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ケンジ

「あらケンジ、今日は起きられたのね」

 月曜日の朝、俺は4日ぶりに普段通りの時間に起き出した。いつものように、リビングで母さんがコーヒーを飲んでいた。

「お腹すいてるでしょう」

 左手にコーヒーカップを持ったまま、母さんはコンロに手をかけた。

「風邪は良くなった?」

 風邪なんかじゃなかった。ただ、学校に行くのが辛くて、学校であったことを話すのが怖くて、体調が悪いふりをしていたんだ。

「母さん、」

 自分でもびっくりするくらい、小さな声でそう言った。

「ん?」

 母さんは何でもないようにそう返事をしながら、白い平らなお皿に、三角形のフレンチトーストを2枚載せて、テーブルに持ってきてくれた。

「みんな俺が犯人だと思ってるんだ」

 フレンチトーストを見つめながら、俺は声を絞り出した。

「犯人って、何の?」

「学校で上履きが隠されたんだ。4回も」

「ケンジが隠したって疑われてるのね」

「最初は俺はやってないと思った。俺はただ、隠された上履きを見つけただけだと思った」

 台所で昨晩の食器を洗い始めた母さんが手を止めた。

「でも、今は?」

 母さんが優しく問いかけた。俺は心のどこかでは、今でも自分は潔白だと思っていた。

「夢を見たんだ」

「そう。どんな夢だった?」

「水曜日の昼休みに、俺がヒロミの上履きを隠す夢を」

「そんなの、ただの夢じゃない」

 確かにあれは夢だ。でも、

「その日の昼休み、自分が何をしていたか思い出せないんだ」

「思い出せないから、夢で見たことが本当の記憶かもしれないって思ってるのね」

 俺は黙って頷いた。

「そうね、お母さんはあなたがそんなことするの想像できないわ。でも、もし本当に自分がやったと思うなら……」

 もし、俺がやったんだったら、怖いことだ。俺は陰湿で、変態で、嘘つきで、自分がやったんじゃないと都合よく思い込んで、タカヒロを怒鳴って追い返してしまうような、ひどいやつだ。だから、そんなこと考えたくなかった。

「謝っちゃえば良いじゃない」

 気が抜けるほどシンプルに、母さんはそういった。

「大したことじゃないのよ、上履き隠しなんて。あなたはまだ小学3年生なんだから」

 真っ白なお皿が、シンクの食器カゴに整然と並べられていく。

「小学生の男の子は時々そういうことをするのよ。あなたは少し大人びている方だから、お母さんも驚いたわ、でもね、」

 手が止まった。

「お母さん、少し安心したのよ」

 背中が急に軽くなった気がした。俺は、母さんを心配させるとばかり思っていたから。

「あなたは小さい頃から大人しくて、本当に手がかからない子で、お母さん、すごく助かったのよ。うちには、落書きの跡とかないでしょう、あなたが生まれてから、一度もリフォームしてないのよ」

 母さんは昔を思い出しているようだった。

「あなたくらいの年の男の子なら、高価なものを壊したり、お友達をいじめたり、おもちゃやゲームを友達と取り合って喧嘩したり、女の子をからかって泣かせたりするものなのよ。でもあなたは一度もそういうことしたことがなかった」

 だから、と母さんは続けた。

「あなたにもやんちゃな部分があるんだって思って、少しね」

 母さんはそう言って、二杯目であろうコーヒーをカップに注いだ。

「母さんは、俺がやったと思う?」

「そんなこと、お母さんにはわからないわよ。本当のことを知っているのは、あなたの心だけでしょう?」

「まだ、わからないんだ」

「そうね」

 少しのカップを見つめた後、母さんは俺に向き直った。

「今日じっくり考えなさい。学校にはお休みの連絡を入れておいてあげるから」

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