タカヒロ
アヤネの上履きが隠されたのが、先々週の木曜日のこと。それから週明けの月曜日、火曜日、水曜日に立て続けに他の女子の上履きが隠された。
隠された上履きを見つけたのはアヤネのときこそユウヤだったけど、先週の3件はぜんぶケンジが見つけた。でも、そのせいで彼は疑われている。
「これからプリントを配りますから、帰る前に記入して前に出してください」
そう言って先生は、藁半紙の印刷物をクラス全員に配り始めたーー欠席のケンジを除いて。
「みなさんも気になっていると思います」
先生は上履き隠しの犯人をまだ探す気なんだ。
「先々週の木曜日、先週の月曜日から水曜日、最近だけで4回も上履きが隠されています。残念ながら、誰も自分がやったと名乗り出てくれていません。クラスの中に隠し事があるのはみんなの問題です。誰がやったのか先生は知りませんが、もし理由があるなら、もう二度と同じことをしなくてもいいように、それを解決しなければいけませんし、誰がやったのかわからないままでは、みんな不安になってしまいます。みんながみんなを疑うことになるのは、とても悲しいことです」
誰が犯人でもみんなの問題にはされたくない。もし理由があるならそれはそいつの問題で、僕たちには関係のないことじゃないか。
「ですから、無記名で構わないので、何か少しでも心当たりのあることがあったら、ここに記入してください。『自分がやった』でもいいですし、『誰かがやっているのを見た』とか、『やったと話しているのを聞いた』でもいいです。少しでもヒントになることがあれば、ここに記入してください」
つまり、『もしやったのがあなたで、それでも黙っているなら、証言を集めて見つけ出しますよ』ということ。こういうことに意味があるのかは疑問だった。誰かの証言があったとしても、それが本当か確かめる方法がない。無記名なんだから。もし誰かの証言で犯人を間違えたら、それこそとんでもないことだ。
「はい」
前の席のアヤネからプリントを受け取った。A5の藁半紙に、大きな枠が一つ。完全自由記述。
犯人を知りたくないわけじゃなかった。疑われているのはケンジ。でも、3回連続で見つけたってだけで疑うのはフェアじゃない。もともとこういうのは得意不得意があるんだ。ケンジはたまたま、見つけるのが得意だっただけだ。彼は普段から目ざといし、頭もいい。そんなにおかしいことじゃない。
とはいえ、心当たりがないわけじゃなかった。
『だって、ヒーローだぜ?』
アヤネの上履きが隠された翌日の、金曜日の放課後の帰り道、ケンジがそう言ったことが、ずっと頭から離れない。彼はヒーローになりたくて、3日連続で女子の上履きを隠したんだろうか? でも、
『俺はやってないんだ!』
あの怒りが嘘だとは思えなかった。だいたい、もし彼が犯人なら、あんなこと自分から聞くだろうか?
『上履き、また盗まれた?』
思考が頭の中をぐるぐる回った。
他のみんなは何を考えているんだろう。鉛筆が走る音があちこちから聞こえていた。もしかしたら、真犯人が名乗り出るかもしれない。先生の脅し文句が全く効かないとは限らない。あるいは、真犯人が名乗り出なくても、誰かが犯人を証言するかもしれない。そうだ、そうすれば、ケンジの疑いも晴れる。
そのとき、数分前の自分の思考が戻ってきた。
『誰かの証言があったとしても、それが本当か確かめる方法がない。無記名なんだから。もし誰かの証言で犯人を間違えたら、それこそとんでもないことだ。』
誰もが犯人にされる可能性がある……。
そう思った途端、教室の景色が全く違って見てた。37人のクラスで、一人欠席。僕以外の35人が、自分以外の誰かに罪を着せようとしているんだ……。四方から聞こえてくる、藁半紙の表面が鉛筆の先を削り取る音が、自分を刺し殺すためののナイフを研ぐ音のように聞こえた。
『ケンジが犯人なら良いんだ』
頭の中で誰かが言った。
『あいつが犯人で間違いない。みんなそう言ってるじゃないか』
違う。ケンジはそんな馬鹿なことしない。いくらヒーローになりたいからって、そんなことするわけがない。それに、もし彼が犯人なら、自分から話題を蒸し返したりするわけない。あの怒りが演技なわけがないんだ。
でも、もしも、もしもあれが全部カモフラージュだったら? 予想外に疑われてしまって、完璧だったはずの計画が狂って、クラス中が敵になった中、一番懐柔しやすい僕に『無実だ』と印象付けるための方策だったら? 言葉尻を捉えて急にキレたのが、僕に罪悪感を覚えさせて、味方につけるための作戦だったとしたら?
いや、そんなことあるわけない。考えすぎだ。犯人は別にいる。それに、僕が犯人にされる心配はない。疑われる理由は何もないんだ。だいたい、もしランダムに当たるとしても、確率は37分の1じゃないか。
すでに何人かが藁半紙を教卓に提出していた。
ガタッ。
アヤネが立ち上がった。彼女の左手から垂れる藁半紙の真ん中に、数文字の漢字が書いてあるのがちらりと見えた。
『………弘』
『だって、ヒーローだぜ?』
『でもいいよなあ、あいつ』
『自分で隠したから、見つけられるんだ』
『全部あいつが隠したんじゃねえの?』
『少しでもヒントになることがあれば、ここに記入してください』
鉛筆を手に取って、僕は精一杯の正直さで記入した。