自分不慣れな者でして
★☆★
……。
ジジィが乗っていた馬に引っ張られていく。
「……なぁ、ジジィ」
「何ですかな?」
「この状況を見て何とも思わないのか?」
仁は今自分が置かれている状況に対しての質問を老人に投げかけた。
尻がヒリヒリする。
地面に土埃を撒き散らす。
「はて?少し肌寒く感じますな。それに雲行きが怪しい……今夜は天候が荒れそうですな」
「いや、誰も天気のこと聞いてねぇよ。そんなことより目を背けちゃいけない事態になってるだろうが」
「では、馬ですかな?至って正常に機能していますが?むしろいつのも増して元気があるくらいですぞ」
「馬の状態を聞いて俺にどんな得があるんだよ‼︎」
「いまいち何が言いたいのか分かりかねますな……」
老人はさも理解出来ないといった様子で仁の話を聞いていた。
「テメェの目は節穴か⁉︎俺を馬で引きずってる状況を不思議がれよ‼︎」
我慢の限界を迎えた仁は堪らず声を荒げて言った。
「……?」
「ここでハテナマークを頭に浮かべられるあんたは天才か?」
いよいよ堪忍袋の緒が切れそうになった。
いや、既に切れているだろう。
老人を頼った仁だったが、どうやら見当違いな人間だったようだ。
まさか馬に引き摺らせて俺を運ぶとはな……。
全く恐れ入るぜ。
あぁ、恐れ入る。
この老人の頭を今すぐかち割って馬を奪取したいところだが、それをしてしまえば犯罪者と変わらないのだろう。
いや?
この世界が住んでいた日本と違うのであれば、もしかすると……。
と、考える仕草を取るがすぐに止めた。
元より自分はそっちの人種ではないのだから。
そう思っていると、老人は心底困ったような表情で言った。
「仕方ありませぬ。この方法でしか貴方を運ぶことが出来なかった故に」
「待て待て‼もっと他に方法あるだろ‼︎例えばテメェの後ろに乗せてもらうとか⁉︎」
「そんな気持ち悪いこと願い下げですな」
「喧嘩売ってんだよな?そうなんだよな?上等だよ‼︎幾らだその喧嘩‼︎買ってやる‼」
上等だ‼表に出やがれ‼
そうして湧き上がる感情をぶつけていると、老人が話しかけてきた。
「それにしてもおかしいですな」
「何がだよ‼あぁ、この現状か‼ようやく気がついたかッ⁉」
もはや投げやりになった仁に、
「勇者殿は初めてこの場所に来たとおっしゃいましたが……」
「あぁッ⁉それがどうかしたのかよ?」
「存外適応しておりますと思いましてな」
「……」
先程までの勢いが急速に弱まっていった。
言葉が無くなり無になる。
「普通ならば初めて来た街に対して抱く感情といえば、恐怖や不安のはずです。ですが、勇者殿にはそれらの感情が全くといっていいほど伝わってこないのですよ」
「……」
仁は尚も無言だった。
「よもや……こうして私との言い合いをしているのもそれが原因ではないかと―――」
「いいから黙って馬を引け」
「おや?どうされました?急に元気が―――」
「……」
「震えておりますな?風邪ですかな?」
仁にはもう老人の言葉は耳に入っていなかった。
そんなこと以上に―――
(実は楽しんでいるなんて、このジィさんには死んでも言えん‼)
もう既に外の世界に出てしまっているので、引きこもりなんて単語は自身の体から消え失せた。
引きこもりは外の世界が楽しくないから家の中に引きこもるのだが―――
初めて異世界に飛ばされたのだ。
これが面白いと言わずになんと言うのだろうか。
「まぁ、良いでしょう。もうすぐ街に着きますから我慢してくだされ」
「もうすぐって一体どれくらい―――どわぁ⁉︎」
突然止まったことで勢い良く体を前に押し出された。
聞こえてくる人が引き摺られる音を聞いても、老人は気にした素振りはしない。
「さぁ、着きましたぞ」
ジジィに言われて顔を上げれば、そこには確かに賑やかな街が見えた。
華やかな街の雰囲気が仁の瞳に映り込む。
「確かにすぐ着いたな……。ただ止まるなら事前に言ってくれ。おかげで膝擦り剥いたわ‼︎」
膝を抑え痛がる仕草を見せる仁に老人は表情を変えずに言った。
「そうですか……、では街にも着いたことですし。私はこれで失礼しますぞ」
「って待てジジィ‼︎名前を名乗りやがれ‼︎」
「フォッフォッフォッ。勇者殿。どうかご武運あれ‼」
老人は止まることなく、物凄い速さで馬を扱い街の方へと去っていった。
「たくっ……あのジジィ。次会ったら覚えてろよ……」
ひりひりするお尻を手で擦り、老人が去った方向に目を向けた。
すると、目の前に広がる光景に思わず声が漏れる。
「にしても街だな……」
自身の目の前に広がる光景は、漫画やアニメ・ゲームといったそれらが表現する街の再現がそこにはあった。
「仕方ない。適当に歩いてみるか……」
踏み出した一歩が異世界に飛ばされた実感を沸かせる。
不思議と胸の高鳴りがあった。
艶やかな街並みに。
風情ある街並み。
繁華街にも近いその賑やかな街に思わず見惚れてしまう。
きっと向こうの世界にもあっただろうと思われる歴史ある建物も、こちらに来てしまえば霞んで見えてしまうほどに久しく忘れていた好奇心を煽られる。
着いたにも関わらず、仁は中々街に入ることは出来ず立ち尽くす。
何をしていいのか未だに分からない。
街に行けと変な妖精に言われて、その命令に従うしかなく、なすがままの自分に嫌気が刺してくる。
「街に着いたはいいが、何処に行けばいいのか全然分からないな……」
まず、ここがどういった街なのかの説明が欲しいところだがーーー
街行く人々に声をかけようにも、ある持病があった。
そう。
それは……。
通称―――人見知り。
俗に言うところの人と話すのにある程度の時間がかかってしまう人のことを言う。
これにより仁は話しかけることはおろか、声をまともに発することさえ出来ないのである。
何とも困ったものだ。
性格上大変難儀する。
何とか必死に喉から声を絞り出そうとするのだが……
漏れる息しか聞こえてこない。
鼻息を立てて行き交う人々を必死に追い続ける姿は、まさに変態の境地と言えるだろう。
そうして次第に変態が出没したことにより徐々に仁の周りに人が集まる。
その状況に全く気が付いていない当の本人は必死に話しかけようと人々に近付く。
だが、鼻息を立てて迫り来る奇妙な男に一体誰が自ら近づくのだろうか。
当然誰も彼に近寄ることはなく、徐々に距離は離れていく。
やがて、違和感に気が付いた仁は冷静に周りを見た。
すると、顔を引き攣らせて己を避けようとする人々に、ようやく仁は自分が気味悪がられていることに気が付いた。