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与えられた名は十二月《ゼケンヴリオス》 仕事は冒険者  作者: 故郷野夢路
第一章 与えられた名は十二月
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第八話 愛とパンツについて話す

 四組のカップルで行われた会食は、幾つかの約束を交わし、明日から始まる学校生活に希望を寄せ、食後のデザートにフルーツまで注文して、心身ともに満たされたところで、お開きとなった。


「ゼケン。少し二人で歩きませんか?」


 ゼケンのピスティーがこう求めてきたのは、料理屋の前。皆で学校へ戻ろうとした時だった。

 ゼケンもピスティーとは、静かに話をしたいと思っていた。

 そういう時間を転生してからこっち、ずっと持ちたいと思いながら、持てないでいた。


「そうだな」


 ゼケンたちはほか三組のカップルと料理屋の前で別れた。

 別れ際、ゼケンへと恨めしげな顔をしていたエクトスが、『なにその顔!』とピスティーに叩かれていた。

「お前どんどん暴力的んなってないか!?」


 騒がしい二人を中心に、六人は先に学校へ帰っていった。


 ゼケンとピスティーは何を言うともなしに、反対方向に進み始める。あてどのない両足が、遊んででもいるようにのんきな歩調をとる。


「いろんな奴がいたな」

「発見でしたね。明日からの毎日が、とても楽しみになりました」

 ピスティーは前向きだった。この少女は基本ポジティブシンキングらしい。


 ゼケンは取り立てて長所のないレベル1だ。

 美少女祝福者(ギフテッド)のレベル1とは事情が違った。


「俺は頑張んないとダメだな」

「あら、二人で一緒に頑張るのです。ゼケンだけに大変な思いはさせません」


 ゼケンがこの少女と出会ってから、半日経ったのだろうか?

 彼女の今の言葉をゼケンは疑っていなかった。

 いつの間にやら、隣の美少女の事をずいぶん信頼していた。


「心強いな」


 ピスティーは嬉しそうに笑った。

 ゼケンも笑っていた。ただつられて笑ったわけではなく、嬉しかった。


 今は何時ごろだろうか?

 空はまだ明るい。

 しかしスコニ通りは仕事を終えた大人たちの影に満たされ、活気の歌を町中に届けようとしている。


 知らない世界の通りを歩くのは、中々楽しい。

 通りに面した丸テーブルを囲み、乾杯の声を響かせて大笑いする者たち。

 テーブルに置かれたキノコの丸焼きに妖精人エルフの三人組が歓声を上げた。

 ゼケンたちよりずっと上等な装備のパーティーとすれ違う。ひと仕事終えた彼らの顔は、充実感で満ち満ちていた。

 もう酒に酔っているのか。壮年の男たちが揃ってだみ声で歌を歌い、道行く人々の苦笑いを誘っている。


「こっちに行きましょうゼケン。あの建物の上が、小公園になっているらしいのです。地図で確認しておきました」


 ピスティーは緑をかぶった高い建物の屋上を指差し、ゼケンの手を引っ張った。

 彼女に手を引かれるままに歩いていく。

 いつの間に手を繋いでいたのだろうとゼケンはいぶかしんだ。


「お前の手、ちっちゃいな」

「ゼ――ゼケンの手が大きいんですよっ」


 少女の手の小ささを意識すると、途端に気恥ずかしさでむず痒くなった。

 何か話そうと考えを巡らせると、明日への不安ばかりが掘り起こされた。

 どうやらゼケンは不安を忘れていたようだ。


「……今日の料理が、デザート込みで、一人、デリル銀貨一枚と、大クース銅貨三枚だったか?」

「そうですね」

「デリル銀貨一枚が大クース銅貨五枚分だから、大クース銅貨八枚。パン八斤分だな」


 一食でパン八斤分が吹き飛んだと考えてみて、自分たちが贅沢をしたらしいとようやく理解できた。


「これからは、ちょっと切り詰めていかないと、いけないかも知れませんね」

「そうだな」


 ぐいぐいゼケンの手を引っ張って道案内していたピスティーが、歩く歩調を落として隣へと並んできた。ゼケンのことを見上げてくる。


「明日からは、私が食事を用意します」

 ゼケンはすぐに拒絶した。


「そりゃ悪い。いいって」

「イヤです。お世話します。お洗濯も任せてください」

「それぐらい自分でやる」


 ピスティーが気を遣ってくれるのは嬉しかったが、身の回りの世話をされると思うと、喜びではなく気恥ずかしさが込み上げた。

 ピスティーは教会で見上げるステンドグラスの中の女神だ。

 理想や幻想を捧げたくなる偶像のような子だ。

 そんな子に生活臭あふれることをさせたくない。

 自分のパンツを洗っている姿なんて、断じて想像したくなかった。


 しかしゼケンのピスティーは譲ろうとしなかった。


「私はゼケンのピスティー。ゼケンのお世話をすることが、その何よりの証となるのです。嫌とは言わないで下さい」


 話す少女の表情は聖句を唱えてでもいるようだった。

 彼女にとって、とても大事なことのようだった。


 不意に、ゼケンの心に一つの疑問が浮かび上がった。


「お前は嫌じゃないのか? 俺が主で」


 尋ねられたピスティーは、キョトンとしている。


 ゼケンはレベル1だ。そのステータスに見るべき特別性などない。

 ゼケンはレアアイテムすら授からなかった。

 きっとこれからの学校生活は、とても厳しいものになる。

 教頭が“試練”だと口をすっぱくして言っていた生活だ。

 命だって落としかねない。

 ついでにゼケンは、マッチョだ。


 『近付いただけで妊娠させられそー』

 『壊されそうでこわーい』

 『足超臭そう』


 こういう陰口を今から覚悟していた。


「どうして私が嫌だと思うのですか?」


 ピスティーは皆目見当のつかない顔をしている。

 ゼケンは今思いついたことをあらかた並べ立てた。マッチョについては触れなかったが。


 ピスティーはコロコロ笑った。“男の人はそんな事を気にするのか”と意外な一面でも見知ったように。


「“愛”の前には、全て瑣末な事です」


 今度はゼケンがキョトンとする番だった。


「――愛?」


「はい。愛です」


 ピスティーの笑顔はまるで平常運転。いつもどおりの笑顔である。

 ゼケンは大いに取り乱している。長い舌が“えらいこっちゃえらいこっちゃ”と上下に跳ね回って吐き出す言葉まで跳ね踊る始末。


「お、お、おお――俺を?」


 ピスティーは“お魚よりお肉のほうが好きです”とでも言うような笑顔で、


「はい。ゼケンヴリオスを愛しております」


 いっぺんの曇りもない笑顔であった。

 嘘の入り込む余地などない笑顔なのだが、逆に愛を告白するにはあまりに恥じらいがなく、機械的な印象さえ覚える笑顔である。

 ゼケンの口からは思わず次の疑問が飛び出した。


「……本当かあ?」


「あっ! ひどいです!」


 愛を疑われた少女は顔をクシャリと悲しませた。

 そしてぐいぐいと身を乗り出して訴えてくる。


「私の愛を疑うなんてひどいです! 好きなんですよ私は!? ゼケンのことが!」


 会ってまだ半日程度の少女である。好きといわれても、ゼケンはまるで実感が湧かない。

 ピスティーとは願望を元に作られた存在。

 異性から愛されたいゼケンの願望が、少女に恋愛感情を植え付けたのだろうか。


 ピスティーの“愛してる宣言”はどこかずれている気がした。


 それでも、好きなのだと訴える彼女の顔は、真剣でもあった。


「わかった」


 ゼケンはそう言った。

 実際は、愛なんてよくわからなかった。わかるわけがない。

 でも細かい事は気にしないと決めたし、愛を知らないなら、学んでゆけばよいのだ。


「ピスティー。お前の愛を俺は信じるぞ」

「…………なんだか引っかかる、言い方な気もしますが……」


 ピスティーは疑わしげな顔をしている。きっとさっきのゼケンもこんな顔をしていたのだろう。

「お互い出会ってまだ一日経ってないんだ。我慢しろ」


 ピスティーは不満足そうだ。なにか反論でも探す顔つきをしている。

 が、何を思いついたのやら、突然パッと顔を輝かせた。


「そうですよね。愛とは育むものと言います。これから一緒に育んでいけばよいのですよね?」


 この少女は気恥ずかしいことを平気で言うし、平気で尋ねてくる。


 ゼケンは『そういう恥ずかしいことを聞くな!』とでも言いたかったが、少女をまた不機嫌にするのも面倒で、適当な言葉を捜しあぐねる。


「ね? ゼケン。そうですよね?」

「………………まあ、そういうことかもな?」


 ムフフとピスティーは変な笑い声を漏らした。

 ゼケンは一つだけ、注文しておいた。


「――あと、パンツは俺が洗うぞ?」

「わかりました」


 譲れない一線だった。

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