現れたのはとんでもない者でした
「おや?こんなところでどうしたのですかな?」
後ろから声をかけられ、仁は驚いた。
ゆっくりと声のした方を振り返ると、そこにいたのは白髪に麦わら帽子をかぶり、顎には髪の毛同様に白い髭を生やした初老の老人がその髭を撫でながらこちらを見て来た。
「こんな山奥に一人で居るお方も珍しいですな」
老人は馬に乗りながら俺を天高く見下ろしていた。
「その格好……もしや勇者殿ではないですかな?」
ほう、このジジィ最初の一発目からその単語が出てくるとは。
一目見ただけで俺を勇者と言うか。
このどこにでも居るパジャマ姿の俺を‼
「ジィさんあんた俺が勇者だって分かるのか?」
「ええ、分かりますとも。その格好、その風貌。そして……如何にも悪人面なそのお顔、見紛うことなき勇者殿ですな」
ちょっと待てジジィ。
「はて?こんなところで何を?」
「いや、待てジジィ。何故俺の顔が悪人面なのに勇者と判断した?てか、悪人面じゃねーわ‼︎」
「いやはや、とんでもない。その悪人面は勇者殿しかありえませぬ」
「だ・か・ら‼︎それはどうしてだと言っている‼︎それとも何かッ⁉勇者は全員悪人面しているっていうのかッ⁉」
「そんなことよりどうしてここに?」
「さらっと無視してそんなことって言ったな?さては、あんた俺の顔が悪人面ではないのを否定すらさせてくれない気だな?」
「もしや迷子……」
「んなわけあるかッ⁉︎俺がそんな幼く見えるか?ジィさんの目は節穴か‼︎」
「では―――一体何故?」
「……」
老人の射を付くような視線が仁に向けられ、唐突に言葉に詰まる。
なんと説明したらよいのやら。
ちらっとジィさんを見つめると、ものすごい真剣な瞳でこちらを見てきていた。
その瞳からは想像を絶する怖さを兼ね備えている。
このまま何も言わずに去りたいくらいだ。
冷静になり出したら途端に話すのが怖くなった。
頭のおかしい奴と思われるかもしれないと思うと、どうしても言葉が詰まる。
だが、老人の住んだ瞳に根負けして言うことを決心する。
これは話さないと駄目なやつか……
「気が付いたらここにいた……って言ったらジィさん。あんたは信じるか?」
「はて?それは妙ですな……」
「まぁ、そう簡単には信じないよな」
「えぇ、勇者殿の頭がおかしいということしか分かりませぬな……。それで、これからどうなさるつもりで?」
「ちょっと待て、今聞き捨てならない言葉が……あ、話聞いてないですね。こんちくしょう‼︎適当に歩いて街にでも行くさ」
まぁ、どこにあるのか分からないんだけど……。
額に汗をだらだら流してその場をやり過ごそうとしていると、
「なら、私と一緒に行くといいでしょう」
何とも願ってもいない提案が届いた。
まるで、神の啓示かのように。
鳩が豆鉄砲を食らったような顔になる。
「え……、付いてってもいいのか?」
「構いませんよ。ちょうど帰り道のところでしたし、勇者殿がいれば後の道も安心でしょう」
しばし考える。
これを逃せば次に人に会う確立など到底ないに等しい。
ここは森の中だ。
人っ気などまるで皆無。
ならば、仁の取る行動は一つだけだった。
「なら、ジィさんの提供に乗らせてもらう」
これはチャンスだ。
まさか向こうから救いの手が来てくれようとは。
願ってもいないチャンスだからこそ、逃すわけにはいかなかった。
だが、ここで一つ大きな問題が仁の胸に湧き上がった。
(勇者としての実力とか俺にあるのか……?)
不意に猛烈な焦燥に駆られ、心中が不安になる。
もし万が一モンスターとかに襲われても、何のご教授も受けていない俺では、むしろ足手纏いになる確立の方が高い。
何とかやり過ごせるといいが―――
上手い具合にモンスターに出会わなければいいだけの話だと思い、仁は老人と共に街を目指した。
「では、私の馬でお連れしましょう」
「おう、頼りにしてるぜ!!」