異世界転生?
「———はッ⁉︎」
勢い良くベッドから体を起こす。
起こした反動でベッドがしなる音が部屋に響き渡った。
「変な夢を見たな……」
顔に手を当てて夢の記憶を振り返る。
額には汗がびっしり付いていた。
こんなことは初めての体験だ。
今まで何度か夢を見たことはあったが、今日のような不思議な夢は見たことがない……。
「くそっ、朝から胸糞悪い……」
毒を吐きベッドから抜け出て身体を伸ばす。
伸びきった体に血液が胎動の如く流れていく。
その状況に、先程の記憶を振り返る。
軽薄そうな男の言葉が甦る。
「夢が現実になったら面白い?はっ―――ふざけんな。この世界は夢を簡単に語っていい世界じゃねーんだよ……」
苛立ちが募り始める。
おぼろげな足取りで部屋を出ようとした。
扉までの短い距離を歩きながら毒を吐く。
「語った夢が現実になるのならば、どうして俺は今ここにいる?」
独り言が嘘のようにつらつら出てくる。
「この世界に引きこもりのニートに居場所なんてないんだよ」
そう。
現実は非道だ。
正き者だけが勝者となって自由を勝ち取り、嘘偽り者の敗者はその存在自体を否定され、貶され罵倒される。
生きている価値すら見いだすことの出来ないこの最底辺の人間が、一体全体夢を叶えるためには、後どれくらいの努力を積み重ねなければいけない?
数え切れないくらいの実績を上げなければ、元居た場所に帰ることは出来ないだろう。
だからこそ――――こう言うのだ。
そんなものに意味はなく。
そんなものに縋る価値すらないと。
無いなら無いなりに生きていかなければならない。
辛い現実だ。
それが―――
この世界の理なのだ。
「だけど……」
不意に言葉が漏れる。
踏み出そうとする足が止まる。
「もし、本当に夢が叶うなら……」
そこに一途の思いを抱いて吐き捨てる。
こんなに苦労はしてねぇよ……と。
続けて出た言葉が部屋を抜けて消えていく。
何故なら、今の現状自分は世に言うところの『引きこもり』と呼ばれる類に入る人類最底辺の劣等者だ。
行きたかった高校に行けず、受験に失敗してやる気を無くした俺は、高校受験以降外に出る勇気すら無くなり、こうして一人家の中にいる。
当然実家にいることが苦痛になった。
両親から逃げる一心で借りたアパートは、年数もそれなりに経っていて小汚かった。
おまけに一人で住むには少しばかり大きい。
大きいことに不満があるわけではないが、一人では余ってしまうからこそ湧き出る孤独感が胸を痛めつけてくる。
生活の面では高校時代に貯めていたバイト代で今を賄っているが、それももう底を尽き始めようとしていた。
当然だ。
こんな生活を続けて一年半だ。
自堕落な毎日に、遂に心までも折れかかっていた。
辛うじて出した足を前に踏み締めて今日という日を生きていく。
そんな毎日だ。
正直言って飽き飽きしている。
再び諦めていた日常を変えようと試みたこともある。
高校受験をしようにも、ある程度資金がかかることと、バイトをしていない今の状態では大いに厳しい面もあり断念している。
さらに付け加えるなら、精神面的にも立ち直れていない半面、気持ちに余裕もなく少々厳しかった。
どうにかしてこの現状を打破出来ないかと考えてはみるが、考えるのすら面倒になり最終的にはこの小汚いアパートに落ち着く訳である。
これでは無限ループを繰り返しているに過ぎない。
だが、いかんせん動かない体を無理にまで働かせる必要はないのでは無いかという考えに至り、やはり自分は腰を上げないのだ。
それ以上先にはいかない。
後悔したく無いし、もう泣きじゃくるのにも疲れ果てていた。
体はとっくに限界だった。
動けないのならば、動かなくてもいいと誰かがそう言っているような気がした。
だから、今を生きることに専念しようとする。
そうして胸の蟠りを抱えたまま足を上げ、部屋の扉に手をかける。
恐らく目の前に広がる光景は、昨日となんら変わらない景色なのだろう。
冷たく閉じたこの扉を自分は後、何百回・何十回いや―――何回開けることが出来るだろうか。
もしかしたら、明日には開けることが出来なくなるかもしれない。
それくらい精神的に負の極地の域に達している。
考えてみれば未来なんて、自分ですら分からないというのに。
だが、それでも勇気を出して扉を開いた。
その時―――。
自分の部屋の扉を開けた瞬間、思わず呆然とその場に立ち尽くした。
目が冴えた時には、目の前の視界には昨日までとは違った景色が広がっていて。
訳がわからず完全にその場に立ち尽くした。
「…………………………は?」
時間をかけてようやく出した言葉がこれだ。
確かにあの変な夢を見た直後では、混乱するのも無理はない。
いや、待て。
ここは本当にどこだ?
確か自室の扉を開いたのは覚えている。
だが、いつまでそうしていたのかは覚えていない。
ただ呆然と立ち尽くしていた時にはこの状況だ。
やがて、意識がはっきりしてくる。
だが、何度意識が覚醒し確認したところで、ここが一体全体どこであるのかは一向に分からない。
普通なら今自分の前には古臭い木目の廊下がなければならない。
しかし、これはどういうことだ。
ここは廊下でもなければ、残念ながら家の中でもない。
紛うことなき目の前に広がる景色は―――外だった。
しかも、住宅街が立ち並んでいるとか、高層マンションが聳え立っているとかそういう系列の物でもない。
もはや別次元や異次元と豪語してもいいその景色。
目の前には鬱蒼と生い茂る森林が逞しく生えるように視界に広がっていた。
尋常じゃない程生え切った木々に我を忘れて戸惑うしかなかった。
取り合えず状況の整理をしたいと思い、手にかけていた扉の元へと帰ろうとした。
だが―――
「ん?」
扉にあったはずのドアノブが何ともスカスカになっているではないか。
不思議に思って振り返れば、先程までそこにあったはずの扉がない。
うちのアパートは引き戸であるためどうしても扉が視界からブラックアウトしてしまうが……
もはやそんな話では収まりきらない。
扉どころか自分の部屋すら消滅していた。
扉はドアノブだけを残して跡形もなく消えた。
「あれ?おかしいな?ここにあったはずの扉がない……だと?」
必死にそこにあったはずの扉の形跡を探すが、探せど探せど全く見つからない。
見えなくなったのかと思って回しているが、全く回らない。
いや、正確には回るには回っているが、宙に浮いているせいかうまく開いてくれない。
まぁ、扉すら消えてしまったこの状況で冷静を保っていること自体が困難だ。
「……………………」
そして、数秒の沈黙の後―――
「おぉぉぉぃぃぃいいいいい‼どこに行った俺の部屋ァァァアアア⁉マイハウスゥゥゥウウウウ‼マイホームゥゥゥウウウウ⁉」
天高く声が伸びる。
森林から木霊してくる自分の声の虚しさに涙ぐんでしまう。
当然人っ子一人いないこの森林で無常なる叫びに誰も応答してくれるわけもなく……
「はぁ……」
こうして俺。
六間仁ロクマジン(ろくまじん)十七歳にして引きこもりの数奇な物語が始まっ……た……?