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ケンジ

「遠藤さんの上履きがなくなりました」

 水曜日のホームルームで先生が言った。

「じゃあみんな伏せて」

 俺は先生の言う通り、机に顔を俯せた。教室が静まり返った。

「心当たりのある人は静かに手を挙げなさい」

 物音ひとつしない。

「もう一度言います。心当たりのある人は、手を挙げなさい」

 あまりに静かだから、時間の感覚がわからない。10秒くらいだったような気も、2分くらい待っていたような気もする。

「みんな顔上げて」

 やっとだ。

「残念ながら、名乗り出てくれる人はいませんでした。前にも言いましたが、悪いことをしたら、隠していると一生後悔します。でも、それでも名乗り出ないということは、仕方がないので–––」

 今週に入って、もう三回めだ。

「またみんなで探します。見つかるまで、家には帰れません」

 クラスのみんなが立ち上がった。またかよ、と不満そうに言う奴もいれば、宝探しを楽しんでいる奴もいる。俺はワクワクしていた。もし今回も俺が見つけたら、3回連続でお手柄だ。ヒロミも、喜んでくれるかもしれない。

 まず最初に探すのは男子トイレだ。上履きなんて隠して何が楽しいのかさっぱりわからないけど、女子の入れないところに隠されているのは、ありそうなことだ。

 俺は教室を出て右手にある男子トイレに入って、個室を順番にチェックした。洋式トイレが詰まっていた以外、おかしなところは何もなかった。

 念のため用具室も開けてみたけど、モップと雑巾とバケツがあるだけだ。バケツの中にも上履きはない。

 男子トイレじゃないとすると、どこだろう。一昨日、ユカの上履きがなくなった時は、階段の脇にある理科実験室のゴミ箱の中に入っていた。昨日はアユミの上履きがなくなって、廊下を挟んで教室の向かいにある窓の外に落ちているのが見つかった。

 今回も教室の近辺に違いない。あと他に上履きが隠せそうな場所は–––。

 廊下の真ん中に立って見回していると、廊下の角に置いてある水槽の中に、大きな白いものが入っているのが目に入った。

 近寄って見てみると、ビンゴ。上履きが水浸しになっていた。

「先生! あった!」

 俺は教室にいる先生に向かって叫んだ。

「園田君、よく見つけるわね」

 先生は、昨日ほどは驚いていないようだった。

「みんな、戻って」

 先生が叫んだ。散り散りになっていたみんながそれぞれの机に着席していく。

「遠藤さんの上履きが見つかりました。水槽の中に入っていたそうです。園田君が見つけてくれました」

 俺は鼻高々だった。ヒロミの方を見てみたけど、こっちを見てはいなかった。

「最後にもう一度チャンスをあげます」

 これで犯人が名乗り出たためしはない。今回もどうせ誰も手を上げない。

「みんな伏せて」

 2秒。

「心当たりのある人は静かに手を上げなさい。これが最後のチャンスです」

 1、2、3、4、5、6、7、8、9…98、99、100、101。

「みんな顔上げて。ずっとは待てません。今日はこれでおしまい。遠藤さん、後で職員室にきて。靴、乾かしてあげるから」

 やれやれ。でも、名探偵になったみたいで、悪い気はしなかった。ヒロミはちょっとかわいそうだけど。俺は立ち上がって、ランドセルに手をかけた。その時だった。

「全部あいつが隠したんじゃねえの?」

「そうだよな、3回とも見つけられるなんておかしいよな」

「自分で隠したから、見つけられるんだ」

「私知ってる!そういうの、ジサクジエンっていうんだって、ママが言ってた」

 教室のみんなが口々に言った。

「違う、俺は…」

 そうはいってみたものの、確かに、なんで毎回俺が一番最初に見つけられるんだ?

「俺が隠したんじゃない」

 状況は完全に黒だった。

「じゃあなんで毎回お前が見つけるんだよ。超能力でもあるっていうのか?」

 全くだ。

「違うって言ってるだろ!」

 俺はそう言って、ランドセルを抱えて逃げ出した。




 翌朝、俺は布団から出られなかった。母さんが心配して部屋に入ってきた。頭が痛いと言った。

 こうしていると、本当に頭が痛い気がしてくる。そうだ、俺は風邪を引いたんだ。きっと昨日体育の授業の後うがいをしなかったから。きっとそうだ。明日には良くなっている。何も問題はない。

 どれくらい時間が経っただろう。12時は過ぎたかな。そう思っていると、母さんの声が聞こえた。

「ケンジ、タカヒロ君が給食とプリント持ってきてくれたわよ」

 あいつは一番の親友だ。でも、今は顔をあわせる気がしない。寝て過ごそう。俺は返事をしなかった。

「寝てるみたい。いつもありがとうね」




 次の日、俺はやはり布団から出られなかった。学校に行こうと思うと、水曜日の出来事が頭をよぎって、体が動かなくなった。

 犯人は誰なんだろう。3日も連続で女子の上履きを隠すなんて、どうかしてる。

 そういえば、昨日は上履きは隠されたんだろうか。俺は昨日学校に行かなかったから、昨日も隠されていれば、犯人は俺じゃないとわかるはずだ。

 希望が見えた気がした。布団から頭を出して、壁に掛けてある時計を見た。11時40分。

 今日は5時間授業だから、タカヒロは2時過ぎに来る。そしたら、聞いてみよう。俺はまた目を閉じた。




「タカヒロ君が来てるわよ」

 母さんの声で目が覚めた。

「はーい」

 返事をした時、悪い予感がした。

 もし昨日から上履きが隠されていなかったら? 俺が休み始めた途端、誰の上履きも隠されなくなったら?

「起きてるみたい」

 母さんの声の後、ノックが聞こえた。返事をしようとしたけど、声が出なかった。

 ガチャ

 ドアが開いた。

「よう」

 タカヒロが動揺しているのがわかった。

「これ、みかんと、宿題。月曜日までだって」

 俺は目を合わせなかった。俯せに寝て、喉の奥から声を絞り出した。

「上履き、また盗まれた?」

 2秒。

「え、あ、ああ。今日で5日連続だよ。全く何考えてるんだろうな」

 嘘だ。タカヒロの嘘はすぐにわかる。

「誰の?」

「え?」

「誰の上履きが盗まれたの?」

「え、えーっと、誰だったかな」

 でっち上げればいいのに、タカヒロは嘘がつけない。

「……」

 ため息が漏れた。

「だ、大丈夫だよ。みんなきっと、もう気にしてないから」

 もう気にしてない…? こいつは一体何を言ってるんだ…。

「俺はやってないんだ!」

 俺は怒鳴っていた。

「ち、違う、そういう意味で言ったんじゃ……」

 こいつだけは味方だと思っていたのに……。

「帰れ! 今すぐ帰れ!」

「ちょっとケンジ、どうしたの?」

 母さんが部屋を覗いた。

「タカヒロ君、ごめんね、せっかく来てくれたのに。ケンジちょっと疲れてるみたいだから、また今度来てくれる?」

 タカヒロは母さんにお辞儀して、逃げるように去って行った。

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