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与えられた名は十二月《ゼケンヴリオス》 仕事は冒険者  作者: 故郷野夢路
第一章 与えられた名は十二月
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第七話 同士たちとの会食

 カップル。

 ピスティーとその主を合わせてそう呼ぶのだそうだ。

 メガネのピスティーの話によると、学校にはゼケンたちを含め、六組のカップルがいるらしい。


 カップル会食の誘いをゼケンは受けた。

 自分のような“主”がほかにもいるなら、知り合っておきたかった。


「ドキドキしますね?」

「楽しそうだな」


 かく言うゼケンも、心の中では少しの緊張感や期待感が躍っていた。

 自分だけレベル1だのピスティーを取り上げる宣告だの、色々あったが、落ち込んでなどいられなかった。


 ゼケンたち五十八人の冒険者としての新生活は、もう始まっているのだ。

 立ち止まってなんていられるか。


「あー。来た来たー」


 メガネのピスティーのあとを付いて行くと、五人の生徒が待っていた。

 女が四人。男が一人。

 その内の女の一人がメガネのピスティーへと笑顔を浮かべる。


「ピスティー君ご苦労様」

「いえ」

 メガネピスティーは澄ました顔でメガネのブリッジを押し上げた。


「見てたぜ。さっきは大変だったな」


 少年がゼケンに声を掛けてきた。魔術職系のローブを着ていないから、前衛職だろう。


「大変なのはこれからだ。意地でも手放すつもりはないけどな」

「だよな」


 少年は“そうでなくっちゃいけない”という不敵な顔をした。

 この少年とは気が合いそうだ。どちらからともなくゼケンは少年と手を握り合っていた。


「ゼケンヴリオス。意味は“十二月”」


「エクトス、“六番目”だ。――なああの子、お前のピスティー?」


 エクトスはゼケンのピスティーを覗き込み、信じられないという顔をしている。

 信じられないことも起こった。

 少女が一人、エクトスの背中へと近寄るなり、蹴ったのだ。


「いって! ――んだよ!?」


「みっともない顔さらしてんだもん」


「さらしてねえしっ。ゼッテエさらしてねえし!」

「あーうるさいうるさい」


 少女はツンとそっぽを向いた。ゼケンのピスティーのほうへ歩いていった。

 ゼケンのピスティーとはまるで違う性格のようだ。

 ゼケンはエクトスがした質問を、そっくりそのまま返す事になった。小声で。


「あれお前のピスティーか?」

「信じられねえだろ?」


 ピスティー同士で話をしていたエクトスのピスティーが、突如こちらを振り返り、牙をむくようににらんだ。


「な――なんも言ってねえし!」


「私もなんも言ってないしっ」


 エクトスのピスティーは当たりがきつく、おまけに地獄耳のようだった。

 エクトスとゼケンは、彼のピスティーから更に距離を離した。


「レベル1でもまだお前、捨てたもんじゃないぜ? あの子絶対性格いいだろ?」

「よくわかったな」

「勝ち誇んなくそ。おまけにギフテッドとか、なんかスゲエんだろ? 俺らレベル2だけど、それだけだぜ? レアアイテムもなかったしよ」


「お前もなかったのか?」


 ゼケンの同士がここにいた。エクトスはまるで嬉しそうじゃないが。


「ランキングちゃんと見とけよ。カップルはレアアイテム持ってんの、少数派っぽいぜ? ――ってか、お前はあの子と一緒にいられんなら、レベル1だって関係ないだろがよ」


 ゼケンは多少の優越感を感じながら言った。


「お前が大変なのはよくわかったよ」


「マジで勝ち誇んなムカつくっ」


 エクトスはぼすぼすゼケンの腹を殴ってきた。マッチョゼケンの鋼鉄の腹筋は痛くも痒くもない。


「くそっ――マジでうらやましいなオイ。なんで俺のピスティーあんなだよ……」


 エクトスはゼケンピスティーを眺めながら、本気でうらやましがる顔をしていた。

 ゼケンは少し元気が出て、笑った。


 ゼケンたちはファリアスから生活費の入った巾着をそれぞれ受け取った。

 全員に巾着を渡し終えると、ファリアスは最後に注意を促した。


「あとこれは絶対に守って欲しいんだけど、ここから西に行くとある魔人族(デモニシュ)の“エジビアン街”と、この町の北西に広がってるスラム街には近寄らないように! 近く行けば雰囲気で近寄っちゃダメだってわかるから! この町の空気を覚えるまでは、学校の遠くには行かないほうがいいよ!」


 学校のあるオルコス通りから出なくとも、料理屋、パン屋が一軒ずつあるとのことだった。

 もちろんこの二軒に五十八人の生徒が一斉に押しかける事などできない。


 談話室には、料理屋や総菜屋、酒場などが集まる通りまでの道順を記載した地図が張り出された。

 その前にはその地図を手の甲や手のひらに書き写す生徒が溢れた。すぐにティーティスが週間新聞を裁断したメモ用紙を配り始めた。




 ゼケンたちに与えられた生活費は、

 半ゴルトー金貨が一枚。

 大デリル銀貨が二枚。

 デリル銀貨が五枚。

 ほか、こまごまとした銅貨が八枚だった。


「パン一斤が、この大クース銅貨一枚で買えます。5クース銅貨とも呼ばれ、クース銅貨五枚分、デリル銀貨の五分の一の価値があります」


 メガネピスティーは2・5センチほどの銅貨を皆に見せている。

 ゼケンもパンの値段なら知っていたが、それ以上の金銭感覚は与えられなかったらしい。

 正直自分が受け取った生活費で、どれくらい暮らせるのか、どれくらいのことができるのか、まるで見当がつかなかった。


 ゼケンたちは生徒たちが作り出す流れに乗るように移動している。

 地図に書かれていた道順は、広めの道を経由するものだったようで、学校を目指した時に比べて随分歩きやすかった。


 四組のカップルはほどなくして、食事どころの集まる“スコニ通り”へと到着した。

 通りの入り口でスープを売る屋台が馥郁を振り撒いていた。

 そばで主婦たちが会話に花を咲かせている。揃って陶製のスープポットを手に提げていた。


 前の生徒たちはゆっくりとした歩調になり、通りの左右に立ち並ぶ料理屋を覗き込んでいる。

 ゼケンたちも自然とそれにならっていた。

 通りの料理屋は店構えも様々だ。


 まず通りに面する側には扉も壁もまるでない、開放的な料理屋が散見された。オープンテラスのようにテーブルと椅子が雑然と並んでおり、そこに客が座ると店員が注文を聞きに来るスタイルだ。

 これは入りやすそうだ。食事も軽食という感じで、安上がりに済みそう。


 入りにくいのは通りと店内が壁で仕切られた店。

 豊富な魔石灯で照らされた店内は明るいが、格調も高い。落ち着いた雰囲気で食事ができそうだが、その分料金も高く取られそう。


 エクトスが率先して口を開いた。


「安そうな店でいいよな? どっか適当に入っちまおうぜ」


 女子勢が揃って“エー”という声を上げた。


「ケチくさ」

 とエクトスピスティー。


「せっかくの初めての食事なのですから、よい所に入りましょう」

 と笑顔でゼケンピスティー。


「あんまりお腹空いてないけど……」

「落ち着きたいね?」

 とどっちがピスティーかわからない女子二人組。


 女子勢から総スカンされてエクトスは顔を引き攣らせている。


「っんだよ、贅沢言うなって! 食い物とかどうでもよくねえ!? なあ!」

「俺に振ってくるなよ」

「あっ、裏切りやがった」


 ゼケンは自分のピスティーの味方だ。

 彼女はゼケンの答えに微笑んでいる。


「どう思うピスティー君?」


 こう尋ねたのはメガネピスティーの主だ。

 メガネピスティーはメガネの存在を主張するようにブリッジを押し上げた。頭のよさそうに見える仕草だ。


「倹約するべきですね。Gランクの冒険者の月収をご存知ですか?」

「んーん。しらない」

 メガネピスティーの主は“解説したいんだよね”と見透かしたような笑みで首を横に振っている。


 全員がメガネピスティーに注目する。

 彼は冷静な面持ちを誇示するように、滔々《とうとう》と解説を始めた。


「Gランクは冒険者の中でも最低ランク。該当レベルは1~6。つまり僕たちのランクです。月々の収入は平均で2ゴルトー程度。僕たちの所持金の1・6倍ほどの額にあたります」


 つまりゼケンたちに手渡された生活費は、Gランク冒険者の月収の半分程度というわけだ。


「僕たちは来週からは独自にパーティーを組み、魔物を狩猟して生活費を稼ぐ予定ですが、始めから順当には行かないでしょう。Gランクというのは年長の冒険者に師事し、弟子として生活するランクです」


「そうなのか……」

「でも俺らって、六日しか修行しないよな?」

「シーファー教頭が“試練”と表現していた理由も、そこにあるのでしょう」


 メガネピスティーは知性を誇示するようにメガネのブリッジを押し上げた。

 彼の主がずれかけた話を本筋へと戻す。


「じゃあー、それなりの値段っぽいお店にしよっか」


 入る料理屋は、折衷案で妥協する事になった。




 どうやら転生者個々に与えられた知識には、個人差があるらしい。


「お前、このメニュー見て、料理想像つく?」


 ゼケンやエクトスがメニューを読むと、文字は読めたのだが、肝心の料理のイメージがまるで浮かばなかった。

 ゼケンのピスティーやメガネピスティーはそうじゃなかった。

 料理の注文は二人がチョイスしたものを、人数分頼むことにした。


 “メガネピスティー”ことペンデのピスティーは、とりわけ知識を豊富に授かっていた。

 彼はわざとらしく咳払いをし、全員の注目を集めた。


「――失礼。せっかく、四組のカップルが一同に会する事になったのですし、まずは僕たち“ピスティー”について、お話させて欲しいのですが?」


「話?」

「できるの?」とエクトスのピスティー。


「多少は。僕たち“ピスティー”が主として皆さんにお仕えする以上、皆さんには、僕たちがどういう存在であるのかを、正確に把握しておいて頂きたいんです。――まあ、正確な把握を期待できるほどの情報量を、僕が持ち合わせているわけでは、ないんですけれど」


「別に聞くけどよ、その理屈っぽい話し方なんとかなんねえか?」

 エクトスがこう言うと、彼のピスティーが“幻滅”という顔をした。


「あんたってどうしてそう無神経なわけ?」

「あ? んだよ?」


 エクトスと彼のピスティーがにらみ合いを始めた。


「やめろお前ら。説明聞かせてくれよ。聞きたいよな?」

「ええ。自分たちのことなんですけど、あまり詳しくは、私も知りませんし」


 ゼケンとピスティーは揃って空気を誤魔化そうとした。

 話の先を促されて、エクトスたちもこの場は矛を収める。


 ペンデのピスティーはメガネのブリッジを押し上げながら、視線をひと巡りさせ、全員が話を聞く姿勢になったことを確認した。


「それでは、説明を始めます。そもそも僕たち“ピスティー”の語源とは、古代語――アトラビウス語で“忠誠”や“信仰”を意味する“ピスティ”から来ています。しかし僕たち“ピスティー”の元になっているものは、“忠誠”ではなく主の“願望”です。僕たちピスティーの人間性には、主が他者に求める性質の理想形が、多かれ少なかれ含まれています」


「こいつが俺の理想形!?」

 大いに文句があるとエクトスが自分のピスティーを指差した。


「うっさい!」

「話の腰折んなっ」

「レストランで騒ぐのは感心しません」


 エクトスに非難の集中砲火。彼がそれ以上文句を言う事はなかった。


「僕たちピスティーが主を裏切る事は、ありません。もし、それをするとしたら、それはそのピスティーの創造時点で、主に“そう望む傾向”があった場合だけです。僕たちは主のために作り出された存在であり、いまや一個の人間としてこの世界に実在してこそいますが、その根源的性質は、ただの人間とは決定的に違っています。皆さんにはこの点について、特に理解しておいて頂きたいですね」


 ピスティーとは主の願望を元に作られ、決して裏切る事はない。


 これが俺の願望かと見るように、ゼケンは自分のピスティーを見た。

 少女は黄金色の髪が柔らかなウェーブを描き、そこにいるだけで周囲を明るく、穏やかな空気へと変えている。

 少女はこの場の誰より美しい姿をしており、人当たりが柔らかく、ゼケンへは惜しみない奉仕の精神を寄せてくれていた。


 なんだか納得した気がした。

 彼女は自分のピスティーなんだと、染み染みとゼケンは噛み締めた。


「納得いかねえ……」


 隣のエクトスは今の説明を受け入れられないでいた。

 彼のピスティーが弱みを見つけたような顔をして言ってくる。


「あんた私みたいなのがよかったんでしょ? 気持ちワル」

「納得行かねー! ゼンッゼン納得いかねー!」


 嘆くエクトスを無視するように彼のピスティーが身を乗り出し、卓上に次の話題を振った。


「ねえねえ! 次名前の話しない? まだ誰も名前って付けられてないよね?」


 これには残り三人のピスティーが頷いた。

 名前。

 これはピスティーたちだけじゃない。この場の全員が共有している、もっとも身近な懸案事項といえよう。


「何かいいアイデアある人ー? やっぱ自分で考えたいよねー?」


 エクトスピスティーは同意を求めるように挙手しながら周りを見回す。


 最初に答えたのは、どちらがピスティーかわかりかねる少女二人組。


「私たちは、一緒に相談して決めたいよね?」

「ね?」


 次に答えたのはゼケンのピスティー。


「私はゼケンに決めてもらいたいです」


 エクトスピスティーは“なにその従順”と目をむいている。

 彼女は最後に残ったペンデ組を見つめた。


「僕たちはどうしますか?」

「ピスティー君の思う通りで、いいと思うよ?」


 メガネを掛けたピスティーは、思案するように顔を上向け、メガネのブリッジを一度上下させた。


「アトラビウス語から、適当なものを見繕ってきます。そこからペンデが選んで下さい」

「うん。そうするね」

 またほかの二組とも違う、二人なりの答えだった。


 エクトスのピスティーは、他のカップルの三者三様の仲良しぶりを見せ付けられたようで、一人顔を硬直させている。


「ウソ? ウソ? みんな自分で付けたくないわけ?」

「お前だけだってよ」


 エクトスはニヤニヤしている。惨めな彼女にニヤニヤしている。

 エクトスピスティーは顔を真っ赤にして断言した。


「私自分でつけるから!」

「勝手につけてろ!」


 エクトスのピスティーはガタガタと椅子上から体をずり下げ、長テーブルの下で足を伸ばして、自分の主へと蹴りを繰り出し始めた。


「ムカつく! ムカつく!」

「いって! やめろっつの!」

「お前ら騒ぐなって!」


 このあと、ゼケンたち四組のカップルは、これからも一週間ごとに会食を開こうと約束を交わした。

 お互いにピスティーの名前が決まったら報告し合うことになった。

 また、これからの学校生活において、カップル同士で協力し合っていこうとも約束した。


 運ばれてきた料理は、それなりの値段で、それなりの味だったが、皆でワイワイと食べると味なんてどうでもよくなっていた。


 落ちていたはずのゼケンの食欲は、すっかり元に戻っていた。

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