唐突な展開についていけないのですが?
★☆★
勇者……それは男なら誰もが一度は憧れる職業であり、成れば魔王や竜といった悪を倒して行く言わば正義のヒーロー的存在である。
彼らは常に根源とする悪と戦い、まさに生死を彷徨う死闘を繰り広げてきた。
それはいつしか伝説として語られることになり、時には神の頂にならんと神話伝説へと変貌を遂げる。
英雄譚に始まり、古くから言い伝えられてきた昔話。
子供の時に読み聞かされた童話、出版本では書ききれない数々の過去が語り継がれて今の世に伝え広まっていく。
小さな子供や少年心少女心を忘れていない大人は、夢を忘れることなく成りたいと憧れ、終ぞ叶わない者も多数いる。
そこまでして成りたいと思うほどに勇者という職業にはそれなりの目指す価値があるのだ。
故に勇者とは、成るだけで通常より一段上の存在として崇められる。
成るにはそれ相応の経験が必要であり、ある程度の資格もなければならない。
何よりも他人には無い犠牲の塊があってこそ、勇者という存在はより肥大化されていくのである。
勇者は一世界に一人いれば十分だ。
だが、どんな理由なのか。
どんな倫理でなのか。
稀に勇者が複数存在してしまう事例も存在している。
そして、ここにも一人―――
その栄冠を勝ち取るべく勇者の資格を得た男がいた……。
俺の名前は六間仁‼︎
職業ーーー勇者だ‼︎
ひょんな事から勇者として転生してしまったらしいんだが、全く状況が理解出来ていない。
俺は何故勇者になったんだ?
明らかに目の前は異世界だし、もう訳分かんないぜ。
いや、もしかしたらここは天国なのかな?
それとも地獄?
確かに常日頃から死にたいとは思っていたし、毎日は退屈していたところだし。
死ねば順風満帆な人生を送れるかなぁ~、
と思っていた……
しかし……ッ!
これは一体全体、どういうことだぁぁぁぁああああああ‼︎
えっ!?何これッ‼︎こんな唐突な展開誰も望んでないよ‼︎
せめてもう少し現世を楽しんでから死にたかったよーーー
突然異世界に連れてこられた俺。
ここから一体どうすれば……
そもそも何をどうしたらいいかすら分からない。
道を進もうにも二手に分かれていて、どっちが正解なのかすら分からない状況だ。
一歩でも動こうものなら本当にどこかに彷徨ってしまう程の木々が生い茂っている森林が目の前を立ち塞がる。
現世では小心者として名を馳せていた自分にはとてもじゃないけど、ここから動くことなんて出来ない。
かといってここでじっとしていても、いつ何が起こるか分からない。
後、何より怖いし……
とにかく情報が足りない。
せめてここがどこなのかさえ分かれば、多少は気持ちに余裕が出来て落ち着けるのだが……。
仁はゆっくりと周りを見渡した。
だが、周りを見渡してみても人っ子一人いない。
次第に不安が募っていく。
このままここで一人でのたれ死ぬよりは、動いたほうがいいのかもしれないけど……
正直言って動いてモンスターに教われないとも限らないし。
何か打開策がないかと模索していると―――
「こんにちは勇者さん」
何やら可愛らしい声が耳に聞こえてきた。
咄嗟に声のした方を振り返って見るが、そこには何もいない。
勘違いかなと思い前を見ても、やはり何もいなくて遂には空耳かなと感じていた。
仁が首を傾げていると、
「ちょっとどこ見てるのよ?ここよここ」
再び甲高い声が聞こえてきて、それが頭上から聞こえてくることが分かった。
すっと、空を見上げれば―――。
仁は目が点になった。
顔を空に上げてみればあら不思議。
そこにはなんと自分より幾分かも小さな少女がいた。
正確には羽を生やし、空を飛んでいる。
恐らく妖精に近い風貌の少女。
しかし、唯一仁に理解出来なかったのには、彼女は少し頬を膨らましてこちらを見ていた。
「全く、これだから人間は嫌なのよね。目の前のことしか見ないんだもの……」
ぶつぶつと独り言を呟いている妖精っぽい彼女に、仁は問いかけた。
「なんか用ですかね?」
大して興味ないといった素振りで言う。
「何か用じゃないわよ……ッ!!貴方が困っていたから助けようとしたんじゃない‼少しは察しなさいよ‼」
妖精は不貞腐れた態度でこちらを見つめながら答えてくれた。
「困っていた?何をおっしゃるかと思えば……、別に困ってないですよ?」
「嘘をつかない‼︎そんなあからさまな顔してるくせに。ずっとここで立ち尽くしたり、辺りを挙動不審に見ていたじゃない‼︎」
「いやいや、そんなことは……」
「てゆーか、その口調どうにかしなさいよ。さっきまでの叫びは何だったの?」
「聞いていたのかッ⁉︎」
「そっちに反応するのッ⁉醜態晒しているんだから反応的に違うと思うのだけれど。てゆか、当たり前じゃない。私を誰だと思っているのよ?貴方がドアノブを持って立ち尽くしていた時からずっと見てたわよ」
「まさかそんな前から見られていたとは……。恥ずかしい‼︎穴があったら入りたいぐらいだ‼︎」
仁は妖精に今までの行動全てを見られていたことに赤面する。
「やっと調子戻してきたわね」
その様子を見ていた妖精は、素に戻った仁を見て何故か安堵していた。
「それで?その……妖精さん?が俺に何の用だ?」
「そうね、この際私の正体なんてどうでもいいわ。妖精でもなんでもいいし。私のやることは一つだもの。取り敢えず、貴方街に向かいなさい。そこに貴方の求めるものがあるわ」
「はぁ……?」
「じゃあ、伝えたから」
「え?それだけッ⁉︎もっとこう……何かないの!?まだここがどこだかすら把握出来ていないってのに!!」
「そうよ……何も無いわ。世の中そんなに甘くないの」
そう言うと、妖精は悲しげな瞳で見つめてくる。
もしかしたら何か妖精さんなりの制限があるのかもしれない。
そう思っていると―――
「本当は単純に私が話すの面倒くさくて、ここから早く立ち去りたいからなんだけど……」
どうやら自分が愚かだったようだ。
何も考える必要なんて無かったんだ。
そう。
この子はきっとそういう設定なのだろう。
少しドSくらいがちょうどいいのだ。
「全く……、何で私がこんな役を……」
そして、言伝を終えた妖精は、発見した時と同じように頬を膨らませて、ぶつぶつと独り言を発しながら去っていった。
それ以上縋る気力もなかった仁は、彼女が去りきるまで見送った。
そして、その姿が見えなくなったのを確認した仁は、妖精が言った言葉を思い出した。
「街を目指せと言われたはいいが……」
そもそも一体ここは何処なんだ?
辺り一面茂みだし、全体が木々だらけ。
ここがどんな場所かすら分からないけど、取り敢えず歩いた方がいいのか?
せめて道を教えてから帰って欲しかった…。
あと、不思議に思ったのは―――
「勇者さんって……どういうこと?」
と冒頭からの言葉の違和感と、色々聞いておけば良かったという後悔の念が押し寄せ、心がさらに折れかかっていた。
その時―――