工の光が目に入り込む。


しぼむ目に手を覆ってその景色を眺める。

そこには机の上にびっしりと書類が並べられていた。


「案内人さん……これは?」


その書類に目を移して問いただすと、案内人さんは一切の表情を変えずに答えていく。


「こちらはもろもろの手続きの書類です」

「書類?え?勇者になるには手続きが必要なんですか?」

「ええ、勇者になる絶対条件として『裏切らず』に、且つ『逃げ出さないこと』を条件としています」

「逃げ……出す………………?」

「そうです。前の勇者様には逃げられましたからね」


(前の勇者は逃げ出しただと……ッ⁉︎これは噂に聞くブラック企業というやつではないのか……ッ⁉)


淡々と述べられていく内容に驚きを隠せない。

そもそも逃げ出すってなんだ?


前回の勇者ってのも気になるし。


「というか俺が勇者っていうのは本当なんですかね?」

「と言いますと?」


質問をした仁に質問返しで応じる。


「いや、何というか未だに実感が湧かないんですよね。突然連れて来られておいそれと勇者に成れるかって言われれば、成れないと答える」

「……つまり、なぜ貴方が勇者に選ばれたのか。その真相を知ることが出来れば、すんなりと受け入れてくれるという解釈でよろしいですか?」

「なんかその言い方だと、騙されそうで怖いんですけど……」


ジト目で見つめてくる案内人さんに薄目で返す。

すると、案内人さんは溜息を吐いて言った。


「勇者と言ってもひとえに勇敢な者だけが選ばれるというわけではありません。必ずしもその域に見合った人が選ばれないからこそ、私達にとっては大変困難な仕事でもあります」

「……?」

「貴方様が勇者に選ばれた理由は決して分かりかねますが、それでも妥当性を考慮しての判断なのでしょう。だから、貴方様はここにいらっしゃるのです」

「軽くディスられている気がするんですが……」


気を抜けば、すぐに案内人さんは毒を吐いてくる。


「前回の勇者様は決して逞しい方ではありませんでした」

「そうなんですか」

「屈強な体を持っていなければ、鋼の精神を持っているわけでもなく、少なくとも努力が実るようなことも全くありませんでした」


案内人さんの顔が下を向いていく。

その表情はここまで見たことのない顔をしていた。


「それでも懸命に働き、真剣に取り組んでそれでも最後は儚く散っていきました」

「……」


仁は黙って話を聞く。


「そう簡単に割り切れるものでもないのですよ。同じ顔触れを見ることもあれば、今まで見てきたはずの顔が、ある日突然ぱったり見なくなることもしばしばあります」

「……死ぬって意味でいいんですかね?」

「ええ、その解釈で間違いありませんよ」


案内人さんは笑って答えた。


黙って話を聞いていた仁は一人心の中で考える。

もし仮にその話が本当なのだとしたら、相当軟弱な勇者様だったんだろうなと思いながら同様に下を向いた。


そこには白い紙が置かれている。

ここでサインをすれば、きっと前勇者と同じ末路を辿ることになるのかもしれない。


死ぬということを考えたことはなかった。

思わず神妙な面持ちになる。


沈黙が辺りを支配していく。

その様子を案内人さんはじっと見つめる。


だが、ここで迷う必要なんて仁の選択肢には当然なかった。

なら、何故彼はサインをするのに困っているのか?


その答えは簡単だ。

仁はサインに困っているのではなく、尋常ないくらい重い空気に困惑して手が止まっていたのだ。


(重――――――――――――――――ッ‼)


思わず声が漏れそうになる。

必死に口元に手を当てて声を殺す。


(何この空気感⁉突然シリアスな展開になったんですけど‼誰もこんな展開付いてこれないよ‼)


まさか、突然案内人さんのしんみりとした雰囲気に蹴落とされて立ち往生していた。


堪らず耐えきれなかった仁は勢い良く紙を手に取ると、手前に出された手続き用の書類にサインをしていく。


「よろしいのですか?その紙に書いてしまえば後戻り出来なくなってしまいますよ?」

「いいっすよ。元より断る選択肢なんてありませんでしたし。それに―――」


書き殴る手がより早くなる。


「それに?」

「断っても強制的にやらされそうですし……」


その言葉に案内人さんは唖然とした。

数秒後、ふっと笑いが零れる。


彼女の笑顔を見て仁も笑みを溢した。


「バレてましたか」

「えぇ、なんとなくそんな雰囲気を纏っていましたんで」

「そうですか。では、書類を書いたままでいいですので、お聞き下さい」


一拍置いた案内人さんが書類を書いている仁の姿を見つめながら息を吸い込んだ。


「貴方が勇者になって戴くに当たっての諸注意事項ですが、基本的には敵を倒していくのが仕事になります」

「ふむ……」

「敵は何体倒しても問題ありません。敵を倒した分だけ力が備わると考えて戴ければ幸いです」

「分かりやすくていいっすね」

「この街の最大の敵は魔王と呼ばれる人類を滅ぼさんとする悪の根源―――まさしく強敵ですね」

「やっぱりそこが最終目標なんっすね」


やはりどこの勇者ものんびり過ごすということはないらしい。

魔王という敵を倒すからこそ勇者という職業が存在しているのだろう。


案内通りに手続きを運んでいく。

サインも終盤に差し掛かった―――その時。

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